第4話 動画配信者としての一歩

そのマンションのロビーは、白と黒を基調としたシンプルな色合いで構成されていた。設置されている照明は温かみのある暖色であり、シックでありながらも落ち着いた雰囲気をかもしだしている。


エイタが腰を沈めているソファーもまたその雰囲気に溶け込む一つであり、手触りだけで高級品であろうことは想像にかたくなかった。


住むのならこういう所も悪くはないな、などと思ってしまうのは、地位の低いFランク探索者だからだろうか。


「あの子が、君を撃たないという確証があったんだろうね?」


そんな彼の斜め前に座る御堂霧香の視線は、この場において唯一居心地の悪い要因ではあった。


「確証ってほどじゃないですが、死ぬつもりはありませんでした」

「……今この世界が、夢でもダンジョン空間でもないことを君は理解できているかね?」

「理解はしてるつもりです」

「それを証明することは?」

「難しいですね。ですが、そもそもの話として俺は現実でも夢でもダンジョン空間であっても死ぬつもりなんてありませんよ」


深いため息が、会話の流れに取り敢えずの終止符を打った。


エイタが見る限り、御堂霧香は怒っているようではあったものの、責め立てる意志はないように思う。


「魔法の使用については不問としよう。まぁ、君たちが簡単にコミュニケーションを行える人間でないことは重々承知しているからね」

「ホムンクルスだってことを伝えなかったのはわざとですか?」

「当然だろう。前情報ありの出会いなんて面白くもなんともないからね。だから、公平をすためにあの子にもアポイントメントを取らなかったんだ」

「出会いに面白さなんて必要ですかね……。あと、公平性の取り方にひどい独善を感じるのは俺の気のせいですか」


悪びれることもない御堂霧香の答えに、エイタは一応疑問視を投げかけておいた。ある程度の前情報やアポイントメントを取ってさえいれば、警備隊を呼ばれたり魔法が使用されることは防げただろうと思えてならなかったからだ。


とはいえ、彼女にもその自覚があったからこそ、魔法使用については不問にするのだろう。


「細かいことは気にするな。そういうメンタルも君がダンジョン動画配信者に向いていないと思う要因の一つだよ」

「……御堂教官は、俺に寄り添ってくれているのか、諦めさせようとしているのかどっちなんです?」

「もちろん寄り添っているさ。しかし、私は君だけの味方ではない。Fランク探索者の味方だ」

「あの子もFランクなんですよね」

「そうだ。そして、君と同じダンジョン動画配信者になりたいと前々から言っているプレイヤーでもある」


エイタは、現在御堂霧香によって部屋の掃除をさせられているホムンクルス少女のことを考える。


しかし、出てきた結論は前向きなものではなかった。


「たったその共通点だけで仲間意識が芽生えるほど、俺は単純じゃありませんね」

「そうか? 私が見る限り、君とあの子との共通点はたくさんあるように思う」

「例えばなんですか?」

「それを私の口から言っても意味ないだろう」

「……そう言うとは思いましたよ」

「ただまぁ、一つだけ教えるのなら、君とあの子が使う魔法の系統は同じだ」


その情報は、エイタにとって新しいものではなかった。


「魔術ですよね」

「そうだ」


なぜなら、既にその目で見ていたから。


「魔法とは『属性』『スキル』『魔術』『魔導』『ユニーク』の五つに分類できる。魔法とは、想像を現実に具現させる現象のことを指すが、君たちが使う魔術とは自分じゃなく相手の想像力を借りるわば騙しの手口みたいなものだ。この魔法を使うやつは大抵性格が悪いか人間性に難がある」

「事実説明に偏見を混ぜないでください。危うく落ち込みそうになります」

「……まぁ、利点としては相手の嘘を見抜きやすいことだろう。だから、魔術使い同士の戦いは化かしあいになりやすいし、馬鹿試合にもなりやすい。……さっきみたくね」

「高度な心理戦ですよ。それを理解できない奴には馬鹿試合に見えるだけです。将棋だってプロが現状まだ詰みじゃないのに降参したりするじゃないですか。あれと同じです」

「……まったく、私が言っているのは見え方の問題だ。魔術というのは詠唱や術式に多くの意図を隠すせいで客観的にはひどく分かりづらい。わかりやすさというのは、動画配信に置いても重要になってくる要素だよ。傾向として、魔術使いはダンジョン動画配信者には向いていない」

「御堂教官はいつもそこに結論を持っていきますよね」

「君はダンジョン動画配信をする許可が欲しいんだろう? その決定権は私にあるんだ。私の結論ほど君にとって重要なことはないだろう? これはヒントでもあるんだよ」


そうは言われても、やはりエイタは懐疑かいぎ的にならざるを得ない。ここまでの流れについて彼の認識は、『御堂霧香が甘い誘惑で深井戸エイタをオモチャにしている』というものにしかならなかったからだ。


「まぁ、ヒントを与えられただけで人が簡単に動くとは私も思っていないよ。人を動かすには報酬も必要だろう」

「報酬ですか……?」

「そうだ。君があの子とダンジョン探索をするのならば、管理局からダンジョン探査機を貸してやろう」

「……マジですか?」

「ああ、大マジだ」


ダンジョン探査機とは、ダンジョン内の映像を記録できる無人機械のことである。


それはダンジョンの動画や配信を行う際に必要となるもので個人で所有するには莫大なお金がかかる代物。


故に、殆どのダンジョン動画配信者は管理局から借りるのだが、その権利をくれると御堂霧香は言っていた。


「もちろん、チャンネルの開設については許可しないが、映像次第では私が首を縦に振ることもあるだろうね」


その報酬は、ダンジョン動画配信者を目指す者にとっては魅力的以外の何でもない。


「その代わり、条件が一つある」

「なんです?」


映像を記録する行為が動画配信者としての一歩と考えるのならば、条件が何であろうとエイタは呑むつもりで訊き返した。


「このマンションへ来て、あの子の部屋を掃除することだ。定期的に私が見にくるから、その時に汚かったら探査機は没収する」

「……」

「どうした? まさか、この破格の条件に物申したいことでもあるのか?」

「あ、いえ、そういうわけじゃないんですけど……御堂教官はよくここに来るんですか?」

「ああ、定期的にきて掃除をしている。探索者の管理というのは多岐にわたるからね」

「なるほど……」


まぁ、言いたいことはあったものの、今この場では何も言わずにおくことにしたエイタ。


「なにか不満があるような顔だが大丈夫か?」

「大丈夫です! 喜んで引き受けます!!」

「そうか。なら、私はこのまま管理局に戻るとするよ。探査機の申請はいつでも来ていい。もちろん、まずはあの部屋を綺麗にしてからだがね」

「イエッサー!」


立ち上がった御堂霧香に気づいてエイタも立ち上がり、これまでしたこともない敬礼を決める。


その様子に御堂霧香は満足そうに微笑むと、その足でマンションを出ていってしまった。


やがて、マンション入り口のドアが閉まったタイミングで敬礼を解く。


そして、分厚いドアを隔てた御堂霧香の背中に、喉元まで出かかっていた言葉を吐露とろした。


「面倒くさい雑用を押しつけたかっただけじゃねーか」

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