第2話 ダンジョン動画配信者には向いていない能力


「えっと……それはつまり、「許可しない」ってことですか?」


エイタの声は教官室にポツリと落ちた。


「今の言葉をどう捉えたら許可するという意味に聞こえるんだ?」


信じられないとでもいうかのように立ち尽くすエイタを無視し、御堂霧香は彼へと向けられていたノートパソコン画面を自身の方へと戻した。それは支給された物じゃなく私物なのだろう。型番は古く、デザインは無骨ぶこつで何の趣向しゅこう性もないうえに、持ち運ぶには少々ゴツい。最先端の機器がそろうデスクのなかで、そのノートパソコンだけが取り残されたように浮いていた。


まるで、婚期を逃し続けている御堂霧香のように。


「なんだね、その目は。私に何か言いたいことでもあるのか?」

「……いえ、寝不足でそう見えるだけです!!」


咄嗟の言い訳だったが、なかなかに上手く返せたとエイタは内心ほくそ笑む。事実、彼の目つきは数年にもわたる睡眠障害によってあまり良いとはいえなかった。どれくらい悪いのかというと、落としたハンカチを拾った女子生徒が振り向いたエイタに「ひっ!」と小さな悲鳴をあげるくらいには。


「動画配信者になりたいのなら、まずはその目をどうにかしたほうがいい。動画を開いて君のような目をした人間がぬしなら、私はすぐに閉じる」

「見た目で判断って、人としてどうなんすかね」

「見た目は重要に決まっているだろう。魔物があんなにも凶悪な見た目をしているのは、人に絶望や嫌悪といった悪感情を抱かせるためだ。奴らに立ち向かう探索者は英雄ヒーローでなければならない。そして、英雄ヒーローとは応援しやすい見た目をしていなければならない」

「俺は好きですけどね……ダークヒーローとか」


ポソリと吐いた反論に御堂霧香の視線がギロリと突き刺さる。目は口ほどに物を言うというが、それだけで相手を威圧し黙らせられるのなら、やはり見た目は重要なのかもしれない。


やがて、その攻撃的な視線は呆れへと変わった。


「何のために、安藤モカの動画を君に見せたと思っている?」

「何のためって……何のためですか?」

「安易に答えを求めようとするんじゃない。すこしは自分で考えなさい」


その返しに、今度はエイタがため息をきそうになる。


数十分前。ダンジョン動画配信の許可を貰いに教官室へと訪れたエイタに、御堂霧香は何の説明もなく動画を見せてきた。正直、その意図がわかるはずもなければ、そもそも求めようとすら思ってはいない。勝手に向こうが問題を出題してきて、勝手に求めさせているだけ、というのが彼の認識。


「ダンジョン動画配信者として学ぶべきことがあるって感じですか……?」

「ふむ、そこまで分かるのなら、なぜ批判しかできない?」

「批判じゃなくツッコミですよ。だいたい技名の『メルト・ラブ・エンカウント』ってなんすか。あれ、実際は刃に熱を加えたホットナイフみたいなもんでしょ? メルトでもなければラブでもないし、エンカウントって意味的におかしすぎませんかね」

「あれは視聴者に技名を募集して決めたそうだ。『溶けるような愛に出会う』、が意味らしい」

「アイスクリームのキャッチフレーズかよ。百歩譲っても、『熱で溶ける』とこしか関連性ないじゃないすか……」

「大事なのは関連性じゃなく、彼女自身のイメージだからね。ちなみにだが、溶かすというのは物理的な意味じゃなく、「視聴者の脳を溶かしちゃうぞっ♡」という意味合いで決めたらしい」

「どんなイメージでドラゴン殺してんだ……」

「新規視聴者を獲得できそうな動画ではよくやるらしいね。だから、遭遇エンカウントなんだろう」

「ああ、まぁ、動画タイトルに『ドラゴン』入ってますしね。新しく見にくる人は多そうっすね」

「他にも、灼熱の炎で燃やす魔法に『モカ・スペシャル・ラブマネー』というものがある」

「……マネーが入ってる時点で嫌な予感しかしないです」

「意味合いは「モカの特別な愛でお金を溶かしちゃおっ♡」というものらしい。その技が出ると動画に投げ銭をする視聴者が増えるそうだ」

「いや、がめつさは隠せよ……」

「ファンには好評らしいがね? 「モッ、モカたんにお金を投げるタイミングがわかりやすくて神ッッ! いや、天使ッッ…!!」なんて言われているらしいぞ?」

「あー……、完全に脳を溶かされてますね……。あと、教官がさっきからしてる声真似演技キツイっす。なんか俺の脳が溶けそう」

「それは……私が可愛いとか、そういう意味合いで言ってるのだろうね……?」

「あ、そうっす……」


どさくさにまぎれたエイタのツッコミは、ちゃんと圧をかけられてしまった。本当は触れないようにするつもりだったのだが、流石に何度も仕掛けられては触れないのもおかしい気がしたのだ。


結果、それはトラップだったのだが。


「まったく、君というやつは……。せっかく私が優しく指導してやっているというのに」

「悪いのは教官じゃなくて教材のほうじゃないですかね。あまりにもツッコミどころが多すぎて頭に入ってきません」

「動画配信とはそういうものだよ。視聴者は魔物の情報が欲しくてそれらを見るわけじゃない。楽しみたくて見ているに過ぎない。いわば娯楽だ」


――娯楽か。


その言葉をエイタは上手く飲み込めなかった。


なにせ、いくら動画といえど画面の奥で行われているのは紛れもない殺し合い。


それを見て楽しむという神経は、彼にとって受け入れがたいものではあった。


「まぁ、君が言いたいことは分からないでもない。安藤モカは魅せ方を重視するあまり、命を軽んじていると思われても仕方がない。だが、そもそもの話、ダンジョン内での命というものは軽いものだよ」


御堂霧香はそう言って一息置いた。


「深井戸、君が持つ能力とその条件を言ってみなさい」

「俺の能力ですか……? 俺の能力は『魔物の服従』です。条件は――魔物が屈伏するまで無抵抗でいること。いわば平和的解決ですね」

「無抵抗、ね」


御堂霧香は、意味ありげに「無抵抗」の部分だけを抽出した。


「正しくは、魔物が殺すことを諦めるまで殺され続ける、だろ?」

「……実際に行われる事実は、そうとも言います」

「深井戸、それが全てだよ。君がもしもドラゴンと対峙するのなら、視聴者は君がぐちゃぐちゃに殺され続けるのを見続けなきゃいけないわけだ。それを見て誰が幸せになれる?」

「……俺に恨みかある人は手を叩いて喜ぶんじゃないですかね」

「需要が悲しすぎるな……。それで一体、どれだけの人が君の動画を見るというんだ」

「需要がないなら作ればいいんですよ。一回、服従させた魔物で人を襲いましょうか? そしたら、怒り狂った視聴者が俺が殺され続ける様子を見に――もちろんジョークですよ、ははは……」


もはや何度目になるかわからない視線に、エイタは話をすぐに終わらせる。


本当にジョークのつもりだったのだが、御堂霧香の目は笑っていなかった。


「つまりはそういうことだ深井戸。君の能力自体が、そもそも君自身の命を軽んじているんだ。そんなものを見せられて幸せな気持ちになれる者はおそらく人間じゃない」

「じゃあ、俺は一生ダンジョン動画配信者にはなれないってことですか?」

「そういうことでもない。可能性というものは、誰にでもあっていいと私は思っている」


てっきり、断定されるものだとばかり思っていた回答は、エイタの予想を裏切った。


その意味を考える数秒、御堂霧香の指がデスク上をコツコツと叩く。


「安藤モカは今や押しも押されぬダンジョン動画配信者だが、彼女の能力は君と同じ動画配信には到底向いていないものだ」

「魔物喰らい……」


無意識に、彼女の能力をつぶやくエイタ。


その瞬間、安藤モカの動画を見せられた意図をようやく理解できた気がした。


「そうだ。安藤モカの能力は魔物を食うこと・・・・・・・。食って自身の力に変えるというのが、彼女の能力だ。だから、彼女は本来、魔法なんて使わなくたっていい。料理すらしなくたって良い。魔物を殺してムシャムシャ食うだけでいいし、なんなら生きたまま食べ始めたっていいんだ。だが、それでは動画にできないからやらないだけ」

「つまり、打開策は魔法ってことですか?」

「ふむ、たしかに魔法は彼女を動画配信者にした手段の一つだ。戦闘の見栄えはおろか、食べる食材すらも見られるものへと変えたからね。魔法という手段も悪くはない」

「他には?」


その問いに、御堂霧香はこれまでとは違った柔らかい表情で微笑む。


「安易に答えを求めようとするんじゃない。すこしは自分で考えなさい」


今度、エイタがため息を吐きそうになることはなかった。


なぜなら、御堂霧香の意図を理解させられてしまったから。


「君がその能力をそのまま使おうとする限り、君をダンジョン動画配信者として認めることはない。『十年前の悲劇』はまだ人類の記憶には新しいからね」

「魔王の誕生ですか」

「そうだ」


御堂霧香は頷く。


魔王の誕生――そう呼ばれた事件は、とあるSランク探索者の配信内で起こった悲劇。


その内容をエイタが実際に見たわけではないが、話だけは何度も聞かされている。


暗い洞窟内に現れた人型の魔物。そいつは圧倒的な力で探索者を捕まえると、拳ひとつでなぶり殺しをはじめたらしい。


ダンジョン内というのは、意志がつよく反映される空間だった。物理的に肉体を破壊されたとしても、生きたいという意志さえあれば何度でも蘇ることができる空間である。


だから、殺された探索者は嬲り殺しをされるたびに蘇ったのだ。何度も、何度も何度も何度も――。


ランクの高さから救援に向える探索者はほぼおらず、ただ殺され続ける配信は、約六時間ほどにも及び垂れ流されたらしい。


その間に視聴者の数は増え続け、多くの人がそれを見ていた。


そして、その殆どが希望を抱いてその配信を見ていたのだ。


その探索者は、世界的にも有名で実力のある探索者だったから――。


しかし、その希望は打ち砕かれる。


その探索者が、人型の魔物に向かって命乞いを始めてしまったのだ。


恐怖に満ちた絶叫は殺されるたびに途絶え、生き返るたびに屈伏した言葉が魔物へと向けられる。


もちろん、それが聞き入れられることはない。


その配信を、絶望以外の言葉で言い表すことはできないだろう。なにせ、降参を宣言した人間が無情にも殺され続けるだけだったから。


やがて、折れた心は蘇る力を探索者に与えることはなかった。……いや、探索者が「もう死にたい」とつよく願ったからこそ死を与えたのだろう。


そして、無惨にも動かなくなった凄惨な死体の隣で、人型の魔物は変化した。


体長は倍ほどの大きさに膨れあがり、筋肉質な肉体は鱗に覆われた。顔の頂点からは内側から突き破るように角が生え、口もとは醜悪に笑ったのだそうだ。


その口からハッキリと聞こえる声で人語を喋ったらしい。


――タノシイナ。


配信を管理していた会社はその後、「結末が希望あるものと固く信じて止めなかった」と語った。しかし、それは最悪の結末をもたらしてしまった。


それ以降、ダンジョン配信には様々な制約がかけられ、今では動画すらも厳しいチェックが入ったりする。


深井戸エイタの能力は、それを彷彿ほうふつさせてしまうものではあった。


「その事件に関していえば、Sランク探索者が魔物に命乞いをしたのが原因だと思いますけどね。潔く黙って死んでいれば問題になることはなかったはず。それまでの配信で死んだ探索者なんてたくさん居たんですよね?」


エイタの言葉に、御堂霧香は眉根を寄せる。


「それは……君が同じ状況なら、黙って死を望むということかね?」

「そうです。死にませんけど」

「信用に値しないな」


言ってみただけだったが、やはりバッサリ切って捨てられた。


「ともかくだ、私は君をダンジョン動画配信者として認めることはできない」

「動画配信できる手段を考えればいいんですよね」

「そうだ」


エイタは取り敢えず納得する。彼女の言葉は間違ってはいなかった。


だから、そのまま共感室を退出しようとしたのだが、


「どこに行く?」


御堂霧香によって呼び止められてしまった。


「話が終わったんで、出ていこうとしてるんですけど」

「まあ、待ちなさい。私は同じ結論で何度も話し合うほど暇じゃないんだ。深井戸、君には手段を考えてくれる仲間をやろう」

「仲間ですか?」


御堂霧香はおおきく頷く。その表情が、まるで楽しそうに見えたのはエイタの気のせいだろうか。


「無知の知と言うだろう。君にはダンジョン動画配信に対する自覚や理解がまず足りていない。そして、それを自覚するには、対話できる仲間が必要だ」

「アドバイザーですか?」

「アドバイスなんか探索者には無意味だよ。他人から言われたことを実行したとしても、きっとそれは君を強くはしない。意志というのは、自らで見出すからこそ折れにくい」

「じゃあ、仲間って」

「仲間は仲間だ。ついてきなさい」


御堂霧香は立ち上がると、そのまま立ち尽くすエイタの横を通り過ぎた。ほのかに鼻腔をくすぐった柔軟剤の匂いに気を取られたものの、エイタは急いでその後を追った。

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