最弱はダンジョン配信で世界を恐怖に陥れたいわけじゃない

ナヤカ

第1話 【動画】『ドラゴン肉を食べてみた』

「どーもーAランク探索者の安藤あんどうモカです! 今日はなんと……砂漠でドラゴンを発見することに成功しましたー! わーパチパチぃー! 今回はあのドラゴンを食らいたいと思います! レッツっっ――進化の火で食らおうッッ!!」


陽気な挨拶と喜びを表す一人拍手。やけに勿体もったいぶったセリフに添えるのは、八重歯をむき出しにして顔の両脇で両手を構えた怪獣ポーズ。


その背中には、一瞬やりかと勘違いするほどの長い大太刀おおたちを背負っていた。


彼女のセリフとポーズは合ってない気はするのだが、たしか……なにかの雑誌で、「捕食者をイメージしている」という文面を見た気がする。それが肉食獣なのか恐竜なのかは知らないが、決めポーズには可愛さを狙ったあざとさが透けており、明らかに捕食者だけをイメージしたものではないのだろうと勘ぐることができる。


……まあ、そんな主観フィルターを通してみても、安藤モカが可愛いのは客観的事実であり、その可愛さの前には穿うがった見方などなんの意味をなさないのだと思い知らされる。


安藤モカは主に動画をあげている探索者だった。彼女のチャンネルフォロワー数は300万人以上にものぼり、探索者界隈では超人気動画配信者の一人に数えられる。


そんな彼女を映す画面は反転し、被捕食者へと向けられた。


――ドラゴン。


それを被捕食者と呼ぶにはあまりにも禍々まがまがしく巨大な塊。


見渡す限りの空と地上が地平の果てまで広がっている広大な背景のせいか、距離感覚がバグってその塊は幼体にも思えた。


しかし、画角内に捕食者気取りの少女が映った瞬間、その大きさにハッとする。


――いや、どっちが捕食者だよ……。


なんて。今さら感ありありのツッコミが口から溢れてしまうほどその体格差は歴然としていた。


デカい。とにかくデカい。そしてなにより、ゴツい。


巨大な塊から放たれる不穏さに言葉は出てこず、細かい部位など悠長に見てはいられない。


脳裏によぎるのは、それが戦いという状況に順応した瞬間、こちらの命はいとも容易く押しつぶされてしまうだろうという絶望のみ。


見れば眠っているのか、胴なのか首なのか見分けがつかないほど太い部位を地面におろして頭部も静かに沈黙している。鼻と思わしきあな付近で砂埃が一定のリズムで舞っていることこそが、生きていることを確認できる証。


「ドラゴンは普段空を飛んでいるので、巣穴か獲物を狩る時以外はほとんど地上に降りてきません。たぶん今は休憩しているんですね。そんな状況に出くわせたのはラッキーでした」


そんな解説を画面に向かって喋る少女なんかよりも、今にも起きそうなドラゴンから目が離せない。


演出なのか天然なのかは知らないが、アレに背を向けて悠長に説明している少女の姿はもはや自殺願望者と呼んでも遜色なく、ハッキリ言って心臓にわるい。


唯一の救いは、これが配信ではなく動画であるということ。


つまり、動画があがっている時点で安藤モカの安否は無事なのだと理解できる。


にも関わらず、ハラハラしてしまうのだ。それほどに、彼女の後ろで寝ているドラゴンには見る者すべてに恐怖を植え付ける圧があった。


「じゃあ、逃げられないようまずは翼をもいでいきましょう!」


もちろん、安藤モカ一人を除いて――。


風に混じる砂のせいなのか、少女は乾いた唇を舌で舐めた。それが舌舐めずりのようにも見えてしまうのは好戦的な表情のせい。


背負う刀を身体の前にかかげ、鞘を捨て去るようにその刀身を陽の光のもとに晒す。


ぶぅんと砂埃を巻き上げて振りまわされる抜き身は重量を主張するのだが、それを操る華奢な少女はそんなことなど意にも介さない。


むしろ、構えた直後に蹴った地面の砂飛沫のほうが高く巻きあがり、驚きによって筋力の心配など頭から吹き飛ばされてしまった。


少女が空を飛んだ――ようにしか見えない跳躍は眠るドラゴンの高さギリギリを掠め、なんの変哲もなくそこに在った塊から、赤い液体が空に尾を引く。


直後、怒号とも、叫喚ともとれる咆哮がとどろいた。


「グォオオォォォ!!!」


画面越しからも大気が震えているのがわかる。それは、鼓膜なんかよりも皮膚をしびれさせる方が遥かに大きいのだろうともわかった。


頭を持たげるとともにずり落ちた部分は、フレームレートが認識できぬほど速く削がれた片翼だろう。


開かれた有鱗目はすばやく周囲をめつけ、画面越しですら首筋から背中にかけて冷いものが伝う。


その視線が、勢い余ったせいで未だ着地できていない少女の身体をとらえてしまった。


――カチッ、カチッ。


聞こえた音の発生源はドラゴンの口内。それは牙と牙を擦り合わせ火花を散らしたときに発する音。


それは、聞いてしまったら命はない――なんて探索者の間では言われている音。


その理由を思いだす前に、ドラゴンの口から煌々と燃え上がる火柱が宙を貫くように噴き上がった。


所謂、ドラゴンブレス。


一瞬にして少女の身体は火柱に飲み込まれ視認できなくなった。


眩い光度からして、炎は何千度あるかわからぬ灼熱だろう。知識がなくとも、それは人間の身体を数秒で灼き尽くす温度だと本能的にわかる。


普通に想像しうる結末は死。


……いや、安藤モカを知る者は、その結末を思い浮かべなかったかもしれない。


あくまでもそれは、現実で焼かれた人間の結末に過ぎないのだから。


「ざんねんでした」


やはり、安藤モカは斬り裂かれた火柱から姿を現した。


その手に握る大太刀の刀身は灼熱しゃくねつによって真っ赤にたぎっている。


ドラゴンが噴いた火柱によるものではない。おそらく、彼女の魔法・・・・・によるもの。


少女の体は、そのまま開け放たれた口へと真っ直ぐに着弾。


傍目から見れば、自ら食べられにいったと思われ仕方ない光景。


もちろん、硬い鱗よりも体内を狙った攻撃なのだと理解はできる。


できるのだが……信じられないだけ。


なにせ、ドラゴンを殺すために自らその体内に飛びこむ人間など居はしないのだから。


「――メルト・ラブ・エンカウトッッ!!」


大気をも切り裂く一閃が火柱を掻き消した。それは火柱だけでなく、物理的なドラゴンすらをも呆気なく斬り裂く。


巨体の頭部から首にかけ、片翼とは比べ物にならないほどの血が宙に散った。


斬り離された部分は、おそらく斬られたドラゴンですらも認識も出来ぬままズレて落ちる。


スタッと着地した安藤モカは無傷。その背後でドラゴンは倒れる。


戦闘はものの数秒で呆気なく終わりをつげた。


その数秒に詰め込まれた情報量は見る者の思考をショートさせ、もはや言葉を失わせるしかない。


ドラゴンは魔物のなかでも上位にはいる化け物だった。


しかし、こちらに向かってイェーイ!! などとピースをしている少女もまた、紛うことなき化け物だった。


「じゃあ、これからドラゴンを解体して調理していきまーす。そこまでカット!」


直後、画面には「2時間後」という文字が入って切り替わる。


あたりは暗くなり時間帯は夜だとわかった。中央には組立て式の肉焼き装置が焚き火を燃やしており、パチパチと乾いた音をたてている。その上には串を刺された巨大な肉がきつね色の焦げ目をつけており、画面中央にドンと居座っている。


安藤モカは、そのうしろで腰を下ろしていた。


「ということで、ドラゴンのお肉が上手に焼けました〜! ドラゴンの解体の方は有料チャンネルにあげておくので、興味がある人はぜひ概要欄からとんで登録をお願いしまーす」


そんな口上を述べた彼女は、さっそく食レポをはじめる。お肉はこんがりと焼けていて、表面の脂は煌々と燃える焚き火の光を反射している。


そして、彼女が位置をずらすたびに、背後の闇夜にドラゴンらしき巨大な死体がチラチラと映りこんでいた。


なんというか……それはとてもシュールな映像。


やがて見た目の感想を言い終えた安藤モカは、いただきますをしてからお肉へとかぶりついた。


「んん〜!! おいしい〜ッッ!!」


肉を頬張る安藤モカは笑みを溢しながら、もだえるように身体を揺らす。


そんな様子を見ていると、もはや些細ささいなことなどどうでもよく思えてくる不思議。


おそらく、これこそ・・・・が安藤モカの強みなのだろう。


戦闘力の高さも、危なげな立ち回りも、シュールな演出すらをも包含ほうがんして食らってしまう。


最後に残るのは、幸せそうな彼女のみ。


だからこそ、彼女には『魔物喰らい』という二つ名がついているのだろう。



――動画が終り、真っ暗なパソコン画面には深井戸ふかいどエイタの不服そうな顔が反射していた。



「この動画は……嘘だらけですね」


その口からでてきたのは、やはり不平不満。


「どういうことだね?」


そんな彼の不満を牽制するかのように、すかさず威圧的な声が食ってかかる。


そこには、怪訝そうに眉根を寄せる御堂みどう霧香きりかが腕組みをしながら椅子に腰掛けていた。


どうやら、彼の不満にご不満だったらしい。


「ドラゴンの肉は焚き火じゃなく、安藤モカが魔法で焼いたんでしょ。あの大きさの肉が、あの程度の火力で焼けるとは思えません」


その不満が爆発してしまう前にと、すばやく説明をするエイタ。


しかし、その鋭い視線が緩むことはなく、むしろ険しい顔つきに刻まれるしわは深くなるばかり。


「あー、それと、普通に考えて魔物の肉が美味いわけがない。たとえ美味かったとしても、彼女にしか魔物は食えないんだから、食レポなんてする意味もないと思いまひゅっ」


なるべく落ち着いて話をしたつもりのエイタだったが、彼女の視線に気圧されたのか噛んでしまった。


「……それが真実だったとして何が悪い?」


噛んだことを笑われることはなく、触れられることすらなく問われた言葉。


怒ってるんですか? なんて聞くまでもなく御堂霧香は怒っているのだろう。


不意に髪をかきあげた仕草に目を奪われたことにすら怒られそうな気がして、エイタは彼女の首筋から咄嗟に視線を外す。


その行為が不自然にならないよう、コホコホッと咳払いを後付けしたのだが、まぁ、すこしわざとらしくはあった。


「探索動画っていうのは、人類に魔物の真実を伝えることが役目でしょう。ですが、この動画からはドラゴンが弱いってことと魔物の肉は美味いってことしか伝わってきません。これを見た奴が探索者は楽勝だなんて思ったら犠牲者を増やすだけだと思います」


あくまでも冷静に。そんなことを心中で唱えながらエイタは主張する。


間違っているとは彼自身思わなかった。むしろ、安藤モカの動画によって、これから間違いが起きる可能性があるとすら思っていた。


「探索動画は視聴者を増やすためのおもしろコンテンツじゃないと思います。なのに、安藤モカの動画には、おもしろくしてやろうという嘘によって本質が捻じ曲がっています」


「……では、君ならどんな動画にするんだ?」


その問いに、エイタは額に指を押しあててしばしの無言。


「そうですね。まず、ドラゴンの恐ろしさを伝えるために俺が殺されますかね」 


「なるほど……」


御堂霧香のピリついた空気がため息によって弛んだ。


やがて、


「どうやら君は、探索動画配信者には絶望的なまでに向いていないな」


彼女はそんな結論をエイタへと言い渡した。

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