船橋の下にて鬼の哭く

千崎 翔鶴

序 かけて頼みし橋の上より

一 どうして

 ざあざあと風が泣き騒いでいた。

 泣き声も、叫び声も、何もかもすべて風に吞み込まれて消えていく。言葉は何の意味も為さずに、ただ砕けては消え失せた。

 ざあざあ、ざあざあ。

 川のせせらぎも聞こえない。ただ荒れ狂う風の音だけが辺りを包む。

「どうして! どうしてなんだ!」

 男は叫んだ。風の音に負けないほどに目いっぱい。

 けれどその声は、やはり風に呑まれて消えていく。舞い上がり、天へと昇り、砕けて消えた。

 この言葉に何の意味もない。誰に聞かれることもない。誰の耳にも届かない。


 どぼん。


 何かが、落ちていく。

 けれどそれは本当に一瞬の出来事で、また何事もなかったように風は騒ぐ。

 橋の上にはきれいに並べられた革靴と、その中に突っ込まれた携帯電話だけが遺されていた。

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