第6話 社長が面接してるらしい


 暫く渡されていた資料なんかを眺めていると、面接がとうとう俺の番となる。


 そして出て来た別の方と入れ替わるように立ち上がり、会場となる部屋の扉をノックしに行く。

 

「どうぞー」


 三回軽く扉を叩くと、内側からそんな返事が返ってくる。


「失礼します」


 部屋に入り、ドアの方を向いてドアを閉めてから面接官の方へ向き直る。


「後藤 毅です。よろしくお願いいたします」


 お辞儀の覚悟は30度程。そして俺が座るであろう椅子の横まで向かい、姿勢を正す。次の指示までそこで待つのが面接に置いてのマナーである。


「どうぞ、お座りください」


「失礼いたします」


 面接官に従い、置かれていたパイプ椅子に着席する。

 部屋は無機質な会議室のような感じではなく、柔らかめな色の照明が照らす観葉植物や落書きがされたホワイトボード等が近頃のIT企業といった雰囲気を醸し出していた。

 シンプルながらもしっかりと清掃の行き届いたその部屋は、俺が働いている職場とは根本的に違う何かを感じた。

 

「おはようございます。僕は一応弊社の社長を務めております、山本と申します」


 そして目の前に居る山本と名乗った面接官はどうやら社長だったらしい。

 いや、社長ワンオペで面接を進めているのか......?


「Gotouさんが転職をご希望だと聞きつけてスカウトさせていただきました。いやあ、エンジニア界隈でもかなり有名なお方に会えて個人的にも嬉しいです」


「ありがとうございます」


 そしてにこやかに笑う面接官もとい社長。確かに弊社に来ませんかという話は沢山来ていたが、そこまで知名度があったとは。


「さて、では早速弊社にどのような形で活躍して頂けるのか......はこちら側からスカウトした以上、聞く必要はないと思いますので是非御社を希望した理由を教えていただけますでしょうか?」


 普通、面接では最初にアイスブレイクという緊張をほぐすための雑談のようなものが挟まるはずだ。なのにこの人はその暇を作らずに早速質問に入った。それがたまたまなのか、初対面でも即座に仕事を進めなければならないエンジニアという職種に適しているかを見極める為なのかは分からないが、明らかに導入部分が短い気がしたのだ。


「ああ、御託は結構ですのでそちらが業界の情勢を見たうえの安定性や将来性なんかを含めて頂いて大丈夫ですよ。その他にも給料が良かったとか、そういう正直な意見はこちらとしても嬉しいので」


「はい。私はこれまで........」





 そして暫く質問に対して用意していた答えを返していると、ふとノートに何かを書き込んでいた社長が顔を上げる。


「成程。では単刀直入に問いますが、後藤さんが本当に抱えている想いは何ですか?」


「社会貢献の観点において......」


「もしそれが本心なのであれば別の会社をあたって頂きたい」


 すかさず社長は先程と同じ声音で俺の話を遮る。


「え......?」


 不意に遮られた事と、そんな言葉に俺が一瞬固まる。


 どこで間違えた......?面接において言ってはいけない禁忌は踏んでいないし、特に当たり障りのない内容を話していたはずである。この人はどんな答えを望んでいるのか?

 

「僕が聞きたいのは貴方が仕事に対して持ち合わせている貴方個人のプライドや技術、そして弊社に入ってやってみたいことなどの欲望を聞きたいのです」


 そう、社長は続ける。


「もう一度だけ問います。御託はいらない、貴方の想いを聞かせてください」


 とんでもないプレッシャーを感じながらも、選択肢をミスったことを悟った以上はもう今更である。俺はそれならばと、社会の理本音と建前を振り切った答えをぶちまけてやることにした。


「私はこれまで、ただひたすらに拡張性もアップデートも全くないようなソフトしか作ってきませんでした。しかし、これまでに業務を改善する為に自分が便利だと思うソフトを作り、世の中に送り出してきただけの実力には自信があります。他の企業さんとは違う、型にはまらない社風や現在競合が少ないものの人気が高まりつつあるVTuber事業に自分の技術をもって参加したいと考えました」


 そして、付け加える。


「しかし、既に妻も娘も居る以上は生活費や住宅ローン、学費なども見て現職より給料を下げる訳にはいきませんでした。そこで私の希望が全て揃った御社に入社したいです」


「成程。仕事に対する熱意、そしてくすぶった技術はこちらとしても是非入社していただきたいものですね。それに家族に対する想いにも感銘を受けました。では、最後に。あえてVTuber事業を選んだ理由を教えてください」


 この社長の考えはなんとなくわかった。

 この人は御託が聞きたいんじゃない。仕事に対して熱量があり、そしてどこまで仕事を楽しめるか。そんなエンジニア変態共を求めているのだ。それが分かった以上は一か八か、もうやけである。


 俺は息を吸い、これまではみ出しながらもギリギリで保っていた面接のセオリーをぶち破った。


「面白そうだと思ったからです」


「その回答を待っていました」

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