第4話 妻への進捗報告


「ということで、今週末に面接に行ってきます。報告が遅れて申し訳ない」


「大分急ね」


 少し驚いた顔をしながら俺が印刷してきた資料を読んでいる妻。話が遅くなって申し訳ないが、こちらも色々あったのだ。というのは建前で、話しだすきっかけが無かったのだ。ただ流石にそろそろ話さないといけない時期になってきていたので話してみた次第である。


「色々進めてたら話が進みすぎた」


「まあいつもそんな感じだから全然大丈夫よ。ちなみに条件的なところは大丈夫そう?」


 いつもそんな感じという言葉に心当たりがあり過ぎるのがまた何とも言えないが、そこはひとまずスルーさせていただくことにする。


「給料は今よりも上でかつ事業が失敗しても別の方に同じ条件で居れるっていうメリットがある」


「今渡された資料も見てみたけど特に問題はなさそうに見えるし、それなら大丈夫そうね」


 そしてにっこりと笑う妻。


「あなたならきっと大丈夫よ。いつも頑張ってくれてるもの」


「......ありがとう」


 そんな妻に対して少し照れくささを覚えながら、淹れてもらった紅茶に口をつける。


「ふふ、直接褒められるのは今でも慣れていないのね」


「無愛想な父親であることは自覚しているんだけどな」


「大丈夫、ちゃんとわかってるから」


「........面接で悪影響及ぼさなければ良いが」


 しかしそんな俺の心境を読み取ったのか、妻は別の話題に転換してくれる。


「そういえば服装とか面接の時ってどうなの?」


「なんか私服が基本だからそれで来いって言われてる。後はコーディングテストっていうプログラミングのテストをするからパソコンが必要らしい」


 IT企業では本人の実力なんかを確認する為に、その場でプログラミングをさせるようなテストがある場合もあるのだ。今回もどうやらそういう話らしいのだ。


「まあそれは別にパスできるとは思うけど、ただ一つだけ『社風が一般の企業と大分異なります』っていう文章が引っかかるんだ」


 そこが少しだけ俺にとって不安点となる内容だったのだ。


「確かにちょっと怖いわね......。まあ怪しい会社だと判断してないなら大丈夫だとは思うけど、具体的なことはわかるの?」


「一応情報としては『マジで技術ジャンキーをかき集めてるから士気がとんでもない』とか『金目当てだと後悔するが、仕事が好きなら最高』とか『定時退社をしてくれと命令が入っている』だとか」


 同じくコミュニティ経由で集めた情報をスマホに映し出し、机の上に置く。


 社員らが洗脳されているのか実際に楽しい職場なのかが謎である。時代は変わり、昔のように数字を叩きだすことだけが全てではないという風潮も増え始めているということは知っているのだが、やはり俺も古い人間だなと思いつつも恐怖を感じていたのだ。


「楽しそうな職場じゃない」


 暫く俺のスマホをスクロールしていた妻は、あっさりとそう言った。


「でも仕事って厳しいものが当たり前だと思ってたからこんなノリで大丈夫なのかって少し心配で......」


「私に深いことは分からないけど、その企業さんがそれで成功しているならきっと大丈夫だと思うわ。それにこれまで辛い仕事を頑張っていたんだから、楽しい職場に入ってみるのも悪くはないと思うわよ?今更だとしても企業さんがスカウトしてくださったのでしょう?」


 そんな妻の言葉に俺は大事なことを思い出した。


 何も転職が目的なのではない、家族に心配をかけないように、俺が苦しい思いをしないように転職するという手段をとったのだ。

 そして俺がいつも思っているように時代は変わったのだ。それに職場がそういう雰囲気で悪いことはない。あくまでも杞憂に過ぎなかったということに、俺は気づく事が出来た。


「確かにそれもそうだな」


「おとうさーん、お風呂空いたよー」


 そして風呂場から上がってきたのか、俺を呼ぶ声が廊下から聞こえる。


「じゃ、風呂入ってくる」


「いってらっしゃい」


 まだ温かい紅茶を飲み干し、椅子から立ち上がる。娘に少し弱ったところを見られたくないという、小さな意地だったのかもしれない。


 そしていつも踏ん切りがつかない俺の背中を押してくれる妻に多少の申し訳なさを覚えながらも、まだ始まってもいない面接と知らない会社に対する不安を払拭してくれた彼女に感謝の意を伝えた。


「なんか吹っ切れた。ありがとう」


「それはよかった」

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