第3話 おっさん同士の結託
「疲れた......」
頬杖をつきながら意味もなくネット通販で買った巨大エンターキーを連打する辰巳。打鍵感がクッションみたいな感じなのでストレス発散にならないのではないだろうかと思っていたりする今日この頃である。
「おら辰巳、エナドリやっからもう少し粘ってくれ。仕様変更が終わらねえ」
某日夜、見渡せば消灯された会社のフロアに居残り続けるプログラマー達。見掛け倒しの営業部やデザイン部に日々翻弄され、大分疲弊している者ばかりである。
その中でも俺達はかなりの古株なのだが、技術をある程度持っているが故に役職を上げてもらえるなんてことはなく、給料もそのままに働き続けている平社員の一部である。
「この会社もバカみてえにでかくなっちまったしよ」
「目を輝かせてやってくる新卒は出来る限り逃がしてるんだがな。聞きやしない」
ここに居るプログラマーは大半、忠告を聞かなかった者たちである。
基本的に俺達みたいな者は古臭いかもしれないが、それだけ長いこと働いている奴の助言は聞いた方が身のためになるパターンもある。しかしそれを信じずに良い額の給料だけをちらつかせられて弊社に入社し、地獄を見ているプログラマー達がここには何人も居るのだ。まあ元はと言えば俺達もそうだったのだけれども。
「あの頃は一生一社とかそういう考えだったからなあ」
「今だったら絶対に第二新卒で通るまでに転職してたわ」
「そもそもあの頃に第二新卒なんて文化があったかは知らんがな」
「それな」
普通こんなくたびれたおっさんがそれななんてワードを使うことはないのだ。
時代の狭間にのまれた大人たちというのは中々に哀しい生き物である。
そんな時代の差は古い考えの上層部とどうでもいい新しい物を取り入れたがるデザイン部から挟まれた我々にも沁みる程に感じる事が出来るし、なんならとんでもない安請負いで契約してくる無能な営業もおまけに付いてくるのだ。いつからこの会社は道を間違えたのだろうか。
しかしこんな文句しか言えない奴だからそんななのだとか、考え方を変えてみろだのネットでは散々知ったような口をきいている奴らが居るが、それは一部の人間にしか通用しない話である。
もしこんなブラック企業で同じ立場に立った時にもう一度同じことが言えるのならそいつはこの会社にぴったりだろう。俺も出来るものならネットでそういう事をほざいて金を稼ぎたいから是非とも互いの職を交換したいものである。
「これが終わったらやっと帰れるなあ」
「ああ。でもやっぱり家族が居るから頑張れるんだよなあ」
「だな。それもちゃんと帰ってきたらおかえりって言ってくれるような家族でよ、それだけが救いだよ」
しかし唯一嬉しいことに、俺達には転職の希望が最近見え始めているのだ。どんよりとした表情でパソコンの画面を見つめるエンジニアたちの中でも我々程内心が明るい者はいないだろう。
「ちなみに辰巳、転職活動の方はどうなんだ?」
「んー、今のところはゲーム開発の方に行くかもしれねえな」
「良いじゃねえか」
「簡単な仕事ではないだろうけどよ、界隈でも今みたいな理不尽さは無いって情報が強いんだよな。んでそっちは?」
「なんか新事業立ち上げるから来てくれねえかっていうオファーが来た。いや、他にも色々あったんだけどなんか雰囲気が違うんだよな」
「ほお」
「なんでもVTuber....は知ってるよな。それの事業立ち上げっからシステム開発とかで人材が必要らしい。でもVRとかAR事業で成功しているらしいし何かあったらそっちで雇うって言う条件付きで今の給料よりもさらに良い」
「最高じゃねえか」
「ただ一個あれなのがな......『仕事にストイックになれる方』っていう中々怖い文章が入ってるんだよな」
「怖え~。え、口コミどうよ?」
「意外なことに滅茶苦茶評判良いんだよ。内外部共に」
「ほう、良いな。面接受ける予定はあるのか?」
「話だけでも!!って来たから今週末行く予定」
「そりゃいいな。俺も面接頑張らねえとな」
しかし俺達が少し転職に向かって正気を取り戻したところで、変わらない現場環境に苛々とした気持ちをそれぞれに抱えて働いている職場が良い環境なわけがない。唯一俺達はまだ楽しくやれてた頃からの付き合いだから上手くやってけているが、現状このフロアに居る社員たちで俺達程の絆を持つほどのものは居ないだろう。
......おっさん同士の絆なんか気持ち悪いと思うか?うるさい。腹の中を曝け出して愚痴れる相手くらい居ないともうやってけねえんだよ。
「でもまあ、俺達にも家族が居るからな。心配かけねえように早々に脱獄してやるよ」
「だな。俺も早く妻の飯食べる為に頑張るわ」
俺達がこうも軽々しく口に出している家族の存在。
しかし、俺達それぞれの支えになってくれていたのはいつも家族の存在である。
妻も子供も、俺がブラック企業に働いていて会える時間が少なくても嫌な顔ひとつせずに一緒に居てくれた。子供の反抗期もあったが、それでも口はちゃんときいてくれた。
そんな愛する家族の為に俺達は今日も戦い続けるのだ。家族という命に代えることも厭わない存在をほぼ無意識の中で言葉にしながら。
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