東より賢人来たり、北より秋海棠来たり
時代は下がり、僅か28で即位した第三代皇帝が知命を迎えるほどの頃。
三人の若者が地方伯爵領より中央都市へと、役人登用試験のため向かっていた。
ある一人の若者の服装はとても一般人が着用することのできないほど豪華なものであったが、左腕には着用物の中で唯一簡素な腕輪がつけられていた。
二人の友と共に中央街へと繋がる極楽門を通る彼は、年齢に似合わない冷静さと風格を持っていた。
「ここが中央都市か。かなり大きいな。」
若者は自らの家と比較し、そう結論付ける。
「いやいや、あなたの家はかなり大きい方、ここの建物とも引けは取らないよ。」
こう反論するのは情報を集めるのが早く、若者と信頼関係を築いている少ない友人の一人。
「うむ。ここはとても大きなところだ。こんなに大きな建物が並んで…、ここには貴族しか住んでいないのか…?」
そう応えるのは、聡明であるとは言えないが、体力と戦闘技術、創作において高い才能を持つ若者の友人の一人。
「まぁ、それほど国力が大きく、安定しているということなのだろう。こんなところで立ち止まってはいけない、私達は試験を受けに来たのだから。」
そう若者が言うと、二人は頷き目的地へと向かっていく。
今回、彼らが中央都市に来たのは登用試験のためだ。
もともと三人とも地方の貴族や大商人、役人の子で才能と環境には恵まれていた。賢き若者はそれぞれの才脳が活かせる仕事を見つけた。それが役人である。文官、武官と進む道は異なるが彼らが目標とするのはこの国の英雄、武王賢王の二王である。
試験会場の中央街はずれの訓練場へと向かうと人で溢れかえっていた。
「このような場所はあまり好まない。人は集まると強く結び付き集団を作る。これが時に、悪い方向へと向かうのだ。特に私達のような未熟な者達だと…。」
若者はそう言うが、自らのことを完全に未熟だとは思っていない。だが大人と比べてしまえば知識と経験は必ず劣っていると確信している。そんな彼はよく自分を卑下する。
そしてその若者を支えるのが聡明な友人の一人だ。
「ここには同年代以上のもので優秀な人間が集まるところだから、それはそこまで心配しなくていいと思うよ」
そしてもう一人…。
「たとえ乱闘になってもお前たちのことは俺が守る!」
考えることを放棄した正直者もいる。
試験の内容などはここに記しても何の面白みもないので、詳しくは記さないが以下のとおりである。
筆記試験、実技試験、面接。
試験官は、集まった者たちが国を支える人間として相応しいかを判断する。万上の人である皇帝を支える九九九九人から見極めるのだ。
試験は無事終了し、二人は文官、一人は武官として勤務することになる。
そして、この時代。
北の山脈を越えた地域を支配する蛮族との戦争が活発になってきていた。
多くの武官、文官は出兵することになる。そして、彼ら三人も新兵として研修期間を終えた後に派遣された。
若者には文官となった後に恋仲となった女性がいた。彼女は子爵の娘であり、中央にて勤務している。
月に一度の中央との定期連絡のとき、中央−冦連山脈戦地間を若者が兵から家族への手紙を届けるときに会うのが密かな楽しみである。また、彼は直ぐに戦地へと帰らなければならないので、彼らもまた手紙を手渡ししていた。
小競り合いが続き、戦況は膠着。戦地へと赴いた賢王の案で山脈の原住民と協力し、山脈の北側に壁を作り蛮族の侵入を防ぐことになった。これにより兵の死傷者が減り、戦いも以前と比べて楽となった。
若者はいつものように彼女からの手紙を読む。中央では蛮族との戦いについての討論が続いているという。蛮族を滅ぼすべきという過激派と彼らのからの攻撃を防げば良いという保守派。蛮族は周期的に襲撃してきているが、そこまでこちらに損害は出ない。しかし、損害は損害である。
少なくとも5年、戦地へ送られた者たちは帰ることはできない。
彼女からは手紙とともに花の種が贈られてくる。
「戦地では心を落ち着かせることができない日々が続くかもしれません。この種を育てれば綺麗な花が咲きますのでそれを見れば癒されると思います。」
ということだ。
若者は、ありがたいと思うと同時に戦地から贈ることのできるものは自分が死んでいないという知らせだけであると思い申し訳ないと感じた。
彼女はそれで十分と言うが、若者はそれでは良くないと思い、花を探していた。
花探しとは全く逆で、種を育てるのは順調だった。それらは胡蝶蘭や桔梗などとなり、殺風景だった戦地の景色を一変させた。
だがそれは厳しい冬の寒さにより地面が凍結したせいで枯れてしまったのだ。
若者は彼女からの気持ちを無下にしてしまったと思い、新しく種を探し育てることにしたのだ。
もちろん彼女からは、今年の冬は厳しいから花は枯れてしまうでしょうけど気にしないで、との言葉があった。そして、新たな種がまた贈られてきた。
若者が戦地で過ごすのが三年になろうとしていた頃、彼は山脈の中腹である花を見つけた。そのことを手紙に書き、定期連絡であったときに伝えることにした。
しかし、このとき戦は激しさを増しており、本部に配属されている若者が中央に行くことは叶わず、早馬での最小限の連絡と変更された。
彼は最後の定期連絡にその旨を書き、種とともに中央へと贈った。
中央では、次回が最後の定期連絡となる事が決定され、以後戦況や作戦などの連絡のみ行うようにと変更された。
これを知った彼女は戦地からの最後の手紙を読んだ。
そこには、若者からの思いと必ず帰るということ、またある種がその発見の経緯とともに入っていた。
このとき既に三度目の冬を越そうとしていた。
冬を越せない幸せな日々。冬を越しても消えない双方の片思いからなるもの。
彼女は若者にこう言った。
「花は枝から散るけれど、本当はずっと、枝についていたいのでしょうね」と。
彼女は一人でこう言った。
「本の中には私が居ると言われているけれど、あなたの本にはまだ私はいるのでしょうか?」と。
五年がたった。
僅か28で即位した第三代皇帝が遂に耳順を迎えるほどの頃。
三人の若者が北の山脈より中央都市へと向かっていた。
服装は汚れておりとても役人とは思えない姿だったが、左腕には着用物の中で唯一日の光を浴びて輝く綺麗な腕輪がつけられていた。
二人の友と共に中央街へと繋がる境引門を通る彼は、冷静さと風格を持っていた。
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