第4話 遺児
2年の技術科の時間に、自転車の分解・組み立てが行われた。
洋一は教員の見よう見まねで、工具を上手に使っていた。自転車はどんどん解体されていった。
洋一に負けず劣らず、教員の助手みたいに張り切っている生徒が、ひとりいた。よその村の茂だった。
「渡辺。ちょっと待て。先に先にやるんやない」
教員は茂を注意する。
「先生。これは、レンチがないと時間が掛かるわ」
授業ではスパナを使っていた。
「茂。お前、よう知っとるなあ」
洋一は感心した。
修司は実習の様子を、父親に報告した。
「ほう。そんなに詳しいのがおるんか」
「渡辺はレンチやって使ったことあるみたいやで」
バイクの手入れをする勲の手が止まった。
「渡辺な、整備士になりたいんやって」
修司の話は、ほとんど勲の耳に入っていなかった。
渡辺の父親と勲は同級生だった。
少年時代は戦時下にあった。国民学校を卒業してすぐ、近くの鉱山で鉱夫になった。採掘現場も宿舎も、劣悪な環境だった。早くから酒を覚え、もらった給料は飲み屋街で使い果たした。
終戦になり、2人は大阪に出て行った。しかし、大阪は2人が夢見た世界とは違っていた。
食糧難だった。四国の田舎で、野山から食べ物を調達するようなわけにはいかなかった。オンボロアパートで空きっ腹を抱えていた。仕事はなかった。街に出ると、よく
街のちょっとした顔になっていた。飲み屋に行くと、よく
飲んだ帰り、
ひとりの男が路地に転がり込んだ。追いかけてきた男は、命乞いする男の腹を蹴りつけ、動かなくなると、頭をしつこく踏みつけた。
(あの男は殺される!)
勲と渡辺は思った。震えが止まらなかった。
気が付くと、静かになっていた。暴行を加えていた男の脇に、別の男が体を寄せていた。白い服が血に染まっていった。刺した短刀を引き抜き、男は仲間を抱きかかえて路地の闇に消えた。
アパートに帰り、勲と渡辺はカストリ焼酎で酔いつぶれた。翌日昼過ぎに目覚め、荷物をまとめて徳島に帰った。
勲と渡辺の付き合いは途絶えた。3年後、渡辺の結婚式には出席したが、渡辺の顔を見ると、例のシーンが蘇ってきた。
勲のもとにある日、渡辺の細君から手紙が届いた。
そこには、渡辺が肺を悪くして入院中であること、医者からもう長くないと宣告されていることなどが綴られていた。さらに、大阪時代を懐かしんでいることに触れ
「主人がどうしても勲様に会っておきたい、と申しております。まことに勝手ではございますが、どうか最期の願いをかなえてやっていただきたく、お願い申し上げます」
と結ばれていた。
渡辺を病院に見舞った。
「小さな修理工場でもやりたかったけんど、肺を悪うしてな。このザマや」
渡辺は力なく笑って、咳き込んだ。
病室に細君が付き添っていた。横に、よちよち歩きの男の児がいた。
あの児が茂だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます