第2話 命拾い
隆の育った地方は長く無医村だった。
手塚治虫さん(1928-89)が大阪帝大の医学専門部を卒業後、四国の無医村に赴任するという話があったと聞く。順調に進んでいれば、鉄腕アトムもブラック・ジャックも誕生していなかったことになる。ことほどさように、無医村の解消が求められていたのである。
千足村の麓のお医者さんは、もと軍医だった。復員して、どういう経緯で無医村にやってきたのかは定かでない。
山間部だけに、通院するとなると大変だった。患者の便宜を考え、往診用にスクーターを買ったのだろう。周辺の村だけでなく、奥の秘境まで往診していたらしい。
隆と洋一、洋一の従弟の修司が学校から帰っていると、山道にスクーターが停めてあった。近くの家で重病人が出たのだろう。隆たちはスクーターを取り巻き、細かく観察した。テレビのヒーローが乗っているスクーターが、目の前にあった。あちこち触ってもみた。洋一が我慢しきれなくなって、よじ登り、シートに腰かけてハンドルを握った。
「洋ちゃん、危ないよ」
隆と修司はヒヤヒヤしながら見ていた。
洋一はスクーターが走ってでもいるかのように、腰を前後に動かしている。
「こら! 何しとるんや」
後ろに権蔵爺さんが立っていた。
「先生の乗り物になんぞあったらどうするんや」
洋一はスクーターから下りた。権蔵爺さんは洋一の頭を叩くマネをし、山道を下って行った。
爺さんの姿が見えなくなり、洋一はまたスクーターに乗ろうとした。その時、スクーターはゆっくり傾き、横倒しになった。洋一は道の脇に転がり落ちていた。
3人でスクーターを起こした。後はわき目も振らず、逃げ帰った。しばらく大きな木の陰から見ていると、お医者さんが細い道を下りてきた。ちょうど権蔵爺さんが用事を済ませたのか帰ってきた。何か話している様子だった。3人は息を呑んで見守っていた。
スクーターのエンジンがかかった。3人は顔を見合わせた。思わず笑みがこぼれた。
(権蔵爺さんの言うように、スクーターが壊れとったら、どうしよう)
3人は同じことを考えていたのだ。
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