第3話 ★ターニングポイント★
マリンのLIVE配信が始まった。
身バレするリスクがあるものは何もない。
この徹底さには、こちら側も感嘆してしまうものだ。男の気配が少しでもあれば、SNSで拡散してやろうと思っていたのに。
『昨日急に切断して配信を終わらせましたよね? その件に関して、視聴者に謝罪するべきではありませんか?』
『作家として作品を完結まで書けず、おまけに配信さえもまともに終わらせることができない。中途半端にするの辞めてもらってもいいですか? 俺たちの時間を返して下さい』
昨日は泣きながら放送を切ったのに、今日は元気一杯だ。
俺のコメントが表示されているのにも関わらず、平然な態度を貫き通すとは……マリンの奴、確実にレベルアップしてるな。
けれど、俺はお前を潰してやる。お前が泣きながら、作家業を辞める日を楽しみにしているよ。さぁーて、楽しませろ。
放送中に何度も罵声を浴びせたものの、マリンには効果無し。
昨日までとは明らかに違う。何かあったのだろうか。
LIVE配信開始から早三十分が経過した頃であった。
「最近嫌なことばかりが続いていました。で、でも……優しい人があたしに声を掛けてくれました。あたしは笑っていた方がいいと言ってくれました。だ、だからあたしは笑います」
マリンは下手くそな笑みを浮かべた。内心ではまだ普通に笑えてないのだ。俺の存在に恐れているのだろう。一先ず、今までの俺の行動が効いていたというのは有り難い話だな。
まだまだ地獄を味合わせてやるから、覚悟しとけよ。
『本人自身が笑うのは自由ですが、作品で読者を笑わせることが第一ではないんですか? それが作家としての在り方なのでは?』
『嫌なことって、もしかして俺のことですよね? へぇー読者に向かって、そんな口の利き方でいいんですね。正直、見損ないました。マリンさんがそんな人だとは思いませんでした』
視聴者数は平均して3000人程度集めている。
大半の視聴者が——。
『マリンちゃん、今日も可愛いでふ』
『マリにゃんのおっぱい……今日も整ってるー』
『ばぶーマリママぁあああ』
『素直に射精。マリンは俺の嫁』
『マリンちゃんの小説読んだよ、もう最高。泣いちゃいました』などなど。
マリンの作品を一度も読んだことはないけれど、ネット内での評価は意外と高い。と言えど、掲示板を覗いてみると「信者に媚びを売って、評価を入れて貰うクズ」とか「どうせ、枕営業してるだけだって」などと言われている始末。
女性の敵は女性と聞いたことがあるけれど、その通り。
『男共を若さで釣る女って気持ち悪い。この売春婦』
『こーいう女って学生時代に色んな男とヤってる定期』
『バカそうなキモオタ共に媚びて金を得る亡者』
俺以外の方々も散々彼女に放っているのだ。
ネット世界は怖いものだ。特に人間の心とやらは。
ま、俺が言えた義理じゃないけどな。
「あ、あたしはぜ、絶対に負けません。今までも悪い人たちには散々な目に遭わせられてきました。だけど、あたしは負けませんっ!?」
マリンの発言に、どんな意味が含まれているのかは知らん。
但し、一つだけ分かったことがある。コイツは潰し甲斐があるということだ。確実にコイツの夢をぶち壊す際は、今までにないような幸福感で俺は満たされるのだろう。楽しみだ。
「マリン……俺が、お前を絶対に壊してやる。お前の心を。お前の精神を。お前がもう二度と筆を取らなくなるまで。お前がもう二度とネットで活動ができなくなるまで。徹底的にだ」
◇◆◇◆◇◆
翌日、普段通りの時間帯に学校へ登校。
隣の席に座る廃進麻理は今日も今日とて机に突っ伏していた。昨日に引き続き、今も悩みを抱えているのかも。
担任が来るまで数分程度の猶予があるので、俺は椅子に座って、スマホを弄ることにしたのだが——。
「く、葛川くん……お、おはようございます……」
先程まで涙を流していたのが分かるほどに、廃進麻理の目は赤く腫れ上がり、頬には水滴が付着していた。
「おはよう、廃進さん。顔色悪いけど大丈夫?」
別段、本気で心配はしていない。ただ、話に触れないのは明らかに不自然過ぎるので言う他無かったのだ。大丈夫などと言うだけで、あたかも心配してます感を醸し出せて、少しでも良い人だと騙すことができるのだ。
「……か、顔に出ちゃってましたか?」
本人自身は普段通りと思っていたのだろう。誰が見ても、何かあったんだなと分かるほどに浮かない顔をしてるのに。
「悩み事があったら俺に言ってよ。何でも話を聞くよ」
「あ、ありがとうございます。そ、そんなことを言ってくれるのは葛川くんだけです」
「俺だけじゃないって。それで廃進さん、何があったの?」
「そ、そのじ、実はSNS内で誹謗中傷を言われていて」
誹謗中傷。
廃進麻理のことはあまり詳しく分からないけど、どうせ悪意を持った奴等に何かを言われているのだろう。
「廃進さん、別に気にしなくても大丈夫だよ。多分だけど、人の悪口を言う奴等は惨めな人生を送ってるから、廃進さんみたいな人の足を引っ張ることしかできないんじゃないかな?」
「そ、そうですかね……」
「そうだよ。安心してよ。俺は何があっても、廃進さんの味方だよ。だからさ、悪い奴等には勝手に言わせとけばいいよ」
「そ、その……葛川くんは、あ、あたしの味方でずっと居てくれますか? ど、どんな時でも、あたしの側に……」
「うん、大丈夫だよ。約束する。俺は廃進さんの味方だよ」
と、言ってしまったのが悪かったのだろうか。
俺の人生は急展開を迎えることになるのであった。
廃進麻理と関わりを持ち始めてから少し期間が過ぎた休日。
自宅近所の大手予備校が主催する模試を受けることにした。
幼少期から徹底的なスパルタ教育を受けている俺にとっては、センター試験問題は朝飯前の難易度。
難なく全試験が終了し、俺が予備校を出ようとした瞬間。
「待ちなさい。葛川聡っ!?」
突然後ろから呼び止められた。予備校内での知り合いは皆無。正直な話、同姓同名の誰かを呼んでいると思っていた。
けれど、俺を呼び止めた人物は、俺が動くと同時に「待て。待てって言ってるでしょ。私の声が聞こえないのかっ!」などと言ってくるのだ。
「人違いじゃないか? 俺は葛川聡じゃない。それじゃあな」
変な奴に絡まれるのは絶対に嫌だったので嘘を付いて逃げ出そうとしていたのだが、相手は一筋縄では行かないタイプだった。
「アナタが葛川聡だということは知ってます。予備校内の模試で毎回ぶっちぎり一位。稀代の天才だとか言われて、調子に乗ってるみたいで」
調子に乗ってはないんだがな。
それにしても、稀代の天才ね。生憎だが、俺はそんな人間じゃない。
ただのバカでクズ。それが俺だ。多少勉強が人並み以上にできるだけで、褒められた才能は何一つ持っていない凡人だ。
「ふぅーん。それで? 何の用だ? 俺は忙しいんだ」
帰宅後、マリンの心を折らなきゃならないからな。
こんなところで道草を食ってるわけにはいかないのだ。
「特に大した理由ではありません。今回の模試では、私がアナタに絶対に勝つという宣戦布告です。負けませんからぁ!?」
「負けないってのは良い心掛けだな。まぁー頑張ってくれ」
「く……葛川聡っ!? 私は絶対にアナタを超えます。アナタは……アナタだけは絶対に許しませんからねっ!?」
「絶対に許さない……? 何言ってんだ? 俺が何かしたか? ていうか……お、お前誰だ? そこから話せ」
俺の発言を受けて、目の前の頭空っぽ女は辿々しい口調で。
「えっ……? わ、私のことを……し、知らないんですか? わ、私のこと……わ、私のことを……」
「あー全く知らない」
「模試結果を見て、毎回毎回私をバカにしてたくせに。知っているんです。毎回ほくそ笑んで……わ、私をバカにして」
「バカにした? 何を言ってるんだ?」
「だ、だから……模試で毎回2位のわ、私をバカにしているんでしょ。知ってるんです、悪魔みたいな顔でほくそ笑んで……わ、私の努力を全て否定してきて……知ってるんです」
「へぇー模試で2位か。凄いじゃないか」
「だ、だからぁっ、そ、その余裕な態度が腹立つんですっ!」
「わ、悪かったな。そ、それで……お前の名前を」
「そうですか……そういうことですか……自分より下の奴の名前には微塵も興味なしということですか」
拳をギュッと握りしめて、プルプルと震えながら。
「私の名前は
「悪いが……俺、興味ある奴しか覚えられねぇーんだ」
「どどどど、どこまで私を愚弄すれば気が済むんですかぁ! ぜ、絶対に許しませんからね。あ、アナタのことだけは絶対に……ど、どんなことが起きても一生……」
月曜日。
休日中は変な女に絡まれて、散々な目に遭った。
本日は少しでも疲労の無い日々を送りたいと願っていたのだが、廃進さんの様子が明らかにおかしかった。
「葛川くん、昨日他校の制服を着た女の子と一緒に居ましたよね? 一体どういうことですかー? どんな関係なのかなー? あっはは、あたし、気になって眠れませんでしたよ」
◇◆◇◆◇◆
「廃進さん、寝不足で頭オカシクなってない?」
普段は寡黙な女の子。怒りなどの感情を表に出さないタイプだと思っていたが、それは俺の勘違いだったのか。
本日の廃進さんは不機嫌な様子。おまけに矛先は俺へ。
「ありがとうございます。あたしの心配をしてくれて」
個人的には本気半分冗談半分で言ったつもりだが、俺の言葉が優しさから生じたものだと廃進さんは勘違いしてやがる。
「本当に葛川くんは優しい方です。惨めでブスで何もできないあたしの心配をしてくれて……」
でも、と小さく呟いて、廃進さんは重たい口調で。
「しらばっくれても無駄ですよ? あたし見たんですから」
一度言葉を止めて、目を細めて睨み付けるように。
「葛川くんがあたし以外の女の子と何だか、とっても楽しそうに喋っているのを。あの子、葛川くんの何ですか?」
あの子、えぇーとアイツの名前は何だっけかな。
もう全然覚えてない。
名前を必死に思い出そうとするが無理。
やっぱり俺は興味を持ったモノしか覚えらんねー。
「どうして黙ってるんですか? 隠し事ですか?」
顔をグイグイと近付けて、俺の瞳を覗き込んでくる。
口元は笑っているのに、目が全く笑ってない。
今までに感じたことがない恐怖感。
本能的に、生理的に、コイツは危ないと俺の脳がアラームを鳴らしている。実際に、身体は鳥肌が立って寒気がするのだ。
「あの女を庇ってるんですね……あの女を……」
と言い、廃進さんはチッと大きな舌打ちを鳴らした。
「嘘付き。あ、あたしの側にずっと居てくれると言ったのに」
嘘付き呼ばわりされてしまうとは。
側に居てやるとか言ったっけ? もう覚えてない。
多分だけど、調子の良いことを言っちまったんだな。
「黙っているということは言えない関係ってことですか?」
廃進さんの目は腫れ上がり、今にも涙が出てきそうだ。
「何を勘違いしてるか知らないけど、俺はアイツとやましい関係じゃないし。寧ろ、困ってるんだぜ」
俺の発言を聞いて、廃進さんは間抜けな顔になる。
「困ってる……?」
「同じ予備校の奴みたいで、変な因縁を付けられてて」
「なるほど」
と、小さく呟いた後、廃進さんは頭を下げてきた。
「ごめんなさい。葛川くんはあたしに心配をかけさせないために黙っていてくれたのに。それをあ、あたしが勝手に……」
心配をかけないとは一体何? 黙っていてくれた?
さっぱり意味が分からん。但し、相手側が一人で勝手に納得してくれたみたいなので、俺はそのペースに合わせた方がいいのかな。機嫌も何処か緩やかになり、矛先が遠くへ行ってしまったみたいだし。
「早めに警察に相談するべきです」
「け、警察……?」
「はい。葛川くんが優しくてカッコいいから、あの女が恋心を抱いて……葛川くんに困ったことをしているんですよね?」
恋心を抱いて、というのは違うと思うけどな。
熱い想いを持っているってのは事実だと思うが。
でも、困っているというのに変わりはない。
「大丈夫ですよ、葛川くん。頭のオカシイストーカー女からは、あたしが絶対にお守りしますから。もう二度と近付けないようにお灸を据えて上げないといけませんね」
ふふっと笑みを漏らし、廃進さんは独り言のように小さく。
「葛川くんはあたしだけの
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次回最終話
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