第2話 他人の不幸は蜜の味である
廃進麻理。彼女は寡黙な生徒だ。
他人と喋ることに対して抵抗でもあるのか、俺以外の生徒と喋る姿を見かけたことがない。
言わば、空気みたいな奴だ。
辛辣に言えば、居ても居なくてもどうでもいい人間。俺と同じ存在なのかもしれない。
「やれやれ……家に帰ってきてまで女のことを考えるとはな」
自慢ではないが、俺は男女の色恋沙汰には興味がない。
所詮、男女の関係は身体の関係以外になく、それ以上の発展は単なる家族ごっこに過ぎないと思っているからだ。
故に、俺が自宅で女を考えるのは、エロ動画を模索する時のみ。
と言えど、大手エロ動画サイトの流動性は極めて悪い。一度でも見たことがあるAV女優がランキングを独占し、圧倒的な才を持つ新人が現れるのは稀なのである。
というわけで、最近のオススメエロ動画サイトは、SNS一択。
選んだ理由は流動性。
ランキングの移り変わりが極めて早く、おまけに削除される可能性が滅法高いので見つけたら直ぐにダウンロードする他ない。
俺の偏見かもしれないが、SNSを使っている奴等は容姿が良く、おまけに承認欲求が高いのだ。
どうでも良い話だが、女の子はメインアカウントの他にサブアカウントなるものを作っているらしい。そこで男漁りをしたり、本当に仲の良い人達だけで他の人たちの悪口を言うのだ。
そんな奴等がリベンジポルノの被害に遭い、腰を自ら振って女を感じている姿が早く拡散して欲しいと俺は常日頃から思うのだ。バッグから突き上げられ、喘ぎ声を出す姿だと尚よし。
女としての喜びを知り、快楽に堕ちる姿は可愛いものだ。
「来週模試があるんでしょ?」
ノックすることもなく、母親が無断で俺の部屋に入ってきた。俺の母親は受験ママと呼ばれる存在だ。子供の頃から、スパルタ教育ママとしてこの町内では有名なのである。
「あー分かってるよ、母さん。絶対に東大受かるからさ」
俺の一言を聞き、母親は笑みを浮かべ、部屋を出て行った。
と言えど、部屋を出る際に一言だけ言い残していったけど。
「絶対にお父さんの仇を取ってね。そして官僚になるのよ」
俺の父親は上司の揉め事を掻き消す為に、責任を押しつけられてそのまま辞職したのだ。俗に言う所のリストラだ。
父親は現世に思い残すことがなかったのか、家族を残して一人で自殺を図ったのだ。首吊り自殺だった。
そして、母親は父親の死後、鬱病を患うことになった。
こうして母親は国の上層部に極度の妬みを持ち、俺にアイツらを潰せと命じているわけだ。どんなに時間が経過しても。
「子供を何だと思っているんだか……あのババアは」
子供を産む奴等は知能指数が低い。
元々俺は現世に生まれたかったわけではないのだ。
親の利己により生み出された可哀想な存在。それが子供なのである。
種を繁栄しなければ、という馬鹿げた幻想を考える偉い奴が居るけれど——。
そんな奴らは金属バッドで殴られて、多少は頭を冷やすべきである。
「地球を支配しているのは人間。そう思っている奴等が一番嫌いだ。地球は人間だけの理想郷ではないってのに」
個人的な意見だが、人間は滅びるべきだと思っている。
と言えど、そんなことを大々的に言えるはずもない。
街を歩いていると(特に駅前か)、陰謀論を語る人々が居るけれど、あの人たちのメンタルは素晴らしいと思う。授業中の発表でさえ、普通の高校生は緊張すると言うのに。
あれだけ大それたことが言えるのは、余程脳が汚染されているのか、それとも本気で信じているかのどちらかだろう。
俺の意見としては、宇宙人によって脳が改造されたと思っている。流石にオカルト過ぎるか。まぁー流石にないわな。
「廃進麻理……アイツ、絶対にバカだよな。指示を出せば、何でもかんでも言うことを聞きそうだ。哀れな人間だ」
大半の日本人が嫌なことでも断れないと言う。
実際に上司の命令は絶対。バイト先でもそんな光景を何度も見たことがある。若い女子高生が入れば、店長がやたらめったらボディチェックをして、連絡先の交換を促すのだ。
汚い大人だなと思いつつも、俺には関係ないと知らんぷり。
それが現代人の生き方。危険な橋を見つければ渡る前に、逃げることが適切な処置なのである。
「あ、マリンの配信が始まったな。今日も潰しますか」
ピコンと通知が鳴り響き、俺は裏の顔になれる。
外面だけは良い人で。内面はクズでカスな俺が一番輝ける場。他人を傷付けることはどうしてこれほどまでに楽しいのか。絶対にバレず、おまけに安全な場所から相手を痛ぶる。
これ以上に心が癒されて、充足感があることはない。
『お前才能ないよ』
『エロ配信しろよ。お前の身体にしか皆興味ねぇーよ』
『作家なら配信を止めて、小説を書くべきなのでは?』
『ウェブ小説家を名乗るのならば、小説を書いて下さい』
『えーと、俺のコメントは無視ですか? 都合の良いコメントしか読まないんですね』
『あ、ごめんー。お前の小説つまらないから誰も楽しみに待ってやる奴とかいねぇーか。ごめんー、俺が馬鹿だったわ』
ネットに詳しい専門家などが、炎上する理由を多々上げることがある。しかし、それは大抵の場合は的外れ。
言ってしまえば、俺みたいな人間は叩ければ何でもいいのだ。叩けるのならば何でも叩いて相手を不幸にさせたい。
言わば、相手を不幸にさせることで、幸福を得るのである。
ゲーム好きがゲームを通して幸福感を満たすように。
食事好きが食事を通して幸福感を満たすように。
他人に不幸を撒き散らして、誰かを苦しめることで俺は幸福感を得るのだ。他人の不幸は蜜の味。正にその通りである。
◇◆◇◆◇◆
翌日、教室に入ると廃進麻理が机に突っ伏していた。
最初は体調が悪いのだろうと思っていたのだが、ぐすんぐすんと啜り泣いているのだ。別段、俺としてはわざわざ喋るかける必要性はなかったのだが、出来心が働き話しかけてみた。
「どうしたんだ? 何か嫌なことでもあったのか?」
言ったところで返事は戻ってこない。どうやら俺には一切教えたくないらしい。触らぬ神に祟りなしと言うが、他人の問題に首を突っ込むのはあまり良いことではない。
気を取り直して、俺は椅子に座って授業が始まるのを待つわけだが……まぁー何だ。
隣の席に座る女の子、おまけに多少は面識があるのに、何事もないかのように接するのは無理がある。
というわけで、柄にもなく俺は問題に首を突っ込んだのだ。我ながら、自分でもどうしてと思ったものだ。
「何に悩んでるのかは分からないけど、大丈夫だよ。こんな世界なんてな、歴史的観点ではどうでもいいようなことなんだからさ。お前だって道端に落ちてる石ころに目を向けるか?」
アドラーは言った。
人間の悩みは全て対人関係にあると。
実際に俺が学校に行きたくない理由も、対人関係が原因だ。
授業態度が悪い癖にテストの点数だけは高いので、教師達に目を付けられてしまったのだ。彼等は口を揃えて歯軋り混じりに、学校で学ぶのは勉強だけじゃないと言うけれど、学業を第一に考えるのが学生の本分ではなかろうかと。
「まぁー何だ。辛くなったら俺が相談に乗ってやるよ」
大抵の場合、人間の悩みは胸の内から吐き出してしまうと、物凄く楽になれる。ソースは俺。
心の中だけで整理を付けようとすると、心の奥底に蟠りが残り続け、長期間悩みの種を抱えることになる。
言霊という言葉を信じているわけではないのだが、やはり声に出して実際に外に吐き出すことで、人間は前向きになれる。
豆まきだって似たようなものだ。鬼は外、福は内、と言ったところで、根本的に何かが解決するわけではない。それでも多くの人々は、それでスッキリした気分になれるのだ。
要するに思い込み最強。
自己暗示を掛ければ人間は無敵だ。
「ありがとうございます……葛川くんだけです。あ、あたしのことをし、心配してくれるのは……あ、ありがとうございます」
言葉を掛けただけ。それだけで人間同士の関係は深まる。
俺自身一番役に立つと思っているのは挨拶である。
おはようございます、こんにちは、などの挨拶は、日頃から使う練習をしていた方がいい。バイト先で知らないスタッフにも声掛けをしていると、同じシフトになった時にスムーズなコミュニケーションが取れるからな。何よりも、挨拶を交わしておくと、出来た人間だと勘違いして貰える。
たった数秒の努力で。たった一フレーズだけで。楽なものだ。
「俺は何もやってないよ。でも、廃進さんの顔色が少しだけでも明るくなった気がする。やっぱり笑ってる廃進さんの方が良いよ。似合ってると思う」
廃進さんフリーズモード。流石に今のは言い過ぎたか。
偽善者っぷりを大幅に更新したかもしれない。
パチパチと可愛い目が瞬きし、白い頰が真っ赤に染まる。
椅子に座る廃進さんは太ももを擦り合わせ、小さな声で。
「……あ、ありがとうございます……う、嬉しいです……」
この日を境に廃進さんが俺を見る目が変わった気がする。
だが、勘違いであって欲しい。
眼鏡っ娘に興味はないのだからな。
「葛川くん葛川くん葛川くん葛川くん葛川くん葛川くん葛川くん葛川くん葛川くん葛川くん葛川くん葛川くん葛川くん葛川くん」
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※作家の思想=キャラの思想ではありません
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