03

 夏休みになり、兄が一日中家に居てくれるようになった。とはいえ、ほとんどの時間を兄は勉強に費やしていた。僕は邪魔にならないよう、息を殺し、イヤホンをつけて、古い携帯ゲーム機でパズルをしていた。

 僕には記憶がないけれど、幼い頃には僕たち兄弟にもサンタクロースがきたらしい。ゲーム機はその時に貰ったものだということだった。

 さすがに僕も食事の準備をするようになった。といっても、冷凍のチャーハンを温めて出すとか、カップ麺にお湯を入れるとか、それくらいだけど。

 兄は食後必ずタバコを吸った。匂いは家に染み付いてしまっているので、父にもバレているのだろうけど、叱られた様子はなかった。


「陽向。夏らしいことしようか」


 ある日の夕食後、そう言われた。兄は花火を用意していたのであった。庭に出て、兄がライターでロウソクに火を灯した。


「兄ちゃん、どれからやる?」

「とりあえずは手持ち花火」


 二人同時に火をつけた。


「わあっ……」


 棒の先から飛び出た火花は明るく僕たちの顔を照らした。もう少し見ていたい、と思ったくらいで終わってしまい、次々と新しいものに火をつけていった。

 ねずみ花火は面白かった。兄が僕の足元に飛ばしてきたので必死によけた。僕もやり返した。


「兄ちゃん、もうなくなっちゃったよ」

「まだこれがあるよ」


 二人でしゃがんで線香花火をした。細かく散るオレンジ色の光はとても儚くて、いつか来る兄との別れを連想させた。


「ずっと……ずっと消えない花火があればいいのに」

「そんなものはないよ、陽向。生き物はいつか死ぬし変わらないものなんてない」


 そう、兄弟の形も変わっていくのだ。兄は就職すれば冷たく僕のことを忘れるのだろう。それくらい、わかっている。

 兄はタバコを吸い始めた。その横顔が、いつの間にかぐんと大人びてしまったことに気付いた。少年のままの兄を標本にして閉じ込めておけばよかった。兄はもう、大人の男性になろうとしているのだ。


「兄ちゃん。僕、家のこと何でもするから。料理も覚えるから。だから僕のこと連れて行って」

「ダメだ。兄弟なんてな……血は繋がってるけど、別々の存在だ。自立しろ、陽向」


 兄は花火を入れたバケツに吸い殻を放り込んだ。僕は兄の後ろから抱きついた。


「もう……陽向……」

「やだ、行かないで」

「……ちっ」


 兄はぐいっと僕の腕を引っ張り、部屋の中に連れ込んだ。そして、カッターを手に取った。昼にトイレットペーパーが届き、その箱を切って置きっぱなしにしていたものだった。


「動くなよ」


 兄は僕の左腕にカッターの刃をあてた。


「ひっ……!」


 暴れればもっと酷いことになるかもしれない。僕は目を瞑って耐えた。鋭い痛みが走り、終わって目を開けると、何本もの赤い線が走っており、血の玉が浮いていた。兄はそれをちろりと舌で舐めた。


「大丈夫。兄ちゃんもするから」


 兄はためらいなく自分の左腕を切った。きっかり僕と同じ本数にしたようだった。


「兄ちゃん……」

「兄弟の証。お揃いは嬉しいだろ?」

「うん、嬉しい……」


 綺麗に水道水で流した。傷自体はそれほど深くなかったらしく、血は止まっていた。


「風呂入るか」


 兄はバスタブに湯を張った。僕は兄に後ろから抱きしめられる格好で湯につかった。兄は僕の傷を一本一本指でなぞった。


「兄ちゃん……もっと、僕を触って」

「ちょっとだけな……」


 控えめな動きではあったけれど、僕の身体を反応させるには十分だった。僕は吐息を漏らし、兄に全てをゆだねた。けれど、やはり最後まではしてくれなかった。


「兄ちゃん、好き……好きなんだ……」

「陽向にも、そのうち他に好きな人ができるよ。だから、その時まで取っておけ」

「兄ちゃん以上の人なんてできないよ」

「今はまだガキだからそう思うだけ。いつか兄ちゃんのことなんて忘れろよ」


 布団に入ってからは、しつこくキスを求めた。兄は応えてくれたけど、服の中に手を入れようとするとつねられた。

 そうして、いくつもの夜を越えた。夏は盛りになり、日差しはどんどん強くなり、夜になっても熱がこもった。

 それでも汗だくになりながら僕は兄と触れ合った。そのうちに、おそろしい計画を思いついたのだった。

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