第8話 これからもずっと

「おはようございます」

「お、おはようございます」


 圭斗と佳奈美は一緒に出社した。


「おはようお二人さん。今日も一日よろしく頼むよ」

「はい、よろしくお願いします」


 部長の高橋さんが、元気な声で挨拶を返してくれる。

 どうやら、二人一緒に出社してきたことに関して、何も疑問に思っていない様子。

 ほっと胸を撫でおろす圭斗の耳元で、佳奈美がボソッと囁いてくる。


「ふふっ、私たちが昨日一緒に夜を過ごしたなんて誰も思ってないみたいね」

「ですね」


 そもそも、圭斗と佳奈美が元々知り合いだと知っている人がいないのだから、昨日あんなことがあったなんて考える方が無理というもの。


「それじゃ、今日もみっちり教育していくから、覚悟しておいてね圭斗!」

「はいはい」

「はいは一回でいいの!」

「はい!」


 こうして、恋人兼直属の上司である佳奈美の指導の元、色んな意味で新生活二日目がスタート。


「佳奈美先輩、こちらの資料終わりました」

「あら、早いわね。こちらに共有して頂戴」

「すでに共有済みです。誤字などがないかのチェックだけお願いします」

「……分かったわ。なら次の資料作成をお願い」

「分かりました」


 昨日とは違い、佳奈美との関係性が変化したこともあり、圭斗のモチベーションは最高潮に達していた。

 佳奈美が昨日残業していたことを見て、少しでも圭斗が佳奈美の業務の負担を減らしてあげることで、彼氏として助けてあげたいという気持ちが沸き上がっているのだ。

 カタカタと素早くキーボードで文字を入力していくと、トントンと左隣から肩を叩かれる。

 見れば、佳奈美が手招きしていた。


「どうかしましたか? 資料に間違いでもありました?」


 圭斗が尋ねると、佳奈美は首を横に振る。


「資料は良くできているわ。だから……ね?」

「えっ……?」


 刹那、佳奈美が圭斗の頭に手を伸ばしてきて、まるで子供を褒めるかのようにワシャワシャと頭を撫でてきたのだ。


「よくできました」


 そう微笑んで、佳奈美は身体の向きをデスクへと向き直してしまう。

 圭斗は咄嗟に辺りを確認する。

 幸いなことに、佳奈美に撫でられているところを見ている人はおらず、皆各々の作業に集中している様子。

 圭斗はほっと胸を撫でおろしてから、今度は恥ずかしさが込み上げてきて顔が熱くなってくる。


(この部屋空調暑くないか)


 そうとぼけてしまうほどに、圭斗の身体は火照ってしまった。

 背中に汗が滲み出てきて、思わず手でパタパタとシャツを扇いでしまう。

 その様子を見ていたのか、佳奈美がクスっと肩を揺らして笑っている。

 佳奈美の大胆な行動に、一本取られたと圭斗は歯噛みすることしか出来ない。

 何か仕返しが出来ないかと考えながらPCに向かって作業をしていると、再び佳奈美がトントンと肩を叩いてくる。

 圭斗が警戒しながら振り向くと、佳奈美はクスっと肩を揺らして笑った。


「もう、怯えないでよ。ちょっと悲しいじゃない」

「そりゃだって……恥ずかしいんだから仕方ないだろ」


 小声で気持ちを吐露すると、佳奈美は余裕ある笑みを浮かべながら、内緒話をするように尋ねて来た。


「ねぇ……今日も家来るでしょ?」

「いや、流石に二日連続はちょっと……」

「どうして? 何か問題でもあるのかしら?」

「ほら、スーツとか下着とか替えたいからさ」


 流石に三日連続で同じ服を身に付けていたら気づかれてしまうかもしれない。


「なら、今日は私が圭斗の家にお邪魔してもいいかしら?」

「なっ……」


 佳奈美は頬を軽く赤らめながら聞いてくる。

 圭斗は思わず顔を引くつかせてしまう。


「ダメ……かしら?」


 圭斗の反応を見て、佳奈美があからさまにしょんぼりとした顔を浮かべる。

 そんな顔をされてしまったら、圭斗が折れるしかなかった。


「佳奈美の好きにしろ」


 圭斗は一つため息を吐いてから、佳奈美にそう言い放った。

 すると、佳奈美は嬉しそうな笑みを浮かべながら――


「もう、圭斗ったら素直じゃないんだから」


 とからかってくる。


「私と一緒に居たいって言ってくれればいいのに」

「言えるわけないだろ……」

「どうして?」

「そりゃだって……この年にもなって『一緒に居たい』とか、恥ずかしすぎるだろ……」

「別にいいじゃない。本当の事なんだから」


 付き合い始めてから、佳奈美の押せ押せムードが半端じゃない。

 圭斗がたじたじになっていると、佳奈美がふぅっとため息を吐いた。


「素直になれない圭斗には、私がたっぷり教育する必要があるみたいね」

「きょ、教育……?」


 佳奈美の言葉を反芻すると、にやりとした笑みを浮かべながら――


「今夜は素直になるまで、骨の髄まで搾り取っちゃうんだから」


 と、冗談めかした笑みで言ってくるものだから、圭斗は思わず視線をそらしてしまった。


「ふふっ、圭斗可愛い。よしよし」

「だから、撫でるのやめろって」

「もう、素直じゃないわね。今日の夜覚えておきなさい」


 そう言って、佳奈美は圭斗との会話を切り上げ、デスクへと戻ってしまう。

 圭斗はふぅっとため息を吐くことしか出来ない。


(こりゃ今日も、長い夜になりそうだ……)


 と思いつつも、どこか満更でもない自分もいて、圭斗はついにやけた笑みを浮かべてしまうのであった。

 こうして、寄りを戻した二人の生活は、これからも末永く続いていくのである。


 ~完~


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 あとがき


 最後までお読みいただきありがとうございました!

 今回は少し大人なラブコメ短編をお送りしましたがいかがでしたでしょうか?

 自分が予想していた以上に多くの読者の皆様に読んでいただけて、光栄な限りです。


 今後も作品を随時更新していきますので、よろしければ作者フォローの程よろしくお願いいたします!


 本日より更新の新作のURLを下記に添付しておきますので、是非ご覧ください!



『セクハラ面接を受けていた陽キャ美少女JDを、陰キャモブが助けたら一体どうなる?』


 https://kakuyomu.jp/works/16818023213128941490

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新しい転職先の上司が元カノだったのだが、何だか彼女の様子がおかしい さばりん @c_sabarin

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