第6話 お互いの気持ち
オフィス街をしばらく歩いていくと、気づけばビル群はいつの間にか姿を消して、辺りは閑静な住宅街が広がっていた。
景色は移り変わりが激しいなと辺りを見渡していると、佳奈美の足が突如として止まる。
「ここよ」
佳奈美が指さした先にあるのは、住宅に挟まれるような形で建てられている細長いマンション。
圭斗と佳奈美の地元では、考えられないような作りになっており、パズルのように住宅が敷き詰められている。
(これ、お隣さんに声聞こえちゃうのでは?)
「ほら、行くわよ」
そんなことを考える圭斗をよそに、佳奈美は圭斗の手を引きながらエントランスへと入っていく。
佳奈美が手慣れた様子でオートロック鍵を解除して、エントランスの扉が開くと、エレベーターホールへと向かって行き、ちょうど止まっていたエレベーターにそのまま乗り込んだ。
扉が閉まり、ゆっくりと上昇していくエレベーター。
佳奈美の家にお邪魔するという現実感が湧いてきてしまい、つい圭斗の握る手にも力が籠ってしまう。
エレベーターが五階へと到着して、ゆっくりと扉が開かれた。
佳奈美に先導され、外廊下を歩くことしばし……。
「着いたわ」
佳奈美はとある扉の前で立ち止まる。
表札には確かに『上原』と手書きで書かれていた。
玄関の鍵穴に鍵を差し込み、ガチャリと施錠を解除する。
扉が開き、佳奈美が身体を滑り込ませた。
「ほら、早く入って頂戴。ご近所さんに見られたら恥ずかしいから」
「お、おう……」
佳奈美に急かされ、圭斗も身体を玄関へと滑り込ませていく。
後ろ手で扉を閉めると、身体が触れあってしまいそうな距離に佳奈美が立っていた。
ふわりとした佳奈美の香りが漂ってきて、一瞬息を止めてしまう。
佳奈美はそんなのお構いなしで、暗闇の中器用に靴を脱ぎ、廊下へと上がった。
近くにあったボタンをポチっと押すと、玄関に光が灯される。
ようやく辺りが明るくなり、佳奈美が都内で住む部屋の構造が分かった。
玄関は二人で立っているのがやっとのスペースで、佳奈美が先ほど脱いだヒールが無造作に転がっている。
そこから真っ直ぐ伸びる廊下は、人一人がやっと通れるような狭さ。
途中右側に扉が二つあり、奥にも扉がある。
「あ、あんまりジロジロ見ないで。恥ずかしいから」
「す、すまん……つい気になっちまって」
「まっ、別に見られて困るものはないからいいけど。ほら、上がって上がって」
「お、お邪魔します……」
靴を脱ぎ、恐る恐る佳奈美の家にお邪魔する。
「ここがトイレね。部屋はこっち」
佳奈美に最低限の説明を受けながら、廊下を奥へと進んでいく。
そして、廊下の奥にある扉をガチャリと開いて明かりを付けると、こじんまりとした小さなリビングが姿を現した。
入り口から手前側にキッチンがあり、奥にはテレビと白いソファが置かれている。
間にはローテーブルがあり、上にはコップやお皿などが置かれたままになっていた。
まさに、都内に住むOLの一人暮らしの部屋と言ったところだろう。
「散らかっててごめんなさい、すぐに片付けるわね」
「俺も手伝うよ」
「平気よ。圭斗はお客さんなんだからソファに座って頂戴。飲み直しましょ。ビールでいいかしら?」
「あぁ、悪いな」
佳奈美に言われた通り、圭斗は荷物を床に降ろしてソファへと腰掛ける。
その間にも佳奈美は目の前のローテーブルの上をてきぱきと片付けていく。
シンクへコップやお皿などを置いてから冷蔵庫へと向かって行き、中から缶ビールを二本取り出してこちらへと戻ってくる。
「そっちに詰めて」
「お、おう」
佳奈美に指示されて、圭斗が奥へと詰める。
すると、佳奈美が躊躇することなく隣へ腰掛けてきた。
ソファは一人用なので、肩が触れ合ってしまいそうなほど近くに佳奈美がいる。
それだけで胸の鼓動が早鐘を打ち、圭斗は酢っと姿勢を伸ばした。
「はい」
「おう、サンキュ」
圭斗は缶ビールを佳奈美から受け取り、プルタブを開く。
カシャッ。
プルタブが開き、心地よい炭酸の抜ける音が聞こえてくる。
「それじゃ、改めて乾杯」
「乾杯」
お互いに缶ビールを突き合わせてから、ゴク、ゴクとビールを煽る。
「はぁっ……やっぱりビールは美味しいわね」
「佳奈美は良く家で飲むのか?」
「まあね。家に帰っても寂しいだけだし、一人でお酒を飲まないとやってられないのよ」
そんな愚痴をこぼす佳奈美を見て、改めて大人になったんだなと実感する。
ピト。
刹那、佳奈美が甘えるようにして圭斗の肩に顔を寄り掛からせてくる。
「か、佳奈美!?」
「ねぇ、圭斗。私ね、ずっと後悔してたの」
「えっ……?」
緊張する圭斗をよそに、佳奈美は悲痛な面持ちで言葉を連ねていく。
「大学になって沢山の人に言い寄られたけど、全然靡かなかった。いつも圭斗のことばかり頭の中に浮かんできて、気づいたら四年間が終わってた。あれから新しい恋もせずここまで来ちゃったの」
圭斗と佳奈美の関係は突然終わったわけではなく、いわゆる自然消滅。
卒業式の日に交わした言葉が最後だった。
それから、どちらから別れの言葉を交わすことなく大学時代を過ごして、社会人も三年目へと突入しようとしてた。
六年の月日を経て初めて知る、佳奈美の本音。
「圭斗は、どうして彼女を作らなかったの?」
「俺は……」
佳奈美に問われ、圭斗は一つ間を置いてから頭の中で思っていることを口にする。
「佳奈美のことが気にかかってたから……かもしれない」
「なによ、その煮え切らない感じ。もっとはっきり言ってよ」
「しょ、しょうがないだろ。自分でもまだ現実味が湧いてないんだから」
「そうよね……私も湧かなかったわ。だってもう会うことにもないと思っていたから。こっちで恋をして、運命の人と巡り会って結婚して、幸せな家庭を築くものだとばかり思っていたもの」
「佳奈美……」
缶ビールをローテブルに置いた佳奈美は、圭斗の方を見つめながら、上目遣いに尋ねてくる。
「ねぇ圭斗。圭斗は私の事、まだ好き?」
「えっ?」
「私はずっと好きだった。どんなに離れても、ずっと心の中には圭斗がいたわ……」
潤んだ瞳を向けながら、佳奈美は圭斗の太ももへ手を這わせていく。
「ちょ、佳奈美!?」
そして、佳奈美は圭斗の肩を掴むと、そのままソファへ押し倒す。
圭斗の身体の上に乗り、馬乗りの体勢になってこちらを見下ろしてくる。
その表情は紅潮していて、とても艶めかしい。
「ねぇ圭斗……私はずっと待ってたんだよ?」
「か、佳奈美……」
「圭斗……好き」
そう言って、佳奈美が瞳を閉じて、すっと顔を近づけてくる。
佳奈美の艶めかしい姿を見て、圭斗は抵抗をやめた。
圭斗の中で、重くのしかかっていた鉛のようなものがすっと取れたような感覚になり、気づけば圭斗からも佳奈美へ顔を近づけていく。
そして、二人の唇が吸い寄せられるように重なり合った。
お互位の感触を確かめ合うように、ついばむようなキスをして、圭斗は佳奈美の華奢な身体を抱き締める。
お互いの吐息がかかり、佳奈美が悩ましい声を上げた。
それが引き金となり、圭斗のたかが外れてしまう。
圭斗は佳奈美の肩を掴み、そのまま起き上がらせて今度は佳奈美を押し倒してしまった。
佳奈美は驚いた様子もなく、すべてを受け入れるようにして圭斗を潤んだ瞳で見つめてくる。
「圭斗……」
蕩けた声で圭斗の名前を呼び、佳奈美が首元へ手を回してくる。
「ベッド……行きましょ」
それが何のお誘いなのか、流石に分からないほど馬鹿じゃない。
「あぁ……」
圭斗と佳奈美は一旦ソファから起き上がった。
お互い頬が上気していて赤らんでいる。
見つめ合いながら、ふっと微笑み合う。
「こっち」
そして、佳奈美に促されるまま、リビングから繋がっているもう一つの部屋である佳奈美の寝室へと誘われて行く。
今宵、二人は六年という年月を経て、こじれていた関係が修復され、再び結ばれることとなったのである。
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