第5話 アレ購入
居酒屋を後にして、圭斗と佳奈美は二人で駅へと向かって歩いていく。
「割り勘で良かったのに」
「いいの、今日は私から誘ったんだし、圭斗の入社祝いも兼ねてるからね」
居酒屋代を佳奈美に奢らせてしまった。
なんだか申し訳ない気持ちになってしまい、自然と表情がすぼんでしまう。
「いいのよ。これから色々お世話になるんだから……ね」
「えっ、あぁ、うん」
佳奈美が意味深な口調で言ってくるものだから、上手い返しが出来ずにどもってしまう。
そんな圭斗の様子を見て、佳奈美はくすくすと肩を揺らして笑っている。
恥ずかしくて圭斗は視線を逸らすことしか出来なかった。
少し昔のような和やかな雰囲気が二人の間に流れる。
懐かしさを感じるとともに、圭斗は距離感を計り損ねてしまい、佳奈美の手を取ろうかどうか迷って、手を差し出そうとは引っ込めてと、そんなことを繰り返していたら、駅へと到着してしまった。
駅前はさすがに人通りが多いので、圭斗も佳奈美と適度な距離感を取って歩調を合わせて歩くだけ。
そのまま電車に乗り込むものだとばかり思っていたのだが、佳奈美はそのまま改札口の前をスルーして駅の反対側へと向かっていく。
「佳奈美? 電車に乗るんじゃないのか?」
「私の家、ここから歩いて行けるから」
圭斗が疑問を投げかけると、佳奈美は可愛らしくウィンクをして、そのままスタスタとオフィス外の方へと再び歩き始めてしまう。
オフィス外の方に住宅などあるのだろうかという疑問を抱きつつ、圭斗は佳奈美の隣に並んで彼女の横顔を覗き見た。
佳奈美は真っ直ぐ前を見つめたまま、圭斗と視線を合わせようとしない。
いや、むしろ意図的に合わせていないのだ。
視線を下へと向ければ、佳奈美の手はぎゅっと握り拳が作られており、力が籠っている。
佳奈美は平静を装っているものの、内心緊張しているのだろう。
これから行われる行為に対して……。
そんな佳奈美を見ていたら、圭斗はどうにかして彼女の緊張をほぐしてあげたくなってしまい、勇気を振り絞って佳奈美の手を握りしめた。
手に触れた瞬間、佳奈美がピクンと身体を震わせる。
いきなり手を握りしめられて驚いたのか、目を真ん丸にしてこちらを見つめていた。
「大丈夫、佳奈美に無理はさせないから」
「そ、そんなことないわ。無理なんてしてないもの」
「本当に?」
「えぇ、本当よ」
「手、震えてるけど?」
言葉ではそう言うものの、佳奈美の手は先ほどから小刻みに震えている。
「これはあれよ! ちょっと冷えちゃっただけだから」
「なら、俺の手で温めてあげないといけないね」
「えぇ、そうね……」
佳奈美の手は確かにちょっとひんやりと冷たかった。
圭斗は佳奈美の手を握る力を強める。
佳奈美は少し躊躇したものの、圭斗の強引な姿勢に諦めたのか、ぎゅっと握り返してきてくれた。
圭斗の手よりも一回り小さいな佳奈美の手は、とてもすべすべとしていて柔らかい。
昔よりも少し、彼女の手は指先が滑らかになっているように感じる。
お互い温もりを確かめ合いながら、佳奈美の家へと向かって行く。
「あっ……」
コンビニの前に立ち寄った時、圭斗は重要なことに気が付いてつい声を上げてしまう。
「どうしたの?」
当然、声を聞いていた佳奈美が首を傾げながら尋ねてくる。
「……ちょっとコンビニ寄ってもいいか?」
「えぇ、構わないわよ」
「適当に雑誌でも読んで待っててくれ」
「私も一緒に付き合うわよ」
「いや、頼むから他の商品を見ててくれ」
「……分かったわ」
圭斗の鬼気迫る表情を見て、佳奈美は何を購入しようとしているのかを察してくれたらしい。
ポッと顔を赤らめて頷いてくれた。
二人でコンビニの中に入ると、一旦手を離して佳奈美と店内で別れる。
圭斗はそそくさとソレを手に取ってレジへと向かっていく。
店員は何も言わずに色付きの袋へ商品を詰めてくれる。
心の中で感謝しつつ、会計を済ませて、圭斗はそそくさと鞄の中へソレを仕舞い込んだ。
「ありがとうございましたー」
会計を済ませ、圭斗は雑誌のコーナーで雑誌をぺらぺらと捲っている佳奈美へ声を掛ける。
「お待たせ」
圭斗が声をかけると、佳奈美はパサっと雑誌を閉じて、頬を真っ赤に染めつつこちらへ近づいてくる。
コンビニを後にして、再び夜の街を歩きだす。
「買ったの?」
「あぁ」
「そう……」
佳奈美は視線を圭斗の手元にある鞄へ向けると、さらに頬を真っ赤に染め上げた。
「あんまり意識するな、一応念のためってだけだから」
そう言う行為に及ぶかどうかは別として、これは男として最低限のマナーだ。
もちろん、邪な感情がないと言ったらウソになるけども……。
圭斗が後ろ手で頭を掻きながら言うと、佳奈美が伏し目がちに尋ねてくる。
「つまりそれって……使わない可能性の方が高いってこと?」
「それは、佳奈美次第だな」
「私次第なの⁉」
佳奈美は驚いた様子でこちらを見つめてくる。
「そりゃだって、シない可能性だってあるかもしれないだろ、流れ的に」
「あぁ、そう言う事……」
何を勘違いしていたのか、佳奈美は顔を覚ますように手で顔を扇ぐ。
佳奈美は先ほどから、視線を彷徨わせて落ち着きがない。
そりゃまあ、こんなブツを佳奈美の家に行く前に購入してしまったら、そういう行為に及ぶと言っているようなもので、恥ずかしいのも無理はない。
圭斗はそこで、再び佳奈美の手を握る。
「ひゃっ!?」
突然の出来事に驚いたのか、佳奈美は可愛らしい悲鳴を上げる。
「悪い……嫌だったか?」
「い、嫌じゃないわ。ただ、ちょっとびっくりしただけ」
「そか、ならいいんだけど。別に無理する必要はないからな」
「えぇ、分かってるわ」
圭斗が離しかけた手を佳奈美が掴んで来て、ぎゅっと目一杯の力で握りしめてくる。
「私だって、これぐらいで怖気づいたりなんかしないもの……」
「何か言ったか?」
「何でもないわ! ほら、さっさと家に行きましょ」
佳奈美に手を引かれ、コンビニを後にする。
圭斗の手をグイグイ引っ張り、佳奈美は先を急ぐ。
(こうしていると、なんだか高校時代を思い出すなぁ……)
佳奈美が今みたいに恥ずかりながらも、手はがっちりと握ったまま、ぐんぐん先を歩いて行ってしまう光景が脳内のフラッシュバックして、つい顔がほころんでしまう。
「な、なにニヤニヤしてるのよ?」
その様子を見た佳奈美が、じっとりとした視線を向けてくる。
「いや、何でもない」
「何よ……もう」
唇を尖らせつつ拗ねた表情を浮かべる佳奈美。
そんな佳奈美を微笑ましく思いつつ、勝つかしい思い出に浸りつつ、圭斗と佳奈美は夜のオフィス街を歩いていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。