第4話 家に来ない?

 圭斗が高校入学した時から、上原佳奈美うえはらかなみはひときわ目立つ美少女だった。


 誰に対しても人当たりが良くて明るい存在。

 スタイルもよくて可愛いというまさに女神そのもの。


 当時の圭斗けいとは、佳奈美かなみを一目見た途端、一瞬で虜になってしまった。


 もちろん、他の男子生徒も黙ってはおらず、佳奈美は入学当初から何度も色んな男子から熱烈なアプローチを受けていたのを覚えている。

 実際、かなりモテていたのは間違いない。


 そこから、圭斗は運よく佳奈美と林間学校や修学旅行のグループが一緒になったりして、次第に連絡を取り合う仲になって意気投合。

 夏休みが明けた高校一年生の秋に、圭斗から佳奈美に告白をして付き合い始めた。


 今振り返れば、佳奈美みたいな超絶美少女と付き合えたこと自体、奇跡だったんじゃないかと思えてきてしまう。

 そこからの高校生活は、春真っ盛り。


 お互いの家やファミレスでテスト勉強に励み、試験が終わった後はカラオケに行ってはしゃいだり、ショッピングモールで一緒にクレープを食べたてからタピオカミルクティでお口直しをしたりと、まさに高校生が理想とするカップルみたいなことをして佳奈美と一緒に青春を謳歌した。

 もちろん、初めてキスした場所だって覚えているし、初めて身体を重ねた時のことだって、今でも鮮明に記憶に刻まれている。


 しかし、そんな楽しい二人の生活に転機が訪れたのは、高校三年生に進学した時。

 それぞれ大学への進学を考え、受験勉強に尽力しなければならなくなってしまったのが原因。

 二人で遊んでいる暇など無くなり、お互い勉強に打ち込む毎日。

 次第に連絡する頻度も減っていき、二人の距離も自然と離れて行ってしまった。

 さらに、それぞれの志望先も、圭斗が地元の大学で、佳奈美が都内の名門私立大学だったので、高校を卒業したら遠距離恋愛になることが確定していたのである。


 そんな受験シーズンを過ごしてひと段落した頃、圭斗と佳奈美の間には、取り返しのつないほどの溝が生まれていた。

 教室でも声を掛けることもなく、まるで赤の他人化のような振る舞い。

 声を掛けようにも掛けられない微妙な状態が続いてしまい、気づけばあっという間に卒業式を迎えていた。


「卒業おめでとう圭斗」

「佳奈美も、卒業おめでとう」


 久しぶりに話したのは、卒業式が終わってクラスでアルバムに寄せ書きを書いている時。

 そこでお互いに卒業アルバムにメッセージを書き終えて、再び微笑み合う。


「東京でも元気にやれよ」

「うん、ありがとう」

「それじゃ……また」

「うん、またいつか」


 付き合っていた頃が嘘のように、圭斗と佳奈美はクラスメイトとして教室でお別れの挨拶を交わしたのが最後。

 それ以来、圭斗と佳奈美はそれぞれの道へと歩み始めた。


 所謂、自然消滅というやつである。

 今まで、会おうと思えば会える距離にいた彼女が遠くへ行ってしまう。

 しかも、社会人になったら都内で就職して、ずっと戻ってこない可能性が高い。

 そうなったら、もう佳奈美を自由にさせてあげることしか、当時の圭斗には出来なかったのだ。


 別れた後も、圭斗は佳奈美のことが頭をよぎり、何度も連絡しようと試みた。

 しかし、佳奈美は向こうで既に新しい大学生活を始めていて、もしかしたら新しい彼氏を作っているかもしれない。

 そう考えただけで、圭斗は佳奈美の幸せを願うことしか出来なかった。


 明確に『別れよう』という言葉を使わずに有耶無耶のまま、気づけば六年という月日が流れ、佳奈美が言っていたように神様の悪戯か二人を再び巡り合わせたのである。

 圭斗は、今まで佳奈美に尋ねることの出来なかった事を聞いてみることにした。


「佳奈美はどうなんだ? 大学に進学してすげぇモテたんじゃないの?」

「まあ、それなりにはね」

「やっぱりな」


 これだけスタイル抜群で、透明感溢れる美少女を、都会のシティボーイたちが見放すわけがない。


「大学でも色んな人にアプローチ受けたけど、全然なびかなかったのよねぇ……。断り続けてたら、気づいたらあっという間に四年間経ってたわ」

「えっ、つまりそれって、大学で彼氏作らなかったって事か?」

「そうなるわね。まっ、今も仕事に明け暮れる毎日で、恋人なんていないんだけどね」


 どこか自虐めいた笑みを浮かべる佳奈美。

 まさか、佳奈美も圭斗と別れてから、恋愛をしてこなかったとは正直意外だ。


「もう私みたいな女、誰も貰ってくれないわよ」


 悲壮感漂う言葉を口にして、大きくため息を吐く佳奈美。


「そ、そんなことないだろ……きっと佳奈美にだっていい人が現れるはずだよ」

「ありがと。あーあっ。高校生の時に戻りたい。圭斗と付き合ってる時が一番楽しかったのになぁ」


 過去を懐かしむようにして視線を上の方に向ける佳奈美。

 その表情は、どこか後悔が交じっているように見えた。

 つい、俺は興味本位で尋ねてしまう。


「佳奈美が他の男に靡かなかったのってさ、もしかして……俺に未練があったりとか?」


 恐る恐る尋ねると、佳奈美がポカンと呆けたような表情を浮かべた。


「いや、なんでもない。今のは忘れてくれ」


 圭斗は言った瞬間に後悔して、聞いたことをなかったことにしようとした。

 しかし、佳奈美は上目遣いにこちらを見つめてきて、その艶やかな唇で言い放つ。


「もし『ある』って言ったら、圭斗はどうしてくれるわけ?」

「えっ……?」


 とろんとした目でこちらを見据えてくる佳奈美。

 その表情は、まるで圭斗が試されているかのようだ。


「そ、それはその……俺が責任を取らなきゃいけないと言いますか」

「ふぅーん」


 含みある笑みを浮かべて、意気揚々と前のめりになる佳奈美。

 佳奈美の大きな双丘が机の上に乗っかり、ぐきゃりと変形する。


「ねぇ圭斗。今日私の家に来ない?」


 ぷるんとした艶めかしい唇を動かしながら、佳奈美はそんなとんでもないことを口にしてきた。


「えっ⁉ いやいやいや! 何言ってんだよ」

「だって……責任、取ってくれるんでしょ?」

「うっ……」


 佳奈美がにやりとした笑みを浮かべてくる。

 圭斗は言質を取られたことを理解して、ぐっと喉の奥で唾を呑み込んだ。

 言葉を詰まらせ、顔を引きつらせることしか出来ない


「圭斗、昔みたいに優しいんだろうなぁー。あーあっ、私今フリーなんだけどなぁー」

「完全に誘ってんじゃんそれ」

「ふふっ、ごめん。ちょっと意地悪したくなっちゃった」

「お前な……」


 圭斗が深いため息を吐いたところで、佳奈美が今度は真剣な眼差しを向けてくる。


「でも……家に来てほしいのは本当よ?」


 そう言い切った佳奈美の表情はリンゴのように頬が赤い。

 勇気を出しているのだと分かり、圭斗は思わず後ろ手で頭を掻いてしまう。


「それ、どういう意味で言ってる?」

「圭斗が思ってることと一緒」

「それは分からないだろ」

「そんなことないわ。だって私、圭斗がシたいと思ってる事。何でも受け入れられる自信があるもの」

「なっ……」


 佳奈美の言葉を聞いて、圭斗は再び唖然としてしまう。

 だってそれは、夜のお誘いを受けているのも同然なのだから。


「お酒も入ってるから、どうなっても知らないぞ?」

「私だって同じよ。どうなっても知らないわよ?」


 そう言って含みある笑みを浮かべる佳奈美は、どこか生き生きとしているように見えた。

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