第3話 退社後の二人
「田中君、今日はもう上がっていいぞ」
「はい、お疲れ様でした」
出勤日初日と言うこともあり、
荷物をまとめて席を立ち、隣のデスクに座る
佳奈美は定時になったにもかかわらず、今もデスクに向かって絶賛作業中。
隣で待っていてもよかったのだが、上がっていいと促されたし、佳奈美と飲みに行くと言ったら高橋部長に変な詮索をされてしまうと考え、怪しまれぬよう一旦オフィスを後にすることにした。
エレベーターで下の階まで降りて行き、ビル内に入っているカフェで時間を潰すことにする。
トークアプリを立ち上げ、久しぶりに佳奈美とのトーク画面を開いてメッセージを送信した。
『下のカフェに居るから。終わったら来てくれ』
そうメッセージを送り、圭斗はカフェでコーヒーを注文して、空いている席に座り、適当にスマホで某動画投稿サイトのアニマル動画を視聴しながら時間を潰した。
◇◇◇
佳奈美がやってきたのは、メッセージを送ってから一時間ほどが経過した頃。
エレベーターホールから姿を現した佳奈美は、カフェで動画を視聴している圭斗の姿を見つけると、ヒールをカツカツ鳴らしながら駆け足でこちらへ近づいてきた。
「ごめんなさい、遅くなったわ」
開口一番、佳奈美が申し訳なさそうに謝罪してくる。
「平気ですよ。仕事大変なんでしょうし」
「ありがとう……。それじゃ行きましょうか。ついて来て頂戴」
そう言われて、早速佳奈美が目的地へ向かって歩き出す。
圭斗は急いで荷物をまとめて、冷めきってしまったコーヒーを飲み残しの所へ流してから、カップをゴミ箱に捨てて佳奈美の後を追いかける。
オフィスビルを出たところで待ってくれていた佳奈美に追いつくと、隣に並んで歩きだす。
既に空は真っ暗になっており、辺りはビル群から漏れ出る明かりで彩られている。
「いつもこのぐらいの時間まで残業してるんですか?」
「えぇ、まあ大体はこの時間が多いかしら。飲みの予定が入ってる時は定時に上がることが多いんだけど、圭斗だから少し甘えちゃったわ」
「別にいいですよ。佳奈美のことだから、急ぎの仕事を任されちゃったんでしょうし」
圭斗が言い切ると、佳奈美は目をパチクリとさせながらこちらを見つめて、ふっと破願した。
「……流石圭斗、良く分かってるじゃない」
「まっ、佳奈美は昔から一人で抱え込む癖があったから」
高校時代、文化祭実行委員だった佳奈美が仕事を一人で抱え込み過ぎてパンクしかけていたので、実行委員でも何でもなかった圭斗が夜遅くまで仕事を手伝ってあげたことがあったのだ。
懐かしい思い出に浸りつつ、佳奈美と向かったのは最寄り駅の改札口。
そのまま電車に乗るのかと思いきや、佳奈美は改札口を素通りして駅の反対口へと向かっていく。
「電車乗らないんですか?」
「えぇ、こっちよ」
圭斗が尋ねると、佳奈美は視線を真っ直ぐ向けたまま歩いていくのでついて行った。
反対口へ出ると、オフィス街連なる高層ビル群が立ち並ぶ雰囲気からがらりと一変。
駅前は雑踏とした飲み屋街などが軒を連ねており、どこか下町情緒あふれる雰囲気が漂っていた。
そんな居酒屋のとあるお店に、佳奈美は慣れた様子で暖簾をくぐって入店していく。
「らっしゃい」
「二名です」
「へい、お好きな席へどうぞ」
威勢の良い店員に言われて、佳奈美は空いている二人掛けの席に荷物を置いた。
「ここでいいかしら?」
「俺はどこでもいいですよ」
そう言うと、佳奈美は奥の椅子を引いて座り込んだ。
圭斗も佳奈美と向かい側の椅子を引いて、荷物入れに荷物を押し込んでから腰掛ける。
「生ビールでいいかしら?」
「はい」
「すみません、生二つお願いします」
佳奈美が大きな声で店員さんに生ビールを注文する。
よく来ているのか、かなり手慣れた様子だ。
「このお店にはよく来られるんですか?」
「敬語」
「へっ……?」
「敬語使うのやめて頂戴。圭斗に言われると違和感しかないわ」
「わ、分かったよ……。でも、会社では一応上司だから使うよ?」
「別に会社でもフランクで構わないわ。私そう言う上下関係とかあんまり好きじゃないから」
「確かに、佳奈美は昔から先輩とか苦手だったよな」
高校時代、佳奈美は陸上部に所属していたのだが、入部した理由が他の部活よりも上下関係が緩かったからというのを聞いて驚愕したのを覚えている。
「へい、生二つお待ち!」
タイミングよく、店員がジョッキに入った生ビール二つと、お通しの枝豆をテーブルの上に置いていく。
「とりあえず乾杯しましょ」
「だね」
お互いビールジョッキを手に持ち、にこっと微笑み合う。
「久しぶりの再会に乾杯」
「乾杯」
二人はジョッキを合わせてから、口元へと持っていき、グビグビとビールを煽っていく。
「はぁ……やっぱり仕事終わりのビールは最高ね!」
至福のため息を吐く佳奈美。
お酒を飲む佳奈美の姿を見たのは初めてだったので、何だか新鮮でつい自然と笑みが零れてしまう。
「それで、どうして圭斗がいるわけ? いつものように出社したら圭斗がいてビックリしたんだから」
ビールを煽りながら、佳奈美がジトっとした目を向けてくる。
「それはこっちのセリフ。まさか転職先に佳奈美がいるなんて思ってもみなかったんだから」
「だって圭斗、地元の大学に進学したじゃない。てっきり向こうで働いてるとばかり思っていたもの。いつこっちに出てきたの?」
「この会社に内定が決まってからだよ。大学卒業した後、新卒で二年間地元の企業で働いてたんだけど、転職で都内に越してくることになったんだ」
「ふぅーん、なるほどね……。それでたまたま、私と同じ会社でしかも同じ部署だったと」
「そう言う事」
圭斗が言い切ると、佳奈美が深いため息を吐いた。
「これも、神様の悪戯なのかしらね」
「どうだろうな……」
そこで、二人の間に沈黙が舞い降りる。
居酒屋内のガヤガヤとした賑やかな声だけが耳に届く。
「ねぇ……圭斗はさ、私と別れてから彼女出来た?」
「えっ……?」
(何故そんなことを唐突に聞いてくる?)
圭斗が懐疑的な視線を送るも、佳奈美は圭斗の疑問などつゆ知らず、頬は少し赤らめて真剣な眼差しを向けてきている。
頬が赤いのが、お酒のせいなのかどうかは分からない。
佳奈美の問いに対して、圭斗は首を横に振った。
「出来てないよ」
「一度も?」
「一度も」
圭斗の答えに対して、佳奈美は首を傾げた。
「どうして? 圭斗は優しいから、すぐに彼女の一人や二人作ろうと思えば作れるでしょ?」
「言い方。まあ、何と言うか、大学では講義に出るだけの幽霊みたいな生活送ってから」
「何してるのよ⁉ もっと大学生活楽しみなさいよ!」
「無理だよ。あの時の俺はショックでそれどころじゃなかったから」
「……ごめん」
そこで、佳奈美が申し訳なさそうにシュンと項垂れてしまう。
「いや悪い。佳奈美に謝らせたいわけじゃなかったんだ。ただ、俺が未練タラタラだっただけの話だから、気にしないでくれ」
「でも……」
圭斗が謝ると、佳奈美は納得出来ない様子で否定の言葉を口にしようとする。
それを遮るようにして、圭斗は口を開く。
「仕方なかったんだよ。どっちが悪いとか、そう言う話じゃないんだからさ」
「……そうね」
再び、二人の間に沈黙が流れてしまう。
圭斗と佳奈美が出会ったのは、高校一年生の時だった――
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