第2話 お誘い
「……久しぶりね」
「お、おう……久しぶり」
高校の元カノである
お互いどう接したらいいのか分からず、二人の間に気まずい空気が流れてしまう。
「おうおう田中君、待っていたよ!」
とそこで、唐突に後ろからガシっと肩を掴まれる。
「お、おはようございます
彼の名前は、部長の高橋さん。
対面形式の最終面接でお世話になった方である。
今日から圭斗は、高橋さんの部署に配属されることとなっていた。
「よろしくよろしく。丁度良かった。
(佳奈美が俺の教育係だと⁉)
圭斗は思わず、佳奈美の方を振り返ってしまう。
「えっ⁉ 私ですか!?」
佳奈美も寝耳に水と言った様子で、自身のことを指差している。
「おいおい、この前の会議で話しただろ。新人が入ってくるから、教育係は上原君に任せるよって」
「た、確かに、それは承諾しましたが……」
佳奈美は何か言いたげな様子で言葉を詰まらせる。
「まっ、若いもの同士気が合うだろ。よろしく頼むよ」
高橋さんに言われて、佳奈美は一つ息を吐くと、パっと笑顔を張り付けた。
「高橋からご紹介に預かりました上原佳奈美です。これから田中さんの教育係として仕事を一から教えていきますので、どうぞよろしくお願いします」
ビジネススマイルを浮かべた佳奈美が、淡々と社交辞令を交わしてくる。
「えと……あっ、は、はい! よろしくお願いします」
「おうおうどうした? もしかして上原君の美貌にやられちまったか? ガハハ!」
しどろもどろな圭斗の反応を見た高橋さんが豪快に笑い飛ばす。
「高橋部長。それ、普通にセクハラですからね」
「おっとすまんすまん。それじゃ、後は任せたよ」
高橋さんはばつが悪くなり、後ろ手を挙げて颯爽と自席へと戻って行ってしまう。
圭斗と佳奈美だけが取り残され、再び凍り付いたような空気感が二人を包み込む。
「さっ、早速だけどPCを立ち上げて頂戴。まずはメールチェックから始めるわよ」
その空気感を一蹴するようにして、佳奈美はキリっと仕事モードへと意識を切り替えた。
「は、はい……」
圭斗も倣うようにして椅子へと座り、PCを立ち上げる。
(よりにもよって、元カノの佳奈美が直属の上司で教育係なんて……)
圭斗の新しい職場での社会人生活は、波乱の予感がプンプンと漂いつつスタートするのであった。
◇◇◇
カタカタカタ……。
始業時間から二時間ほどが経過した頃。
圭斗は佳奈美に頼まれた資料を作成していた。
ひたすらキーボードを打鍵して、手元にある紙の情報と照らし合わせ、資料を作成していく。
圭斗は時折、佳奈美のことが気になり、ちらちらと隣に座る様子を窺ってしまう。
佳奈美は真剣な眼差しでPC画面とにらめっこしていた。
圭斗のことなど気にした様子もなく、仕事に集中している様子。
(気にしてるのは俺だけって事か……)
まさか、元カノが直属の上司になるとは予想だにしていなかった展開。
これには、圭斗も頭を掻くことしか出来ない。
仕事に集中しようにも、全く身が入らず佳奈美を何度もチラチラ見てしまう。
高校の時よりも伸びた艶のある髪。
大人の女性らしい色気が増して、フェロモンなようなものを醸し出している。
時折、耳に髪の毛を掛ける仕草が艶めかしくて、圭斗はごくりと生唾を呑み込んでしまう。
下の方へ視線を向ければ、スーツ越しからでも分かる豊満な胸元。
(付き合っていた当時から凄かったけど、さらに一回り大きくなってないか?)
元カノの胸元の成長具合に感心していると、佳奈美の視線がこちらへと向けられる。
視線が合ってしまい、圭斗は咄嗟に視線を逸らす。
「どうかしたの? もしかして、資料作成出来たのかしら?」
「えっ⁉ あっ、はい! もうすぐ終わります」
「そう、なら終わり次第、メールでこっちに共有して頂戴」
「分かりました」
圭斗がPC画面へと視線を戻して、資料を急ぎで作成していく。
すると、ピコンとPC小さい音が鳴り、画面下から何かポップアップで画面が現れる。
どうやら、圭斗のPCに社内チャットが届いたらしい。
チャットの送り主は佳奈美からで、そこには――
『あんまりジロジロ見ないで頂戴』
という佳奈美からのお叱りの文面が書かれていた。
圭斗は佳奈美の方へ向き直り、すっと頭を下げた。
「ご、ごめんなさい……」
謝罪の言葉を口にすると、佳奈美はふぅっと息を吐いた。
「もう……バカ」
ボソっとそう口にして、佳奈美はジトッとした目を向けてきたかと思えば、すぐさま視線をPCへと戻してしまう。
居た堪れない気持ちになりつつ、圭斗は佳奈美から指示された資料作成に注力することにした。
しばらくして、トントンと隣から肩を叩かれる。
視線をそちらへ向けると、佳奈美が何やら紙切れをこちらに手渡してきていた。
圭斗はそれを受け取り、折りたたまれた紙切れを開いて書かれた文面を確認する。
【今日の夜、時間あるかしら?】
書かれていたのは、終業後のお誘いだった。
圭斗はそのメモ用紙の下に、返事を書いてから折り畳み、すっと佳奈美のデスクへと滑り込ませる。
【空いてるよ】
圭斗の返事を見た佳奈美は、再びそのメモ帳にボールペンを走らせて、再びこちらへ手渡してくる。
【なら、今日の夜、飲みに行くわよ】
元カノからの飲みのお誘い。
それだけで、圭斗は話さなければならないことが沢山ある事を理解した。
【分かりました】
そうメモ帳に返事を書き、佳奈美へ再度手渡した。
(きっと、色々聞かれるんだろうな……)
久しぶりの再会とはいえ、あまりいい気分になれる飲み会ではないだろう。
圭斗が都内へ上京してきた理由や、これからの付き合い方など、色々話さなければならないことが山積みなのだから。
気乗りしないものの、曖昧にしておくよりは、早めに話し合うことは必要で、避けて通れない道であることに変わりはない。
ちょっぴり陰鬱な気持ちになりつつ、圭斗は目の前に積まれた仕事の山を片付けることに注力した。
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