新しい転職先の上司が元カノだったのだが、何だか彼女の様子がおかしい

さばりん

第1話 上司が元カノでした

 田中圭斗は、緊張した面持ちで、とある高層ビルを見上げていた。

 社会人三年目の春、元々働いていた地元の会社を退職。

 そしてついに、はるばる都内へと上京してきて、今日が初めて転職先への出社となる。

 圭斗が入社したのは、『スモールゴールド株式会社』。

 都内大手の不動産会社。

 ここの企画職として本社配属となっている。


「よしっ……!」


 気合を入れて、圭斗は三十階以上あるであろうオフィスビルへと入っていく。

 事前に言われていた通り、事務室で入館書を貰ってから、エレベーターホールへと向かう。

 エレベーターホールの前は多くのスーツ姿のサラリーマンでごった返している。

 エレベーター待ちの列が出来ており、乗り込むまでに数十分の時間が掛かりそうだ。


 やっとのことでエレベーターに乗れたのは良かったものの、奥へと押し込まれてしまい、目的のフロアのボタンを押すことが出来ない。

 しかし、運よく同じフロアで降りる人がいたらしく、目的の十七階フロアへと辿り着く。


 朝から都内の通勤地獄を味わい、目的のフロアに着いた時には膝に手をついてげっそりとしてしまう。


「これが東京のオフィス地獄という奴か……」


 改めて、田舎から上京してきた者としての洗礼を受けつつ、圭斗は居住まいを正して目的のオフィスへと向かっていく。

 オフィスの入り口で再び入館書をかざすと扉のロックが解除される。

 ドアノブを引き、今日からお世話になるオフィスへと足を踏み入れた。

 

 まだ始業時間まで時間があるからか、オフィスにはまだ数名程度しか人は見受けられない。

 どうしたらいいのか分からずオロオロしていると、圭斗の姿に気付いた赤渕眼鏡の女性がこちらへと近づいてくる。


「あら田中さん、おはようございます」

「お、おはようございます佐藤さん」


 圭斗に声をかけてきてくれたのは、事務の佐藤さん。

 企画部のマネーシャーを務めていて、Web面接時にも顔を合わせたので覚えていた。


「今日からよろしくお願いします!」

「ふふっ、随分と緊張していらっしゃいますね。大丈夫ですよ。皆さん優しい方ばかりですので」

「は、はい……」


(とはいっても、緊張するのは緊張するんだよなぁ……知らない人ばかりなわけだし)


 圭斗はあまり積極的にコニュにケーションを取りに行くタイプではないため、初対面の人には人見知りを発揮してしまうのだ。

 相手から気さくに声をかけて来てくれれば、圭斗も人並みの対応が出来る。

 しかし、まだ都会の生活にも慣れておらず、朝の通勤ラッシュに驚かされ、乱立するビル群を見上げては感嘆し、オフィスまでやっとの思いで辿り着いた。

 そんな圭斗に、積極的に声を掛けるという胆力は残っていない。

 正直、田中さんが声をかけて来てくれて助かった。


 ほっと胸を撫でおろしたのも束の間、佐藤さんに連れられてオフィスの奥へと進んでいく。


「田中さんのデスクはこちらになります」

「ありがとうございます」


 佐藤さんにデスクまで案内してもらい、丁寧にお辞儀をする。

 デスクへ視線を向ければ、PCだけが置いてある殺風景な景色が広がっていた。


「色々大変なこともあると思いますが、私達全員でサポートしていきますので、何か困ったことがあればすぐに声をかけてください」

「分かりました。ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げると、佐藤さんはにこりと微笑みかけてから、自身のデスクへと戻って行ってしまう。

 辺りを見渡すと、圭斗の山にはまだ社員さんの姿は見受けられない。

 どうやら一番乗りで到着してしまったようだ。


 ひとまず、立っていても悪目立ちするだけなので、与えられたデスク前の椅子に腰かけることにする。

 荷物をデスクの下に置き、一つ息を吐く。


「ふぅ……緊張してきた……」


 これから直属の上司となる人が誰なのかという期待と不安が入り混り、動悸が早まる。


「初めまして、本日から入社致しました田中圭斗です。よろしくお願いします……」


 圭斗は小声で自己紹介の言葉を繰り返して、先輩が来た時のデモンストレーションを何度も繰り返す。

 すると、トコトコとヒールの音がこちらへと近づいてきた。

 どうやら、一緒に仕事をする先輩が出社してきたらしい。


「あら? もしかして、今日から入社することになった新人の子かしら……?」

「はい! 本日よりお世話になります田中圭斗と申します。至らぬことがあるとは思いますがよろしくお願いいたします」


 声を掛けられた瞬間、圭斗は椅子から立ち上がってすぐさま深々と頭を下げながら先ほど

 練習していた自己紹介文を言い切った。

 しかし、圭斗が言い終えても、先ほど声をかけてきてくれた女性の反応がない。


(もしかして、挨拶失敗した!? ヤバい奴って思われた⁉)


 恐る恐る顔を上げて女性の様子を窺うと、今度は圭斗が言葉を失ってしまう。


「もしかして……圭斗?」


 視線が交わると、肩甲骨辺りまで伸ばした髪を靡かせる女性が、驚きに満ちた様子で尋ねてくる。


「……佳奈美!?」


 驚くのも無理はない。

 何故ならそこにいたのは、高校の時付き合っていた元カノだったのだから。

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