第16話 泣き虫だった子はもういない 本間雫視点
夢月ももか、星野凛乃との出会いは最悪だった。
都内で行われたアイドルグループの面接。落ちた人の中には現在ではトップタレントになってる人もいた、選りすぐりの人達が集められた最終選考。
私と凛乃は隣の椅子に座り、面接の順番を待っていた。ピリついた会場の空気に飲まれ、そこでは一切会話が生まれることはなかったが、面接が終わって帰ろうとした時事件は起きた。
「ちょっと待って。どこを探しても私の財布ないのだけど」
バックに入れていたはずの財布の紛失。
面接時、財布が入ったバックをイスに置いていた時間があったので私は会場にいた人のことを疑った。
そして全員引き止めて1人1人話を聞いていくと、複数のとある目撃証言が浮かび上がってきた。それは、
「ずっと物静かだった銀髪の子があなたがいなくなった途端、モゾモゾ動いてた気がする」
凛乃が怪しい動きをしていたという証言。
それを聞いた私はすぐさま凛乃に詰め寄った。
「ねぇどういうつもりなの?」
「つっつもり? わ、わ、私何もしてない……」
「でも、周りがあなたの怪しい動きを見たって言ってるのよ。それはどう弁明してくれるのかしら」
「何も、何もしてない。うっうっ。本当に何もしてないの」
凛乃は号泣した。その後も色々質問したが、その度に涙の量が増えていくだけだった。
最終的には財布を盗んだ犯人は、防犯カメラで凛乃のことを悪く言った人達がやったと判明。その人達にはアイドルグループの事務所の人に厳しい処罰が下され、幕が閉じた。
そうして時間は過ぎていき、アイドルグループの合格者発表の電話。
私は自分の名前を聞かされ盛大に喜び、メンバーに泣かせてしまった人の名前を聞かされ息を呑んだ。
あの日からずっと罪悪感を感じていた。
周りの意見を鵜呑みにして詰め寄り、涙を流させる行為は褒められたことじゃない。
面接をチラ見してカリスマ性のある子だけど、同時に少しついただけで壊れそうな弱い子だということもわかっていた。
だから私はその時、自分の中で決め事をした。
【見てないことを絶対疑わない】
それがアイドルになる前のちょっとした私の出来事。
知り合い、仲良くなっていくうちに不器用なこの子の手助けをしたいと本気で思い始め。
【凛乃の事を影でサポートする】
と言う決め事を追加したのは少し後のこと。
あれからもうすぐ3年が経つ。
アイドルグループは解散。今はメンバーと全く連絡を取り合っておらず、各々好きな事をして過ごしてる。
「焼き肉うんめぇ〜!」
「はぁ」
私はこれまで極力バレないように動いてきたつもり。でも、先の龍子と中村春樹との通話は完全に足がつく言い方だった。
「食べねぇのなら雫の分も食べちまうぞ?」
「あなたがした中村春樹との通話が問題過ぎて頭を悩ませているのよ。私の事を察するような事言わないって言う約束だったわよね」
「悪かったよ。でももう過ぎたことだぜ? せっかく高級焼肉屋に来たんだから、ぱぁ〜っといこうぜぱぁ〜っと」
「……私の奢りだけどね」
「焼き肉うんめぇ〜!」
「はぁ」
本当、どうしたものかな。
パーパーパッパラパー。
悩んでいた私に通話がかかってきた。
相手の名前は““星野凛乃””。
まさか、ね。
「なんかやってるよね雫」
通話に出た瞬間、ドスのきいた低い声が飛び込んできた。普段との違いに背筋が凍る。
「なんかってなんの事かな?」
「……最近人に指示して私の周りを嗅ぎ回ってるらしいじゃん」
ヤバい。これ全部バレてるっぽいわね。
「さぁ。なんのことを言ってるのかしら。私には凛乃の言ってる意味全く分からないわ」
「アイドル時代から雫が私の事を気にかけてくれてるのは知ってるよ」
「え? なにを言って」
「まさかバレてないと思ってた? 探ったらその人達にちゃんと口止めしないとね。口軽い人っていっぱいいるんだよ」
「あぁ……そうなの」
完全に凛乃の方が上手だった。
これまで影でサポートしてるつもりだったのに逆に捕捉されてたなんて、私アホ過ぎ。
「今までは許せてたけど、今回のは許せない」
少し殺気を含んだ声色。
「…………」
私が龍子を操っていた事が禁忌だったっぽい。
前にも指示して他人に動いてもらったことはあるのだけど……。
なぜ凛乃は今回だけこんな怒ってるのかしら?
知り合ってから一番怒ってる気がする。
前と大きく違う点と言ったら、凛乃が親しい中村春樹という存在。
2人の出会いは知らない。どうやって意気投合して仲良くなってるのかも知らない。今一体どんな関係なのかも知らない。知ろうとも思わない。
ただ私は、中村春樹が危ない人間なのかを探っていた。けどそれは間違えだったらしい。
凛乃にとって中村春樹は……。
「ごめんなさい。お節介が過ぎたわ」
「分かってくれればいいの。それじゃあ今後はそっち方面はやめてね」
「別の方面だったらいいの?」
「うーん。別にいいよ。でもやめてほしくなったら言うからね。その時も言うこと聞いてくれると嬉しいな」
「凛乃が嫌だと言ったら絶対しないわ」
「ありがとっ」
「こちらこそありがとう」
「んへへ」
「っ」
お互いに感謝を言い合い照れて通話は終わった。
アイドルになる前は泣き虫で、アイドルの頃は私に頼って来てた子が成長していて嬉し反面、少し寂しい。
もういつまでも凛乃の心配してなくても大丈夫なのかな。
「龍子。もう今後一切私の指示に従わなくていいわ」
「うぇ!? なんでまた急に?」
「色々あったのよ。あと、中村春樹にも近づかないで」
「それは無理な相談ってやつだぜ」
「なんで?」
「あたしが春樹に近づきたいからに決まってんじゃん。言われた通り指示には従わないから、そこは好きにさせてもらう」
「はぁ」
なんでそうなっちゃうの……。
中村春樹、罪な男わね。
「もう、今日は好きなの頼んでいいわ!」
「さっき通話してる時、ちゃんとシャトーブリアン頼んでおいたぜ」
「え。ちょっと待ってそれいくらのやつ?」
「しらねぇー」
「いくら私の奢りでも値段くらいみなさいよね」
とりあえず今は諸々すべて忘れ、私は久しぶりの焼き肉を楽しむことにした。
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