第14話 食堂でなにもないわけなく

 午前の講義が終わった俺は食堂に来ていた。

 普段昼食は適当におにぎりを食べて済ましているのが、今日は秀人に呼び出されたのでカレーを食べている。


 かれこれここに来てから20分が経ち、カレーを食べ終わりそうなのだが肝心の秀人がまだ来ていない。


 どこでなにしてるんだ?


 痺れを切らしてRINEで聞こうとした時、正面の椅子にくたくたになった秀人が脱力するように座ってきた。


「ふぅー。疲れた」


「時間めちゃ過ぎてるけど」


「すまんすまん。彼女に呼び出し食らってちょっと相手してた」


「人と付き合うのって色々大変なんだな」


「今の彼女は束縛気味なだけでいい子なんだけどな……。って、オレの話をするために呼んだんじゃないからな?」


「分かってる」


 通学中久しぶりに会って、なにかあったんだと感じ取ったらしくこうして呼び出してきたのは分かってる。


 もちろん俺は星野さんの事は一切喋ってない。出会い系アプリでのことも

 でも、コイツは勘だけは鋭い男。 


「それで、出会い系アプリ使ってみてどんな感じなんだ?」


「まぁまぁってところかな」


「おいお前マッチングしたのかよ!」


「……あれ。俺の記憶じゃ励まして応援してくれてなかったっけ」


「いやぁー良かった良かった。とうとう春樹にも彼女ができたのか。今日は赤飯でも食べるか」


 すげー無視された。

 ってか、彼女ってなんだよ。


「マッチングして仲良くなっただけで、別にその人が彼女だとかそういうわけじゃないからな?」


「なんだと!? オレには春樹に親密な女の影が見えるんだけどな。もしやお前……大人の階段を登ったのか?」


「勘違いにもほどがあるだろ。一応言っておくけど、それ全部秀人の思い込みだからな?」


「あ、あぁ。変なこと言ってすまん」


 俺って秀人にここまで言わせるほど、星野さんと出会ってから変わったのか?


 新しく始めた事と言ったらバイトくらい。


 あ。そういえば最近モテるための努力をしてないな。


 ジムに通って筋トレ。洗面台で1時間にもわたる笑顔の練習。異性とのコミュニケーションの本を熟読。 

 この全ては欠かさないルーティーンだった。

 やってない理由は……現状に満足してるからなのかな。

 正直に白状すると、星野さんとチャットするのが日常になってて気づいたらやってなかった。


「にしても、そうか。その様子じゃまだ関係は続いてるようだな。もうどこか2人で行ったりしたのか?」


「うーん……」


 星野さんの事を喋らなければいいんだけど、難しい質問だな。


「言いたくなかったら言わないでくれ。そういうのは2人だけの大切な記憶だからな。オレも初めて彼女とデート言った時、誰にも言いたくなかったし。その気持ち……わかる」


 キラーンと白い歯を光らせ、これまで一緒に戦ってきた歴戦の戦士のような目でグッドサインを送ってくる秀人。的外れも良いところだけど、こういう時察してくれて助かるヤツだ。


「はぁはぁ。ここにいたのか春樹」


 息を切らした女の子……裏波龍子さんが突然後ろから声をかけてきた。


「えっと……どうしました?」


 走ってきたのか膝に手を付けて呼吸を整えてる。

 なんでこんな探されてたのか分からずキョトンとしていた俺とは対象的に、秀人は「ひっ」と小者のような声を上げ裏波さんに怯えている。


「さっきの講義でボールペン忘れてたぞ」


「あ、ありがとうございます」


「……ん? 春樹の手、冷たいな」


「…………」


 ボールペンを手渡しされる流れでなぜか手を握られた。

 優しくぎゅっと握ったり、強めに握ったり、少し爪を立てて小刻みに動かしたり。

  

 うん?


 この人は一体何をしたいんだ?


「おかしい。こういうことをしたら男は皆、飛んで喜ぶと書いてあったんだが。春樹は今なんて思ってるんだ?」


「急にどうしたのかな? って困惑してます」


「なるほど。ありがとう。それは勉強になる」


「は、はい……」


 裏波さんはただでさえ目立つ外見で周りの目を引くのに、こんなことしてるから余計食堂にいる学生から視線を集めてる。


 それでいつやめるんだ?


「よし。それじゃあボールペンを届けたからあたしはここらへんで失礼するぜ」


「……ボールペンありがとう」


 裏波さんは俺の言葉に返事するように手をひらひらさせ、食堂から去った。

 さっきまで握られていた右手を見ながら正面に向き直ると、秀人はテーブルに乗り上げる勢いで俺に近づいてきてた。


「なんだよなんだよなんだよ。今今今今今のヤバ過ぎるだろ! 1年の裏番長とも呼ばれてる裏波が優しく微笑んで……しかも、ねっとりお前の手を握って……」


 わなわなと震える秀人が勢いよく俺の両肩に手をおいてきた。


「大人になったんだなお前も。正直、見くびってた。あの裏波とあんな恋人一歩手前みたいな関係になるなんてすごすぎる」


「興奮してる所悪いんだけど、俺あの人と喋ったの3回目で一切秀人が思うような関係じゃないからな」


「……は? じゃ、じゃあさっきのはなんなんだよ」


「俺もよくわかんない」


「マジっぽいな」


 俺と裏波さんはRINEを交換した仲だと認識している。

 でも、裏波さんにとって大学で初めて交換した人は特別なのかも知れない。

 もしそうだとしても、普通あんな事するか?

 一から色んな異性とのコミュニケーションの本を読み漁る必要があるな。


「裏波ってどんな人が好みなんだろうな?」


「さぁ。見当もつかない」


 

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