第8話 これがイチャイチャ!?

 突然バイト先に来て「少し付き合ってほしい」と言われ、警戒しないほうがおかしい。    

 

「ん〜! おいしっ!」


 目の前にいるのは口いっぱいに頬張り、クリームが口の端についた星野さん。今まで見たことのない幸せそうな顔をしている。


 バイトが終わり、連れてこられた場所は近所で有名なパンケーキ屋の「青空パンケーキハウス」。

 店内の男女比は9対1で圧倒的に女の子が多く、俺以外の男はカップルで場違い感が半端ない。  


 新たな扉を開こうと俺もパンケーキを注文しようとしたが、全部食べれるか心配になって日和ってレモンティーだけ注文した。あんな甘そうなパンケーキ、好きじゃないと食べられなさそう。


「ぷはぁ〜。もう食べ終わっちゃった」


 ついさっきまで山のようなクリームとパンケーキがあったはずなのに、皿しか残ってない。


 いつの間に全部食べたんだ!?


「ふっふっふっ。春くん。私がパンケーキを食べ終えて、これで終わりだと思ったでしょ?」


「ん、あ、はい」


「チッチッチッ。ここに来たのはもちろんパンケーキを食べに来たのが目的だけど、食べたいパンケーキはこれじゃないの。わざわざ春くんを読んだのは……このメニューが食べたかったから!」


 テンションが高い星野さんが指差したのは【『カップル限定!』初めての共同作業パンケーキ】という独特なネーミングセンスのパンケーキ。

 アイス、生クリーム、イチゴ、ブドウ、プリンなどなど……見るだけで甘ったるいパフェみたいなパンケーキだ。


 あれこれ言う前に流石にツッコませてほしい。


「これ、カップル限定じゃないですか」


「大丈夫。最近私、よくここに通ってるけど、彼氏いないとか一言も言ってないしバレてないよ」


 自信満々な顔されても困る。


「星野さん的にはそれでいいんですか?」


「ん? いいけど?」


「……ならまぁ何も言いません」


「やったー! じゃあ頼んじゃお〜」


 しばらくして頼んだパンケーキが来た。


「うぉ〜! すんごぉ〜い!」


 パンケーキを前に子どものようにはしゃいでいる。微笑ましい光景だ。


「にしても、あんたに彼氏がいたとはね。こりゃ大ニュースだ」


 パンケーキを持って来た店員さんが疑いの目を星野さんに向けてきた。


 口ぶり的に二人は仲良くてその正体を知ってるみたい。


「そ、そ、そ、そ、そんなのあたりまへでじゅ!」


 ……嘘つくの下手過ぎる。


「ほーん。それじゃあ今回は特別にワタシの前で共同作業やってもらおうかな」


「共同作業?」


「あんたまさかメニューの写真だけ見て注文したのかい?」


「ちゃんとメニュー見てるよ! たしか……お互いにパンケーキを切り分けて仲良くあ〜んをする、ってやつ……で、しょ……?」


 メニューをガン見して復唱した星野さんは申し訳無さそうな顔を向けてきた。

 だから俺はそれでいいのか聞いたんだけど、全くメニューを見てなかったらしい。


「それじゃあいつでも始めていいよ」


「私さっきパンケーキ食べたから手動かすの疲れてきたなぁ〜」


「まさかそう言って逃げるつもりかい? 二人はカップル。そうなんだよね? じゃなかったらこのパンケーキはさげないといけない」


「カップルに決まってるでしょ! 逃げも隠れもしないから!」


 満身創痍な星野さんにはニマニマしてる悪い顔の店員さんが目に入ってない。この人、俺達がカップルじゃないの分かっていて反応を見て楽しんでいる。


「ほらお二人さん食べ合いっこしちゃってしちゃって」


 逆らうわけにはいかないので、俺と星野さんはパンケーキを切り分け始めた。偶にナイフがカチンッと当たって気まずい空気が流れる。きっと本物のカップルだったらワイワイしてる所だ。


 店員さんもちょっとからかい過ぎたと思ってるのか、頻繁に顔色を伺ってくる。


 止めようとしてももう遅い。目の前に座る星野さんの目は獣のよう。


 そうして切り分けるのが終わり、次のフェイズに入る。


「春くん。口開けて?」


 もうタガが外れちゃってるなこれ。


「はいあ〜ん」


「…………あ〜ん」


 アイスにプリンにイチゴがのってるのに味は感じない。

 

「次は春くんの番だよ」


「あ、は、はい」

 

 星野さんの小さな口に合うパンケーキをフォークで刺し。


「どうぞ」


「どうぞ。じゃなくてここはあ〜んだよ彼氏くんっ」


「あ、あ〜ん」


「あ〜ん。ん〜! おいひっ!」

 

 もう星野さんはパンケーキに夢中だ。カップルがするようなこと、俺だけが意識してるみたいで逆に恥ずかしくなってきた。


「なーんかあんた達、やけに初々しいね」


「初々しくて当たり前なの。だってほら、わかるでしょ?」


「キスはした?」


「……そんなエッチな事するわけないじゃん」


「ぶっ!」 

 

 予想の斜め上の返答にレモンティーを吐き出しそうになった。


「な、なるほど。その様子じゃ、もし狙ってるなら色々苦労しそうだね自称彼氏くん?」


「何言ってるかわかんないです。彼氏ですよ俺」


「今はそういうことにしとく。それじゃあゆっくり初めての共同作業を楽しんでお二人さん」


 いじわるな店員さんはいなくなったが、その後もなぜか共同作業という名の食べ合いっこをしてパンケーキを食べ終え、パンケーキ屋を出た。


「なんか色々あったけど、今日は付き合ってくれてありがと! 私はこの後用事あるから……ばいばい!」


「はい。また」


 慣れないバイトをしてその足で星野さんとカップルのふりをしたりと、今日は濃い1日だった。


 帰ったらまた星野さんにDM送ろうかな。


 そう思っていた時、突然後ろから肩を掴まれた。


「凛乃の件で話を聞きたいのだけど、少し時間いいかしら」

  

 後ろにいたのはバイト中に見た雑誌の表紙にいた、星野さんと同じアイドルグループだった本間雫。


 突如として第2ラインド開始のゴングが鳴り響いた。

 




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