第7話 バイト、始めました

 星野さんとのデートが一週間前のこと。

 あれから毎日のようにDMでやり取りをしている。と言っても、何か変わったことは話しておらず他愛のない雑談ばかり。最近じゃカラオケで言っていた「深い関係」とはどんな関係なのか、疑問に思い始めるほど。


 変わったと言えば、つい3日前から人生で初めてのバイトを始めた。


「お会計は合計で……」


 働いてる場所は地元で評判が良い本屋の老舗「松竹書店」。俺はここで主に本の品出しや整理、レジの対応をしている。

 この書店は他には珍しく、ソファや椅子でくつろいで買った本を読むスペースがある。

 平日の日中に働いてるがお客さんはあまり来ず、レジの所に座ってる時間のほうが長い。


 まだ慣てなくミスすることもあるが、すべてが新鮮で楽しい。

 本屋のバイトは俺の性に合ってる気がする。


「あの、雑誌ってどこに置いてありますか?」


「えっと……。雑誌は入口側から見て2つ目の棚にあり、ま」


 お客さんを見て声が止まった。


 聞き覚えのある声と見覚えのあるマスク顔。


「星野さんじゃないですか」


「やっほ」


 星野さんはマスクを外して笑顔を見せてきた。


 ちなみに働いてる場所は教えてない。


「この辺散策してたら、たまたま春くんっぽい人が見えて話しかけたんだけど……。こんなことってあるんだね」


「俺もびっくりしてます」


 南国の海のような綺麗な色のワンピース。耳たぶには小さめのイヤリング。小さなカバンを持っているり

 可愛いじゃなくて美しい。俺と会った時とは一風変わっていて、大人の女性って感じがする。


 まるで誰かと待ち合わせしてるみたいな格好だ。

 いつDMしてもすぐ返事が帰ってきてたので、星野さんはあんま活発に動くタイプじゃないと思ってた。

 っていうか、今日平日だよな。


「たしか星野さんってテレビ関係の仕事してるんですよね?」


「そ、そうだよ。今日は休みだよ休み」


 手をあわあわさせる星野さん。

 何もおかしなことは言ってないはずなのに、俺の顔を恐る恐る伺ってきてるんだけど。喋りかけてきた時からの変わりぶりに、幻で尻尾がしょんぼりしてるのが見えそう。


「バイトって何時くらいに終わる?」


「今日は早くて15時くらいには終わるはずです」


「ふぅ〜ん。それじゃあ後40分くらいだし、雑誌でも読んで待ってようかな。バイト終わった後、少し私に付き合ってもらえる?」


「もしかして元々そのつもりで来たんですか?」


「いやいやそんなわけないじゃん! 本当に偶然だからね? カラオケで通ってる大学は教えてもらったけど、バイトしてるなんて今知ったもん」


 カラオケでそんなこと聞かれてたんだ。


「まぁバイト終わった後暇なのでいいですよ」


「やったぁ〜」


 星野さんはそう言い雑誌コーナーの方に行き、少しして一冊の雑誌を片手に戻ってきた。


 表紙には【元人気アイドルグループエクリプス本間雫が語る今の音楽業界】と、デカデカ書かれている。

 

「この表紙のモデル、私と同じグループだった雫なんだ。今は音楽関係の仕事してるのに、モデルもやってるなんてすごいよね」

 

 青髪のショートカットに狼のような鋭い目つき。アイドルの時ドームでパフォーマンスしてた頃から雰囲気が一変して、怖くて可愛くてかっこいいが凝縮してる感じ。


「詳しくは知らないんですけど、活躍してるみたいですね」


「ね。元メンバーとして鼻が高いの。私は音楽関係の仕事始める前から才能があると思ってたから」


「星野さんも才能あると思います」


「そうかな」


「嫌だったら申し訳ないんですけど、アイドルの時の動画を見ました。あれを見て才能がないなんて誰も言えません」


「……実は私、3人の中で一番へっぽこで歌も踊りも周りの何倍も練習しないとだめだったんだよ。それでセンターだったなんて笑えるよね」


「努力を笑うことなんて出来ないです」


 星野さんの話には負けるけど、俺もこれまでモテるために人生を賭けるほどの努力をしてきた。普通の人はある程度の努力までしかせず、諦めることが多い。

 

 努力する内容は比較にならないが、努力し続けるメンタリティは分かってるつもり。


「努力することも才能です」


「あっありがと……」


 なんか真面目に言ったら変な空気になった。


「んんっ。これ買うってことでいいんですか?」


「うんそう。買ったらあのソファがあるスペースで読んでいいんでしょ?」


「はい。ゆっくりしていってください」


 その後、雑誌に夢中になった星野さんとは喋ることなく。たまに訪れるお客さんの対応をしていくうちに15時になり、バイトの時間は終わった。





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