第5話 世界一可愛いアイドル

 休日のカラオケということもあって周りが賑わってる中、俺と星野さんがいる部屋はモニターのCMが大音量で流れているだけ。


 つまる所、お互い様子をうかがって口を閉ざしているのだ。


 一番縁のある歌を歌う場所に来たら少しは心をひらいてくれるかと思ったけど、逆に警戒されちゃった。

 仕方ないけど、当然っちゃ当然。

 淡い期待をした俺がバカだった……。

 

「…………」


「…………」


 ……今更だけどマスクをとってる星野さんは、一言じゃ表せないくらい可愛い。


 小さく整った鼻。もっちりした餅のようなほっぺた。きめ細かい綺麗な肌。細く締まったモデル顔負けのスタイル。上げ始めたらきりがない。

 もうアイドルを辞めてるのに、なんでこんな整ってるんだ。

 うさぎが人参を食べるようにフライドポテトを食べてる姿さえ、なぜか様になってる。


「どうしたの?」


「あっいや。なんでもないです」


 ついジロジロ見すぎちゃった。

 

 ゆっくり過ごすのも良いけど、いつまでもこうしてはいられない。


「星野さんって普段どんな曲聞いてるんですか?」

 

「う〜ん。J-POP全般で今の流行りを基本聞いてるけど、ロック系は聞かないかなぁ」


「俺も全く同じです。……好きな事だったり、結構俺達同じところ多いですね」


 共通点が多いことを再認識させることによって、距離が縮まりやすくなる。これは秀人に教えてもらった恋愛テクニック。

 

 秀人曰く、これで女の子はイチコロ。


「ほんとぉーかなぁ〜? 申し訳ないけど私今また疑ってる」 


 いやイチコロってなんだったんだよ。


「それなら最近流行りでお気に入りのJ-POP歌います」


 もう突発的なプランは考えないでおこう。今は信じてもらうことがすべての近道になる気がする。


 少し悩んだが、選曲は今流行ってるドラマの主題歌。


 イントロが流れ始めた所で、星野さんはおもむろに備え付けの箱からマラカスを手に取った。そして準備万端のグッドサイン。


 さっきとは打って変わってすげぇノリノリだ。


「んんっ。君に――――」


 俺の前にいるのはあの綺麗な歌声の、夢月ももか本人。

 緊張して最初は思い通り声が出なかったり、声が震えたりした。でも、星野さんのノリにのった合いの手のお陰で最後まで楽しく歌えた。

 

「最っ高ぉ〜! な歌声だったよ!」


「あ、ありがとうございます」


「ごめんね。また疑うようなことしちゃって。私って性格上、人のことを疑うことから始めちゃうんだ……」


「何も気にしてませんよ」


「これからも仲良くしてくれる?」


「もちろんです。また同じようなことがあっても、同じように信じさせます」


「えへへっありがとっ」


 蕩けた笑顔。こういうのを見せてくれるってことは、少しは打ち解けられたのかな。


 星野さんの方から自分のことを喋ってくれるようになれば、出会い系のことを聞けるけど……。今はそんな空気じゃない。少しやり方を考えないとな。

 

「すいません。ちょっとトイレ行ってきます」


「うん。行ってらっしゃーい」



  ▼  ▲  ▼



 トイレでこれからのやり方を5分程度考え、頭を悩ませながら部屋に戻ることにした。


 しかし、扉の前で足が止まる。


「――――永遠の……」


 微かに中から歌声が聞こえてくる。集合前に家で聞いたのと全く同じ歌声。

 扉のガラス越しに見えるのは、星野さんがマイクを右手に歌ってる姿。


「すげぇ」


 これ以上の言葉が浮かばない。

 こんな才能があるのに、なんでアイドルを辞めた後一般人になることを選んだんだろう……?   

 歌手になったら絶対人気になるのに。


「ねぇ中に入らないの?」


 あれ。もう歌終わってた。


「…………あ。入ります」


 驚きで返事がワンテンポ遅れた。

 というか、歌を歌ってたところを聞かれたのに平然としてる。


 正体を隠すつもりはないのか?

 

「私が夢月ももかだってこと分かってたよね?」


 低い声で問いかけた星野さんは、ゆっくりと隣りに腰を下ろした。


 ベリーのような甘美な香水の香りが鼻孔をくすぐる。

 落ち着いた息遣いが聞こえてくるほどの静寂。

 少し動かしたら肩と肩が当たりそうな距離感。

 

 よくわかんないけど変な汗が出てきた。


「世界一可愛いアイドルで有名になった人ですよね。……分かってました」


「…………そっか。そうだよね」


 今後の良好な関係を築くために誤魔化すこともできた。けど、しなかった。

 人と紳士に接するためにしてはいけないことは嘘をつくこと。これは学んだことじゃなく、俺自身で決めた。

 

 だからもう無意識に目を背けるのはやめよう。

 今日のデートで俺は確かな手応えを感じている。

 

「元人気アイドルだからってなにも変わらないですよ。俺が話してたのはそんな大層な人じゃなくて、笑顔が似合う人です」


「…………」

 

 あれれ? 

 てっきりこれからも仲良くしてね、みたいな返事が返ってくると思ってたけど無反応。


 もしかして俺、地雷踏んじゃったのか?


「私ね。アイドルを辞めてから色んなことが見えるようになったの」


「……はい」


「その1つがどんな事をしても自己責任で許されるってこと。だから、さ。春くんともっと深い関係になりたいな」


「……はい?」


 色んな段階をすっとばしてぶっこんできた。


 深い関係って具体的にどういうことなんだ?

 友人としてなのか、恋仲としてなのかはっきり言ってくれ!


 とうに俺の思考回路はプツンと焼き切れていて、脳内はパニックに陥ってる。


「私の気持ちは今伝えた通りだから。これからも仲良くしてくれると嬉しいな」

 

「あ、え、う、うん。よろし……く」

 

 星野さんのペースに掻き乱され、俺は目的を忘れ借りてきた猫のようになっていた。





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