8
車窓に側頭部を押し付けて脱力する。
他人の墓を手入れして、
他人の町に悪態をついて、
僕は一体何をやっているのだろうか。
ゆっくりと速度を上げる車体に合わせて
脳味噌が揺られる。
君もいないのに君に会いに行くなんて
不毛なことするべきじゃなかった。
町はぐんぐん遠ざかる。
あそこに君は居ない。
君は居ないと確かめることはできた。
君は確かに居なかった。
三段活用的に落ち着きを取り戻す。
頬が緩む。
胸ポケットを一撫でして中身を取り出す。
白くて硬くて小さな無機物。
西日に透かして無数の穴から世界を覗く。
ご婦人、僕にとっての本物はこれ一つですよ。
飴でも舐めるようにして口の中で転がす。
舌先で実在を確かめて、
記憶の中の虚像をかき集める。
君がまだ社会でなく世界のものだった頃の姿を 追いかけて追いついて追い抜いて、
初めて振り返る。
君はいつだって笑っている。
頼むからその無邪気さで
僕の時間を焼き尽くしてくれ。
強めに車体が揺られて引き戻される。
切望する愛なんか何処にもありはしない。
急な不快感に襲われて
口の中のものを吐き出す。
自分で口に含んでおいてなんだが、
体液でぬめって光るのが気に食わない。
太腿の布地に雑に擦り付け
水分を取り除こうと足掻く。
僅かにしっとりしている気がするが
光らなくなったので満足。
左手に握り込んで表面のざらつきに安心する。
滑稽だ。
揺蕩う情緒の浮き沈みを手放せずにいる
僕の愚かさが滑稽だ。
淘汰されるべく産まれたのは僕の方だろうに。
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