165話 人身取引オークション当日
十一月二十五日。人身取引オークション当日。今日の俺は、いつもの二割増しでカッコいい。……と思っている。
ケインが、少しでも強く見えるようにと俺の髪を整髪剤でセットしてくれたからだ。それだけで随分印象は変わるもので、鏡に映った自分の垢抜け加減に気分が上がった。
とはいえ、隣を歩くオールバックのログマの超絶イケメン具合には敵わない。気が強そうな目元が目立ってピリッとした印象は、いつもの少しミステリアスな雰囲気とは違った良さだ。
ハーヴェストの一員に扮するのは俺だけなのだが、単身で
などと考えていたら目が合い、睨まれる。
「……なんだァ? きょろきょろすんな。お前が堂々としてねえと舐められるだろうが」
「ああ、はい、すみませんね……」
こいつ、普段は大人しい服装と髪型に救われてるんだな。今の顔、完全にチンピラだったぞ。頼もしいことで。
――そんな俺達が連れている彼女が先行し始めているのが気になり、控えめに声をかけた。
「ウィルル、俺達を追い越さないで……。俺達の方が連行されてるみたいになってる……!」
「わわ、そうだった。ごめんなさいっ」
「それと、もう少しこう……しょんぼりしてて? 一応、見知らぬどこかの誰かへ売られるところだからさ……」
「き、気をつけます!」
ウィルルは、防衛団から借りた施錠式の対霊術力手錠を掛けられ、紐を結ばれて連行されている形。勇み足は程々にして貰わねば。
フル装備の俺達とは異なり、彼女は普段着姿。クリーム色のトップスにワインレッドのキュロットスカートは秋仕様で彼女によく似合っている。戦闘でダメになるよ? と言ったが、勝負服だ、おしゃれするんだと言って聞かなかった。
いつもと大きく違うのは、フードを被っていないことだ。もう姿を隠す必要はないから、と言っていた。……見慣れたフード姿も、誘拐を警戒してのことだとは長らく知らなかった。
現在十八時。オークション開催まで二時間。天気に恵まれた宵闇の中、大きな旧公民館の敷地を三人で練り歩く。
敷地内は広く平らな庭園のようになっていた。草木は伸び放題で、所々に廃棄物の山や誰かの寝食の跡があるが、通路があるおかげで歩きやすい。
その真ん中にそびえる廃墟が旧帝都北区公民館だ。横長の直方体の建物で、ドーム型の天井が特徴的。外周を歩けば数十分相当、高さも六階建てほどはある。地方ならまだまだ現役であろう、立派な建物だった。
他の四人には、警備の傭兵に紛れて周りの様子を調べてもらっている。会場外の警備は、どの組織が何人雇っているかの連携がされていない
ポーチで携帯連絡機が鳴ったので応答した。
『やほ。カルミアでーす。さっき、君らを通報してるっぽい傭兵を見かけたよ。警戒、強めといてね』
「了解。ありがとう。お互い気をつけよう」
『うん。じゃ、また後でー』
終話してまもなく、三人組に立ち塞がられた。――ヒュドラー組員のお出ましだろう。
俺の愛想笑いは反社にも通用するだろうか。
「こんばんは。どちら様?」
言葉少なに先手を打ちペースを握る。先頭の男は特徴のない顔に苛立ちを滲ませた。
「こんばんはじゃねえだろ。天下のハーヴェスト様は今回不参加だろ? 何の用だ? 挑発するみてえに
よし。狙い通り、俺をハーヴェストの組員と勘違いして誘い出されてくれたようだ。だが念の為、名乗らせたい。
「はぁ。挨拶を無視、一方的に長々と喋る、質問を質問で返す。……色々と足りてないんですか? がっかりさせないで下さいよ。もう一度聞きますが、どちら様?」
「こンの野郎ォ……! チッ……ヒュドラーのもんだよ!」
「ああ、そうでしたか。あなた達に用があったので、出て来て下さって助かりました」
「そっちが俺達を狙って誘い出したんだろうが。白々しいんだよ!」
「早速本題なんですが――この女、お探しだったのでは?」
流石に少し不安げな顔をしているウィルルの背を前へと押し出す。
後ろに控えていたスタイルの良い長髪の女が、整った眉毛を僅かに
「……このコ、長らくうちのターゲットだったのよ。偶然じゃないんでしょう、だから私達が出てきてあげたのよ。何のつもり? わざわざ見せびらかしに来たの?」
「とんでもない。お届けにあがったのです。……二度も逃げられたと噂になってますよ。そのままじゃメンツが立たないでしょう? 同業者として哀れに思いましてね」
本当に噂になってるかどうかは知らない。適当な挑発だ。だが彼らは見事に気色ばんだ。
先頭の男が俺を鋭く睨む。
「その女をエサに俺達を脅そうってのか?」
「そう単純な事情でもないんですよ。組織同士の取引になるので、話の分かる方のところへ案内して頂けませんか」
「誰がそんな簡単に――!」
「あぁハイ分かりました。それならこちらの得意分野でお願いを聞いてもらいますかね」
俺とログマが渾身の悪い顔で剣の柄を握って見せると、三人は分かりやすく怯んだ。
後ろに控えたふくよかな大男が、初めて小声を漏らす。
「ハーヴェストって凄く強いんだろ? 商品も用意してくれてるんだし、敵に回さなくたって……ボスも商品不足だって……」
「余計なことを喋らないで!」
正面の男は、背後の身内の会話に呆れたようなため息をついて、剣の柄から手を離した。
「……ボスにここまで御足労頂く訳にはいかねえ。案内してやる。ただし妙な真似をしたら分かってんな?」
ログマがとびっきりの嫌味な声を返す。
「そっちこそ。こちとら、今すぐこの女と新鮮な死体三人分を手土産に帰ったって構わねえんだぜェ?」
いかにもな悪人口調に、笑顔で乗っかった。
「そういうことです。よろしくお願いしますね」
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