23章 立ち向かえ!

164話 もう後に引けねえからな!?



 後日の会議室。前に立った俺、ログマ、ウィルルの三人から作戦を聞いた仲間達は、案の定口々に疑問と反対を訴えた。



 一番怒ったのはレイジさんだった。


「そこまでデカい話になったら防衛戦士団に任せるべきだ! なんでお前達が矢面に立つ? 要らん危険を冒すな!」


 いきり立って詰め寄られつい縮こまったが、彼が次々と並び立てた疑問や懸念は、全て俺とログマで話し合い覚悟を決めた内容だった。二人で切々せつせつと背景や考えを述べると、彼はやがて黙り身を引いた。机に寄りかかりむくれてはいるが、俺達の意志と結論を呑み込み、その先を考え始めているように見えた。



 まだ微熱のあるカルミアさんは、困ったような顔をしつつ、より良い方法がないかと考え続けているようだ。


「仮設アジトで捕らえたヒュドラー組員、情報吐いたよね? それも確認した上で、この作戦なわけ?」


 むしろその情報から、このオークションこそ好機だと判断し、それに応じた作戦を組んだのだ。ログマが端的に説明すると、カルミアさんはやれやれ……と言って肩をすくめた。



 不安げに黙るケインは今も若干鬱っぽい。男性達の議論が一区切りした時、彼女はウィルルの手をとり、俯いたまま強く握った。


「ルルちゃん、なんでこんな危険な囮を……。一人でヒュドラーのとこに行くってことでしょ……?」


「……私が一番役に立てる方法だと思ったから、だよ。私ね、自分の問題に、自分で立ち向かいたいの。皆に沢山守って癒してもらって、考えるヒントと時間を貰って、ようやくできるって思えたんだあ」


「……私は、これ以上ルルちゃんに酷い目に遭って欲しくないの。わがまま言ってごめん。怖いんだ……」


「えへ、大事に思ってくれて、嬉しい。商品に酷いことはしないと思うから安心して。皆で仲良く暮らすために、私も頑張りたいの。応援して欲しいなあ」


「うう……! そんな言い方ずるいよ……! 応援するに決まってるけどぉ……!」



 一同が徐々に作戦を飲み込み始めた時、俺は、とある紙束を高く掲げた。昨日、ガノンさんに渡されたものだ。


「皆にこれを見て欲しい。帝国防衛戦士団北区支部の方々が、大至急用意してくれた契約書です。……俺達に非協力的だったエバッソ副長が、先日の仮設アジト制圧とオークション情報提供を機に掌を返してくれたから、やっと発行出来たんですって」


 それは、上等な厚い紙に、防衛団の印と極秘の印が捺された、戦闘業務請負契約書。


 まさかと言った表情のレイジさんが飛んできて紙を手に取り、上擦った声を上げた。


「ウッソだろ! おいおいおいおい、あの防衛戦士団が、公的にうちを指名して依頼を出してきたって話?」


「はい。ジャンネさんの先輩のガノンさんが、気を回して前々から動いていたそうです。こうしたものがあれば動きやすいでしょう? 間に合ってよかった、と。……早いこと内容を確認して、契約をまとめちゃいたいんですが……」


「わ、分かった! 今、俺が、大至急確認する!」



 俺も内容に目を通したが、大変俺達に都合がいいように作ってくれているように見えた。



 簡単に言えば、人身取引オークションの取り締まりに関わる戦闘に参加しつつ、結果的に一人でも人身取引関係者を逮捕できれば報酬を出すという契約内容だ。――普段通り戦うだけでほぼ確実に金が入る、かなり美味しい仕事。


 それだけではない。特権として、戦闘中にやむを得ず与えた殺傷は無罪放免とする旨が分かりにくい表現で記載されていた。逆に俺達が負った怪我は、防衛統括機関の案内で上等な治療を受けられるとのこと。帝国直営組織からの公的な依頼書でしか叶えられない、豪華すぎる特典だ。


 その他、成果によっては報酬を上乗せする場合があるらしく、それらの細かい条件の記載もあった。



 ――要は、金も怪我も罪も全部面倒を見てやるから好き勝手暴れてくれ、という国のお墨付きを貰ったのである。



 この国家権力をモロに振りかざした契約書を読み進めるレイジさんは、半笑いで震えていた。今日の取締役は情緒不安定で面白いな。


「関係者全員頭イってるとしか思えん……。俺達は無名の、補助金ありきの、実態は殆ど福祉施設の、零細弱小企業だぞ……。一大反社イベントぶっ潰すために利用出来るって判断すれば、ここまでやるのか……」


「レイジさん、結構自社評価低いんすね……」


 俺の悲しい呟きを無視したレイジさんは、ああもう! とヤケになったように会議室を出ていき、社判を持ってきて思い切りした。


「クソ! 胃が痛くなってきた。もう後に引けねえからなお前ら! いいんだなァ?」


 各々の形で覚悟が決まった俺達は、気迫のこもった返事を返した。



 その様子を見ながら心底苦々しい笑顔を浮かべるレイジさんに、ずっと静観していたダンカムさんがあるものを渡した。


「ほらレイジ。あと一週間、一緒にリハビリするぞ」


「……は?」


 レイジさんの手に握らされたのは、いつも取締役室に飾られているだけの黒い双剣。そしてダンカムさんの拳に光るのは、物々しい突起を備えたナックルダスター。



 上司のスポット参戦をいち早く察した俺は、高揚して食いついた。


「お二人も出撃ですか!」


 ダンカムさんは拳を構えてニカッと笑い、レイジさんは頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「僕達は皆に比べたらなまっているけど、それなりには戦える。会社の一大事にこれだけ社員が頑張ってる中、役員が何もしないわけにはいかないよ。何より僕らは健常者だよ? はははっ! ――人数は多い方がいいしさ!」


「ああ畜生! 俺はビジネスの話と金の計算だけしてたいのにー!」



 ダンカムさんは、丸まって駄々を捏ねる取締役の襟首を、ムキムキの腕で容赦なく引っ張り上げる。


「ほらレイジ! しゃんとしなさい。お前だって相当戦えるでしょ、双剣使いは一本を極めた者しかなれないって言われるくらいだぞ?」


「大昔の話だよ! 俺はもう引退したの!」


「そもそも本部チームを挙げてウィルルの敵と戦おうって言い出したのはお前だろう」


「肉弾戦をしようとは言ってない! つーか、相手が反社だって事だけで嫌だったのに、想像してた何十倍の規模の話になってんのはどういうこと? 話が違うだろうが!」


「……でも、行かない、とは言わないんだね」


「ダンカムが行くんだから俺も行くよぉ! 格好つかないだろ!」


 いつもは頼もしい筈のレイジさんの気弱な姿を、皆で笑って慰めた。



 自社の社判がされた契約書を手に会社を飛び出し、防衛戦士団北区支部へと駆け出す。


 皆が各々の全力と最善を尽くした。必ず成功させてみせる。――俺にしてはいささか前向き過ぎる意気込みが、足取りを軽くしてくれるのを感じた。


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