150話 ヒュドラーの双剣士
「あああぁ!」
腹に走る鋭く熱い痛みに叫んだ。胸当てと腰当ての間、防具の金属部の隙間に上手く差し込まれた。速い上に正確だ。体幹の傷は動きを鈍らせる。やられた……!
だが浅い、まだ戦える! 追撃の刺突を剣で擦って強く押さえつけながら身体をずらし、向かってくる勢いを逃がす。やや体勢の崩れたその肩口へと剣を振り下ろした。
「おっと」
奴はそれをギリギリ左剣で受け止めた。くっ、と焦燥の小声が漏れる。反撃を急ぐあまりにチャンスを逃した。左剣で対応しにくいように考えるべきだった。
小柄金髪は体勢を整えながら再度距離を取った。涼しい顔の彼に比べ、顔を顰めて肩で息をする俺には余裕が無い。
奴はふふ、とやけに柔らかく微笑んだ。
「俺達、色々似てるみたいだね。あんたの売りも速さだろう? 今回は残念だったね」
腹部にどくどくと脈打つ痛みと溢れ出る血の不快感を感じながらも、強く睨みつけた。
「うるせえな……似てねえよ」
「いやいや。剣を交えると色々伝わってくるだろ? 俺達、多分同類だよ」
……耳を貸すな。俺に、お喋りしている余裕はない。
手痛い一撃を食らって劣勢なのは言うまでもないが、何より辛いのは勝ち筋が見えないことだ。
奴は、前に出した右剣で積極的に攻撃しつつ、左剣で攻防両面を臨機応変に補って戦う。とにかく隙が少ないのだ。それに、攻撃を剣で対処することはできても、次々と交互に剣撃が来るためにこちらの手番が回ってこない。
しかし悲観していても意味がない。双剣使いは両腕を各々で動かす特性から、比較的体勢が崩れやすい筈だ。勢いを逆手にとれば隙は作れる。あるいは、どうにか片方の剣を封じることができれば相当有利になる。
――それに何より。目の端に入るのは、左側側面の壁にある換気口。内に倒されたガラスの陰から、ケインの弓矢が静かにこの本命の男を狙っていた。もう少し位置の調整をすれば、彼女が射止めやすくなるだろう。
考えられたのはそこまで。俺は再び、奴の猛攻に飲まれる。
腹の傷を庇いながら上半身を守っていると、脚元を払われる。その逆もまた然りだ。勢いを受け流すことはできても、こちらの体勢も崩されているせいで満足な攻撃は出来ない。手首、腿、腋、腕――防具の繋ぎ目や、防御の薄い部位に、次々と傷が増えていく。
もう回復術を使える程の霊術力はないし、外傷回復薬を飲む隙などない。全身の痛みに耐え、呼吸を乱しながら、突破口を探し続けた。
そして、ようやく閃いた。どうせ既に痛いんだから、もう少しくらい痛い思いをしてもいいか、という苦肉の策。
俺には仲間がいる。伏兵のケインだけじゃない、カルミアさんやログマも、俺をカバーしてくれる。帰ったらウィルルの上級回復術まで頼らせてもらえる。何も問題はない。死ななければいいだけだ!
彼の右剣が左肩に振り下ろされるのを、そのまま膝のクッションで受け入れる。予想通り防具の隙間を狙われたその攻撃は肉を切り裂き、骨でなんとか止まった。
「ぎゃあっ――ぐっ……うううっ!」
激痛に耐えて肩をすくめ、防具と傷の中に刃を挟み込む。思うように右剣を引き抜けなかった相手の動きは乱れ、左剣が中空で止まった。
それを剣で強く叩いてから巻き上げる。狙い通り、左剣は奴の手から離れ、遠くへと弾け飛んだ。
小柄金髪は眉間に少しの皺を寄せ、素早く退る。無理やり右剣が引き抜かれる痛みで視界に星が散り身体がびくんと跳ねたが、歯を食いしばって追撃へ向かう。捨て身で作ったチャンスを逃しはしない!
ドッ、という鈍い音と共に、彼の軽い足取りがびたりと止まる。右肩の後ろに矢が突き刺さっていた。
最高のアシストだ、ケイン!
「うおらあああぁ!」
首元を狙って高速の突き――を見せて右剣を防御に使わせ、深く沈んで下段の横薙ぎ。奴の両膝下からは血が噴き出た。
「があぁ――!」
濁った悲鳴を上げ、奴は尻餅をついた。肩の痛みのせいで骨を断つことは出来なかったが、手応えは確かなもの。もう立つことは出来ない筈だ!
ようやく攻撃が通った感覚を得て少し気が緩み、肩と腹の痛みが一層強く感じられた。
「うう……はっ、はあ――キッツい……!」
相手に矢の毒が回るまでは油断できない。薬草で作った自家製の毒だから、多少の時間は必要だろう。震える剣をぐっと握り直し、再度構えた。
金髪は床に座ったまま、自らの肩に刺さった矢を躊躇なく捻って引き抜いた。矢尻の返しに肉片が引っかかっているのが見えた。そして深く抉れた脚で再び立ち上がろうと踏ん張る。ズボンの血の染みがどんどん広がっていく。
決して軽くはない負傷を顰めっ面だけで凌ぎ、力づくで動こうとする彼が、少し怖かった。
「おい……! もう大人しくしてくれ」
「ぐっ……敵からそう言われて……素直に、聞くとでも?」
「……見てられない。痛々しいんだよ」
彼は少し目を丸くした。そして、くすくすと可笑しそうに笑う。
「ふふ……。同類のあんたなら分かるだろ。俺はクソ真面目で負けず嫌いなんだ」
一瞬はっとしたが、すぐに切り返した。
「同類じゃねえって言ってんだろ。俺は悪事が嫌いだ」
「善悪は関係ない。人の悪意で飯を食ってんのは同じだしな」
不快感に眉を
だけど。
「その結果人を喜ばせているか苦しませているか、そこまで一緒にされちゃ迷惑だ」
「あー、はいはい。一応、こっちにも喜ぶ人はいるんだけどね。つーかそこじゃないって――おっと?」
踏ん張っていた彼の膝が勝手に折れて脱力した。体勢を支えていた腕もカタカタ震えている。麻痺毒の効果が思ったより早く出たようだ。
流石の彼も諦めが付いたらしい。床に座ったまま項垂れて大きなため息をついた。
「はぁーあ。さっきの伏兵のせいか。――だからもっと金をかけて対策しろって言ってたのにな。バカ共の皺寄せはいっつも俺。なんで俺が担当の日に限ってこういう事が起きちゃうかね……」
グチグチと呟く彼の口調は、至って普通の人だった。反社組織の一員である筈の彼が覗かせた苦労に、少し同情した自分が嫌だった。
だが、愚痴った後の彼は妙に爽やかだった。
「うん、負けたわ。勝てると思ったのに、しぶとかったなぁ。仕方ないから、煮るなり焼くなり好きにしろ」
剣を収めて両手を上げたその潔さに、俺の方が戸惑うばかりだった。
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