125話 俺を舐めるな



 外野の野次が、聴覚過敏を抱える俺には大きなストレスだ。集中力が乱され不安感が募る。その上、相当酔っている。悪条件は重なっている――が、勝負となれば負けたくはないし、情報も必要だ。



 拳を構えたまま改めて相手を観察。俺と比較し、身長は少し高く、筋肉量は三割増と言ったところか。パワー面では俺の完敗。


 だが、元々平均身長で、速筋に特化した細身の俺としては、充分に対策してきたタイプの相手とも言える。結局、戦闘スタイルは剣の時と同じ。速さで回避しつつ翻弄し、隙を狙う姿勢だ。



 相手の出方と強さを見たい。


「ふっ――!」


 俺から間を詰めて拳を振るそぶりをすると、その出鼻を狙った右拳が顎目掛けて突き上げられる。一歩退いて避けたその脚元を蹴り払われたが、俺が間を取る方が若干速かった。


 どうやら誘い出しが得意なカウンタータイプや、小技を狙うテクニカルタイプではないな。積極的に打ち合う王道かつ攻撃的な戦闘スタイルだ。


 スクラーロさんは集中を保ったまま笑った。


「ふふん、どうした、避けるだけか?」


 口の片端を上げるのみで返事をして、また間を詰める。今度は本気の速さで殴る!


 相打ちに出た彼が拳を引く間に、眉間に拳を叩き込む。


「せいっ!」

「ぐっ――」


 綺麗に決まったように見えるが、衝撃を後ろへ流されるのを感じた。彼は反って勢いを逃がしながら身体を回し、俺の腹部を蹴り飛ばした。


「がっ!」


攻撃後の無防備な身体は簡単に吹き飛び、避けられていた筈のテーブルにぶつかって止まった。受けられる威力と見越してわざと食らったな、舐めやがって。



 お互い一撃貰って体制を崩した状態。野次馬は大盛り上がりだ。


 酒も視界も回ってる。殴った拳も、蹴られた腹も、ぶつけた背中も痛い。素直に呻いた。


「うう、いってえ……」


「ははは! こっちも結構痛かったぜ!」


 絡まれなければ必要のなかった痛みだと思うと、腹が立つ。そんな俺に対して、相手は楽しそうだった。



 立ち上がって駆け出し、間合いを詰める。対する彼の選んだ技は横蹴りのようだ。


 蹴りの脛を膝の骨で迎え打つ。痛みにブレたその胴体に、思い切り前蹴りを食らわせた。


 今度は相手が吹き飛んで尻餅をつく。今のは一本といった手応えがあったが、剣の試合と違って、気絶か降参、審判の静止がない限りは終わらない。ましてここには審判はいない。圧倒的に負かす必要がある。



 警戒を緩めたつもりはなかったが、相手のリカバリーに遅れを取った。低い位置から前に出た右脚を掬われ、膝裏を引かれて体勢が崩される。まずい――。


 身体が前に倒れて、床に腕をつく。頭を小脇に抱えられるようにして首を締め上げられる――ところに左手を差し込んで隙間を作り、辛うじて太い腕の輪を抜け出した。


「はあ、はあっ……ふう……」


「チッ、ちょこまかと」


 危なかった。鼓動が異常に速まり息が上がっている。目眩がする。体調の悪化とともに気分も鬱々としてきた。酔っ払って戦闘なんかするもんじゃない。



 消耗を隠せない俺を見て、スクラーロさんの目付きに殺意が宿る。大きく踏み込み右腕を引かれた。


「うおおお!」




 ――ああ、もう。どいつもこいつも、勝手だよな。俺はいつもこうだ、何故か痛い目を見せられるようになってる。でも最近、理由が分かってきた気がするんだ。


 俺が俺を否定しているからだ。自分という味方がいないから文字通り自信がなくて、不安で心細くて、そのせいで頼りなく見えて、舐められる。そして、悲運を引き寄せるんだ。


 メリプ市の展望台で、ケインにも教えて貰ったじゃないか。自分で自分を否定している状態では頑張れないと。――試しに、思い切り肯定してみてもいいのかも知れない。


 俺のバカ。あまり俺を舐めるな。……け、剣技はプラチナ級、格闘技はシルバー級の、竜を倒し――たも同然の霊剣士だぞ!




 左側頭部を狙った渾身のフックを左手で受け、間一髪で流す。そして眼前に迫った彼の顎へ、思い切り額を打ち付けた。技術も知識もない、感情任せの反撃。


「ぐっ……!」

「いっ……!」


 脳が揺れてぐらついたのはお互いである。だが自発的だった分、俺の立て直しの方が早かった。


 一発くらい、俺の剣士としての技を食らいやがれ!


「だらあぁ!」


 刺突の動きそのままに踏み込み、体重を乗せた拳を突き出す。俺の右拳は、相手の鳩尾へと深く沈んだ。


「がは――」


 膝をついた彼の側頭部へ回し蹴りを追加。床に伸びた身体に追撃しようと踏み出したところで、両腕を掴まれた。



「やめやめ!」

「降参してるよ。あんたの勝ちだ」



 我に返った。相手は床に仰向けになって咳き込み、両手を上げて白旗を示していた。



 静止してくれた戦士二人に礼を言ってスクラーロさんへ駆け寄り、右手を差し出す。


「はあ、はあ……良い勝負をさせて頂きました。ありがとうございました。強かったです」


 彼は上体を起こし、苦笑した。


「ごほっ、げっほ――はあ、正直舐めてたよ。見た目の良さで人気を集めてるだけかと思ってた。悔しいが、お前、良い戦士だ……」



 差し出した手をぐっと握られたが、俺は呆然としていた。見た目の良さで人気……? そう見えるのか? 俺が? え、ちょっと嬉しいんだけど――。



 何はともあれ、俺達の握手は、沢山の歓声と拍手で称えられた。


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