124話 不本意な勝負
……今日のまともな成果は、スラムのどこかの仮設アジトで、ヒュドラーが傭兵向けの説明会をしているかもしれない、というだけの乏しく不確実なものだ。明日以降の調査も順調に進捗する保証は無い。もどかしい状況にチャンスが転がり込んできたという見方をすれば、乗らないわけにはいかない。手段は選んでられない、か……。
とは言え、こんな身勝手に売られた喧嘩を買ってやるのは本意じゃないし、衆目に晒されながら戦うのも最悪の気分だ。顔を逸らしてぶすっと吐き捨てた。
「――ルールは?」
周囲からうえぇいと煽るような声が上がり、周りの席が避けられていく。慣れた対応に、この酒場ではこういった争いが日常茶飯事なのだろうなとつくづく思う。
俺の質問は質問で返された。
「お前、格闘技の心得は?」
「人並みにはありますけど……それ貴方の専門じゃないですか……。名声を得たいなら相手の得意分野で打ち負かすくらいの気概を持ったらどうですか」
「生憎、剣に関しては自信がない! 許せ!」
「はぁ……」
格闘術については組む相手がいないからロクに稽古が出来ていないし、春にログマとエスタを投げ飛ばした時以来使っていない。ちゃんと動けるだろうか。……その二回も、絡まれて仕方なく披露したんだったな。今日のこれで三回目ってことだ。畜生が。
曖昧な返事を承諾と受け取られ、話が進む。
「時間は五分間。禁則事項は金的と目潰しのみ! 勝負がつかなければお互いの申告と周りの意見で決める。ルークさんが勝てば情報を渡す! そして俺が勝ったら、依頼所に俺への推薦状を出してもらう!」
……勝負のルールに問題はないが、俺が、軍事依頼所のシステムを全然知らないんだと言うことも思い知らされた。さっきの掲示板も、今の推薦状も、なんのことやら。
癪だが、分からないことは聞くべきだよな。負けた時にとんでもないものを背負わされたら困るし。
「それだけでいいんですか? イマイチ分かってないんですけど」
スクラーロさんは面食らった顔で丁寧に教えてくれた。
「え。それだけって……推薦状は依頼所での評価に直結だぜ? 仕事を奪い合うライバルをわざわざ応援するって事だぞ……? というか、お前が注目戦士として掲載されたのも投書が集まったからで……。え……? 何も知らないのか……?」
なるほど、戦士を名指しで応援する制度があって、それを依頼所が評価として反映すると同時に掲示するわけだ。人気商売の側面があったんだな。俺に投書した物好き……親切な方が何人かいたことも分かった。
俺の評価がどうなっているかなんて見た事ない。だが、会社の名と実績を借りられる俺と違って、傭兵の彼には大切なことだろう。まあ俺は知ったこっちゃねえんだけど。それはそれとして、イルネスカドルの皆の評価は気になるな――。
首をふるふるっと振って、思考を整える。気が散りやすくなっている、こんなんで大丈夫かな。あからさまに不審がっているスクラーロさんに、慌てて頭を下げた。
「教えて下さって助かりました。ありがとう。推薦状、問題ないです」
「……いや、負けて問題ないって言われるのも調子が狂うが……」
「大丈夫。勝負ですし、全力でやります」
「本当かよ……?」
「はい。帰宅を邪魔された恨みは大きいですよ」
思い切り睨みつけて剣を背から下ろし、鎧の留め金を外す。身一つにするのが、格闘技の対人試合のセオリーだ。訝しげにしていた彼も、瞳に戦意が宿り、甲冑を脱ぐ。増えてきた野次馬も盛り上がっていく。うるっせぇなぁ。
お互いシャツとズボン、ブーツだけになって拳を構える。今は注意力散漫な俺も、流石に緊張感が高まってきた。
スクラーロさんが懐中時計を腰元に納めたのを合図に、試合が始まった。
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