第6話 第一王子クリス

 翌日、第一王子との面会の日。

 私はメイドにより美しく着飾られ、第一王子の部屋のドアをノックした。

「・・どうぞ」

 優しく落ち着いた声が扉越しに聞こえ、中からメイドがゆっくりと扉を開ける。

「初めまして、昨日は体調が思わしくなく挨拶できずに申し訳ありません・・。

 第一王子のクリス・インフィニスです。

 病床での失礼をお許しください」

 上品な装飾に飾られた広いベッドに上半身を起こした状態で、その男はいた。

 ほっそりとして品のあるその男は、知的で整った顔つきをした、穏やかそうな人物だった。

 淡い紫色の瞳は国王様と同じ、全体的な雰囲気は少しルナに似ている。

 (瞳の色は違えど、大人になったらルナもこんな感じになるのだろうか・・)

 私はハッと我にかえる。

 婚約者との初顔合わせという大事な時に、何を考えているんだ。

 ただ・・・このクリス王子には、どこか違和感を覚える・・・。

「初めまして。ユーデスク国王女、マリア・アエキウィタスです。

 お会いできて光栄です。体調はいかがですか?」

 マリアは静かに王子のベッドに近づくと、心配そうな表情を浮かべた。

「今日は随分体調がいいんです。

 昨日は弟の遊び相手になっていただいたそうで、ありがとうございました」

 クリスは優しく微笑んだ。

 上質なシルクの袖から伸びた白く細い腕には、血管のような痣、魔紋が現れていた。

「いえ、・・素直で愛らしい弟君ですね」

 ふふっ、と柔らかい笑みを浮かべる。猫かぶりに集中しなければ。

(今まで、美しいが冷たい容姿と言われ続けてきたので、日ごろから笑顔をつくる練習は抜かりない。

 昨日はつい素がでてしまったが、兄で失敗するわけにはいかないからな・・)

 ちなみに、ルナには口止めをしておいた。

 縁談が上手くいかなかったら父上に勘当されると嘘泣きまでして、同情をひいておいたのだ。

 人がいいルナは、黙っていることを硬く約束してくれた。

 まったく、どこまでお人好しなんだか。

クリス王子はメイドに退室するよう命ずると、改めて私に向き直った。

「ルナは、素直で優しい私の自慢の弟です。

 純粋過ぎて、政治には向かない・・。

 あなたの様に野望をもつ人間も、疑うことなく信じてしまう・・」

 王子は、表情を崩すことなく、穏やかな笑みを浮かべたまま真っすぐに私を見つめる。

「あなたがたが我が国を狙うおかげで、物騒な客人まで招いてしまっているようですし、いい迷惑です。

 まあ、どなたか始末してくれたおかげで、ルナは無傷で帰ってくることができました、その点は感謝していますが」

「・・物騒な・・?何の事でしょう・・?」

 マリアはか弱い王女を演じる。

 本当のマリアを知らない人なら、華奢な容姿からして、守ってあげたくなる儚さだった。

 マリアは、妙だな・・後始末はシンが行って痕跡は残っていないはず・・と、表情には出さず疑問を感じた。

 そして、兄は私ではなく、ルナが狙われたと確信を持っている・・・。

「この度の縁談は父の気まぐれでおきた事、私の知らぬところで持ち上がった話です。遠路はるばる我が国へ来ていただいたのに恐縮ですが、私としてはこの話、お断りしたいと思っています。

 この国は戦争を知らない平和な国であり、これからもそうあるべきだと思っています。

 ・・それに、私はこの通りです。いつ命の炎が消えるかわかりません。

 私が亡き後、何よりルナを争いに巻き込みたくはないのです」

 マリアは笑みを浮かべながら、

「・・私は王族として、国の民と繁栄の為にここに訪れています。

 争いのない平和な国交をと願う思いは同じですわ?」

「常に武器を身体に所持していないといけない国と、平和な国交が結べると?」

 お互い、不自然さを感じさせないさわやかな笑顔を保ちつつ、緊張感のある問答を繰り返す。

「・・わかりましたわ」

「わかってくれましたか?」

「この国に、拒否権はない、ということです」

「・・我が国を脅す・・と?太刀打ちできるとでも?」

 クリスは笑顔のままだが、冷ややかな視線を向ける。

 脅しには屈しない、病床にいながらも、絶対的勝利への自信があるのが見て取れる。

「いいえ、貴国に力でかなわないのはわかっています。

 あなたの、その奇病の事・・」

「僕の・・?」

「治す方法を知っている、としたら?」

「!・・・」

 初めて、王子の表情が変わる。驚きと、疑いの表情が入り混じっている。

「・・・そんな方法あるわけない!

 我が国の医療をもってしても、治すことができないのに!」

 王子は、はっきりと口にした。

 この国の医療はかなり発展していて、その点においても他国から狙われる要因になっていた。

「いいえ」

 私は、近くにあった美しい装飾の長椅子に乱暴に腰を掛け、両腕を背もたれに投げ出し、ドレスの下の肌着が見えるのもお構いなく足を組んだ。

 王子は特に表情を変えず、私の次の言葉を待っている。

「ルナがお前に私の本性を話したわけではないんだろう?

 病床にいながら、国を運営し、様々な情報を知っている・・、気持ちのいい話ではないが、この国はお前の魔力の監視下にあるのだな。

 大した力だ。ますます欲しくなった」

私は降参したようにおどけて両肩を竦める。

「・・まあ、否定はしません。

 私は魔力探知能力を使って常に国全体を確認していますからね」

「・・主にはルナを監視してるんだろう?

 あいつに過保護すぎないか?それに、プライバシーの侵害だ。」

 私は、汚い物でも見るような嫌な笑みを浮かべ、苦笑した。

「危険人物が我が国へ入ってきたのですから、警戒は万全でないといけません。

 ましてや、私の父やルナ、この国の人間は人を疑うことをしらない純粋な人達ばかり。

 私の防衛能力が高くなければ、あっという間に他国に侵略されていたでしょう。

 ・・ルナは、あなたと私の縁談が上手くまとまり、あなたが義姉になることをとても歓迎しているようです。

 つくろわないあなたを把握していながら、よほど気にいったようだ」

 ふっ、と苦笑いしながら、こちらを見ている。

 それを聞いた私の胸は、なぜだか少し曇りをみせた。

「・・あなたの弟は、本当にバカだな。よく今まで生きてこれたものだ」

「そうですね・・あの子は、人を疑うという事を知りません。

 その必要がなかったという事でもありますが。

 ・・魅了魔法は使えませんがね?」

「・・あの時の馬車の揺れは、お前の仕業か」

「少々、戯れがすぎるかと思いましたので」

 クリスはやや鋭い視線を私に向ける。

 私は馬車の中での自分の行動を思い出し、少しバツが悪くなった。

 この兄は、・・・苦手なタイプだ。

「あなたがこの国に執着するのは自由です。ただ、ルナには近づかないでもらいたい」

「・・・・」

「それと・・私の病気の治療の件ですが・・・、たとえ治療方法を確立されていたとしても、あなたを信用したわけではない。

 ・・だが・・。

 ・・少し・・考えさせていただきたい」

 クリス王子はすぐにでも私の提案を断りたい様子だったが、自分がいなくなった後の弟の事が気になる様だった。

「ああ。かまわない。せいぜい寿命が尽きる前までしっかり考えるがいい。

 私としては、兄がだめなら弟を手に入れるまで。

 ルナには、我が国の繁栄の為にしっかり働いてもらうとしよう」

 私は企み顔でいやらしく微笑むと、部屋を退室するべくソファから立ち上がった。

「・・そう、上手くいくといいのですが?」

「私の事を随分気に入ってるんだろう?」

 私はそのままクリス王子の部屋を後にした。

 兄の最後の一言は、ただの負け惜しみだと、この時の私はそう思っていた。



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