第5話 晩餐会に招かれざる客

 その日の夜は盛大に晩餐会が開かれた。

 お城の晩餐会場では音楽家が美しい音楽を奏で、上品なテーブルの上に美味しそうな食事が沢山用意されている。

 お付きのメイドが飲み物をグラスに注いだり、シェフが料理を切り分けたりと忙しそうに動き回っている。

 色とりどりの物珍しい料理が次々と目の前に並べられ、マリアは、わが国の料理がいかに野性味に溢れているのかを思い知った。

「クリスは晩餐会に出席できませんが、体調は少し落ち着いてきているので明日は挨拶ができると思います。

 今夜はゆっくり食事をお楽しみください。

 新鮮な食材をふんだんに使用した、わが国の名物料理を沢山用意しました」

 国王が、笑顔で挨拶してくれる。

 もうすっかりわが国の国王と打ち解けた様で、父上も上機嫌でワインを口に運ぶ。

 挨拶を終えた国王の傍に、白い正装を着こなした愛らしい容姿の男の子が現れた。

「マリア王女様はもう第二王子と顔を合わせているようで・・。

 ルナ、改めてご挨拶を」

「はい」

 ルナは美しい所作で礼をすると、私に自己紹介をした。

「ルクス王国第二王子、ルナ・インフィニスと申します」

 年若いが、王族らしく気品ある佇まいに、我が国の従者も皆感心しているようだった。

 父と子、二人から醸し出される不思議なオーラは、他国の王族とはどこか違ってみえる。

(この国の王妃は、数年前に他界していると聞いたな・・

 ルナは幼き頃から母のぬくもりを知らないのか。

 私と同じで・・・)

 ルナの挨拶が終わり、自然に二人視線が合う。

 なぜか、お互いに少しぎこちなさを感じた。

「我が国の食事が口に合えばよろしいのですが」

 ほっほっと口ひげを触りながら優しく笑う国王は、威厳のいの字もなさそうだ。

 全身から、人が好さそうな騙されやすそうな雰囲気がにじみ出ている。

「苦手な食べ物はないですかな?

 息子のルナは苦みのある野菜や好き嫌いが多くて・・・」

「父様!僕の話はいいですから・・!」

 ルナは慌てて父の話を遮ると、顔を赤らめながらマリアの方を横目でちらりと確認する。

「大丈夫ですわ。このような素敵な晩餐会を開いていただき、ありがとうございます」

 マリアはにっこりと笑顔で返答した。

 目の前のご馳走に控えめに手を付けながら、国王とのたわいのない会話を楽しむ。

 だが、意識はどうしてもルナの方に向いてしまっていた。

 ルナは、どうやら苦手な食べ物を皿に入れられてしまい、静かに悪戦苦闘しているようだった。

 頑張って口に運んだ後、わずかに隠しきれない苦痛表情を浮かべ、さりげなく手元の水を飲み込む。

(ふっ、可愛いやつ・・・そんなに野菜が苦手なのか・・)

 思わず顔が緩む―――

 その時だった。

 国王とルナは急に会話をやめ、真剣な面持ちになった。

「父様!」

「ルナ、お前はここにいなさい、何も心配しなくていい。

 国王様、マリア様、少し失礼します」

「・・・?」

 国王はゆっくり席を立つと、会場を後にした。

 二人の真剣な表情、そばについている従者も異変を感じている様子はない。

 マリアはわけがわからず、国王が静かに広間を退室する後ろ姿を見つめていた。

 次の瞬間。

 身体がしびれるような強い魔力を感じ、思わず握っていた食器を取りこぼした。

(これは・・魔物の気配!?しかもかなり強力な・・!)

 周りにいるこの国の従者達も、この時は何かしらの異変を感じたようだった。

 マリアはスッと席を立つと、国王の後を追うように広間を飛び出した。

「シン!来い!」

「はっ!」

 シンも異変を感じ取ったのか、マリアの剣を用意すると続けて飛び出していった。

「えっ?マリア!待って―――」

 ルナは二人の後に続く。

 マリアは城の外の庭園にたどり着くとシンから剣を受け取り、城の上空を飛行する巨大な黒い竜に目を奪われる。

「これは・・邪竜か?・・面白い!

 こんな退屈な国にこんな催しが待っているとはな!」

 マリアは高鳴る気持ちを抑えられず、鞘から剣を引き抜くと自身の身体に強化魔法をかける。

 邪竜は眼を血走らせ上空で炎を吐きちらしながら暴れており、城から出てきた私達の人影を確認すると、いきなり襲い掛かってきた。

 その時、ルナが慌てて走ってきた。

「待って!マリア!?」

「ルナ!?・・危ないから私の後ろに隠れてろ!」

 マリアはルナを制してかばうように前に立ちはだかった。

 邪竜は大きく口を開け、炎を吐き出す。

 私は白銀の剣を振りかざし炎を豪快に消し去ると、意気揚々に飛び出し邪竜の喉をめがけて切りつけようとした。

 その時、国王が天を仰ぐように手をかざした。

「・・落ち着きなさい・・」

 国王の瞳が金色に輝いた次の瞬間、竜と私の身体が光を帯び、動けなくなった。

「!!?」

 次の動きの思考を奪われたような急に冷静な気持ちになり、握っていた剣が手から離れ、身体ごと地面に崩れ落ちた。

 邪竜も急におとなしくなり国王の前にその巨体をひれ伏した。

 巨大な翼と胴体による風圧と舞い上がる埃に一瞬視界を奪われ、気が付いた時には黒竜は甘えるように国王に顔をすりつけ、国王も優しく頭をなでる。

「どうしました?いつもは大人しいのに・・おや?」

 しっぽの付け根に剣が刺さっており、何か薬が塗られているようだった。

「これが原因のようですね・・ルナ、治癒士を呼んできてください」

「はい!」

「・・・国王様、今のは・・・?」

「はい、マリア様と黒竜の思考を操って落ち着かせました。私は生き物の意志を操る事ができるんです」

「な・・・高度な魔法を使えるんですね・・」

 この世界でそんな魔法を使える人間を、私は見たことがない。

 思考を操る事ができるなんて・・この力を使えば、人を操る事で国を乗っ取ったり、何でも自分の思いのままになる・・・。

 私は、背筋が凍るような恐怖を覚えた。

 国王が望めば、今この場にいる私の部下が一斉に私を殺しに来るよう仕向ける事も可能だ。

「・・この力を使って、自国を大きくしようと思われないんですか?

 各国の重鎮を意のままに操れることもできるのでは・・・」

 私はハッとした。

 (何を聞いてるんだ・・・直球すぎるだろ)

 ルナも国王様もそうだが、なぜだかつい、心の内を話してしまう。

 相手の事を知りたいと思うと同時に、私の事も知ってほしいと思うのか・・

 不思議な気持ちになる。

 国王は、嫌な顔一つせずほっほっと笑うと、「相変わらず、素直なお嬢さんだ。」と私に向き直って言った。

「相変わらず・・?」

 私は聞き間違いかと国王様に問い返す。

 国王様とお会いするのはもちろん今日が初めてだが、過去にどこかで会った事があるような、そんな気がしていた。

 国王は「ああ、いえ」と言葉少なに返すと、含みのある笑顔で話す。

「この力を使って・・ですか。そうですねえ・・」

 国王は淡い紫の瞳で私をじっと見つめる。私は先ほどの国王様の魔法を受け、自らの思考が止まった時の事を思い出し、やや警戒した。

 国王は優しく微笑むと、

「でも、それはその人達の人生を狂わせることになる。

 誰かを不幸にしてまでなしえる事、それは私の望むことではないのです」

 目の前の黒竜を優しく撫でながら、黒竜もそれに甘えるように頭を寄せる。

「人はそれぞれ色々な考えをもち、時にはぶつかり合い、時には共感し、皆で助け合いながらこの世界を作り上げ、生きていく。

 独りよがりになってしまったら、自分も皆も幸せにはなれませんから」

 国王はニコニコしながら私に言った。

 こんなにすごい力を持ちながら、自分の利益の為に使う考えは持ち合わせていないなんて。

「国王様は、素晴らしい人格者なのですね・・・」

「私も若いころはやんちゃしていましたぞ?」

 国王はほっほっと軽やかに笑う。

 そうこうしているうちに、数人の騎士団員が青黒い剣を尾の付け根から引き抜く。竜が痛みで暴れない様に国王はずっと付き添っていた。

 マリアは剣を鞘に納めると、傍に仕えていたシンに密かに目くばせした。

「シン・・あの剣・・」

「はい・・恐らく、マリア王女のお考えどうり、わが国の物かと」

「・・今回の縁談が、随分気に入らない様だ」

 私は小さくため息をついた。

 その時、数人の治癒魔法士を引き連れルナが戻ってきた。

「マリアは怪我はない!?」

「ルナ。ああ、問題ない。

 久々に手ごたえのありそうなヤツに出会えてワクワクしてたんだがな・・!

この国にはあんなに強い魔物もいるのか?この前完成した秘技を試すチャンスだったんだ・・が・・・」

 そこまで言ってハッと我に返り、ルナの方を見る。

 表情なく、瞬きも忘れてぽかんとしていた。

 女性が剣を持って暴れるなど、この国ではありえないだろう。

 戦いや血を見るのが好きとか、もってのほかだ。

 私は咳ばらいを一つすると、何事もなかったようにそっと剣を鞘に戻しそばで控えていたシンに手渡した。

(引いたか・・・?女性らしさの欠片もないと思われた・・?)

「・・ルナ、あの・・」

 ルナにどう言い訳しようか、あれこれ考えるが何も思い浮かばない。

「かっこいい・・!」

「ん?」

 私の予想と違い、ルナはパッと瞳をキラキラさせ、私を羨望の眼差しで見ていた。

「僕も、マリアみたいに強くなりたい・・!

 黒竜の炎を剣で薙ぎ払ったり、あんなの見たの初めて・・!

 どうやったらそんなに強くなれるの!?」

「え?」

 ルナは少し興奮気味に私に詰め寄ってくる。面食らった私はルナを制しながら、

「・・い、今のは幻だ!忘れろ!」

「幻じゃないよ!僕見たんだから!」

 私はルナに問答されながら晩餐会場に戻り、国王はそんな二人を見つめながら、

「・・問題ありませんね、あの王女様なら・・」

 そう小さくつぶやくと、傷の癒えた黒竜が飛び去った空をいつまでも眺めていた。


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