第4話 王子とお祭り

「ふう、食べたな・・」

「美味しかった?」

「ああ・・」

 少し人込みから離れたベンチに二人。

 ルナが着ていた上着をベンチに敷いてくれて、私はその上に腰掛けていた。

 見ず知らずの街で、庶民の食べ物を堪能する羽目になるとは思ってもみなかったが・・。

(まあ、悪くはないな)

 ちらりとルナを見ると、口にソースがついている。

「ルナ、口にソースがついているぞ?」

「えっ、ほんと・・・」

 ルナは慌てて手で拭おうとしているが、違う場所だ。

 私はルナの顎に指をかけて顔を上げさせ、親指で唇に付いたソースを拭ってやる。

 その指を、ペロッと舐めた。

「!?」

 ルナはビクッとして赤面した。

「・・ん。まだついてるな・・・」

 私はもう一度指で拭おうとした。

「だ、だだだいじょうぶ!!自分で拭けるから!!」

 ルナは焦りながら、自分の服の袖で乱暴に口周りを拭った。

「食べ物はもういいよね!

 つ、次、あの店はどう!?」

 ルナが指刺した店は、的あてのお店。

「ん、面白そうだ」

 棚にいろいろな商品が並べてあり、ウサギのぬいぐるみや、おもちゃの剣などたくさん置いてある。木で作られたナイフを投げ、当てて落とす仕組みらしい。

 ルナがまず見本をみせてくれた。

 ウサギのぬいぐるみを狙って投げるが、商品の重さがあるため、木製ナイフが当たっても揺れるだけで落ちる気配がない。

「うーん・・難しいな・・・」

 一向に動こうとしないウサギのぬいぐるみだが、どうしても欲しいのか、なかなか諦めようとしない。

「魔法を使えばいいんじゃないか?」

 私はこっそりルナに耳打ちした。

 ルナは真剣な表情で、

「それじゃダメだよ。ズルして手に入れてもちっとも嬉しくない・・」

「真面目なんだな・・」

 私はルナに並んで、木製のナイフを手に取った。

「今度は、私がやってみよう」

「え?」

 驚くルナを後目に、木製のナイフを軽く弄び重さを確認する。

「・・店主様、特別に自分が持っているナイフを使ってもいいかしら?

これは軽すぎるからしっくりこなくて・・」

 少し首をかしげながら、愛らしく懇願してみる。

 店主はちょっと驚きながら、

「持参ナイフ?!・・・まあ、いいか。ルナ王子のお連れさんだし・・

 美人さんのお願いだし!!」

最後の一言に力が入っている。

 店主はナイフを持ち歩いてるのかと疑問に思ったようだが、一見か弱い少女である私をみて特に問題ないかと思ったのだろう、果物ナイフでももちあるいているのかな・・と言ったところか。

 私は胸の谷間から、王家の紋章が刻んである美しい短剣を取り出した。普段から小型のナイフを隠し入れていて、これは心臓を守る役割も果たしている。

「!?」

 ルナやその場の一同は赤面と同時にギョッとした。

 マリアは手慣れた様子でナイフを構えると、ウサギを目がけてナイフを投げた。

 ヒュッ!!!

 鋭く風を切ったナイフは、目で追うこともできない速度でウサギの耳をかすって落とし、そのまま店の裏の林の茂みに飛んで行った。

 ルナも店主も、その場にいた一同も、閃光のようなナイフの勢いに目が追い付かず、一瞬息をのんだ。

「勢いがつきすぎたな・・・ルナ、私はナイフを取ってくるから、店主からウサギのぬいぐるみを受け取っておいてくれ」

 何事もなかったかのように、にっこり微笑む。

「・・あ、う、うん・・」

 ルナは、私のナイフさばきに驚いた様子で、言葉少なにうなずいた。

 私は足早に店の裏手に回り、周りに誰もいないことを確認するとそこに倒れている男に近づいていった。

 私が投げた短剣で心臓を一突きされ、絶命している。

 マリアは顔色一つ変えることなく男の身体に触れ死亡を確認すると、男が所持していた武器や国の紋章がないか手早く調べた。

 紋章のついているものはさすがに所持してはいなかったが、着ている服の素材など、この国の者ではない事はわかる。

「・・シン」

「はい」いつの間にかそばに、黒の軍服に身を包んだ若い男が立っていた。

「この死体を始末しろ。ルナやこの国の王族には悟られないようにな・・」

「わかりました」

「この男・・ルナを狙っていた。

 ・・この国に滞在中は、ルナの護衛に集中してくれ。

 今回縁談が持ち上がったことで、奴はこの国の王子の命を狙ってきている」

「はっ」

 私は、シンから新しい短剣を受け取り、自分の衣服に血液がついていないことを確認するとその場を足早に離れてルナのもとへ戻った。

「マリア!」

 ルナは私の姿を確認すると、ウサギのぬいぐるみを抱えて走ってきた。

 なかなか戻らない私を探していたのか、そんな心配は皆無なんだが・・。

「よかった、戻ってこないから心配で・・!」

「ああ、心配かけたな」

 無傷の私を確認すると、ホッとしたように安堵の笑みを浮かべる。

 ふと、空をみると夕焼けが少しずつ暮れてきていて、うっすらと闇が広がっていた。

「・・・マリア、暗くなってきたから、そろそろお城にもどらないと・・」

「ん?まだ、そんなに暗くないと思うが?」

「えっと・・皆が心配するといけないから・・・

 本当は、花火を見せてあげたかったんだけど・・ごめんね・・・」

 寂しそうな表情を見せるルナに、私は淡々と答える。

「かまわない、十分楽しめた。ところで花火ってなんだ?」

「夜空に、火魔法を使って色んな形をした光の花を打ち上げるんだ。

とっても綺麗なんだよ?

 いつか・・一緒にみたいな・・・」

 ルナはかなわない夢に思いをはせるように、寂しげに微笑んだ。

「そうか。じゃあ、それは次だな」

「え・・?」

 マリアは何気なく返答し、ルナの手を掴むと待たせている馬車の方に歩き出す。

 ルナはマリアの手の力強さを嬉しく感じながら、ほのかに自分の中に芽生えた想いを感じていた。

 その後は、兄に渡す飴を買って馬車に乗り込み、早急に帰路につく。

 シンに頼んでひそかに護衛を増やし、帰り道で異変を感じたらすぐに対処できるようにした。

 馬車の中では、何も知らないルナが楽しそうに今日の出来事を話している。

「マリア、すごいね!ナイフ投げとか、護身術で習ってるの?」

「ま・・あ、そうだな、たしなむ程度だ」

 あまり深くは話さない方がいいだろう、野蛮な国の危ない王女とか思われたくないし・・。

「このウサギは、ルナにプレゼントだ」

「えっ?」

「欲しかったんだろう?最初から躍起になって狙ってた」

 マリアからウサギのぬいぐるみを渡され、ルナは慌てて否定した。

「僕はマリアにあげようと思って・・!

 女の子は皆、可愛いものが好きでしょ?・・とってあげられなかったけど・・」

 ルナはションボリうつむいて、肩を落としている。

「いいところ、見せたかったのに・・マリアにはカッコ悪い所ばっかり見せてる気がする・・・」

(確かに・・・)

 私に押しつぶされたり、口についたソースを拭ってもらったり、弱音を吐いて慰めてもらったり・・と言ったところか。

「いい所は十分みせてもらったが?」

 ふっと、ルナをみて微笑む。

「いいよ、そんな気休め・・・」

 ルナはちょっとむくれて、腕に抱いていたうさぎのぬいぐるみに顔を埋める。

「ルナ・・お前は純粋で、優しくて・・人々の心の支えになれる人間だ。

 だから街の皆もお前を慕ってる。

 お前には不思議な魅力があるんだな・・・」

「え・・?」

 ルナの純粋な部分に触れて、自分の中の何かが・・少し変わってきている気がした。

 この気持ちは一体・・・。

 私は、ルナの顔を見たくなり、ぬいぐるみに埋まった顔を力ずくでこちらに向けさせる。

 ルナは、じっと私に見つめられ、いたたまれなくなったように頬を赤らめ顔を背けようとした。

「ルナ、逸らされると、顔が良く見えない」

「!?・・な、何でそんなに見るの・・?」

 私は両手で頬をはさみ、無理やりルナをこっちに向かせた。

 ルナは赤面し、緊張しているのか身体がこわばり、ウサギのぬいぐるみを抱く腕に、力が入った。

 それでもかまわず、ルナの引き込まれそうな琥珀色の瞳に見入ってしまう。

(宝石のようにキラキラ輝いて、透き通る美しさだ・・・)

「綺麗だな・・・」

「えっ・・・」

 この国の王族は皆美しい瞳の色を持っているが,ルナの琥珀色の瞳は特に美しいと思う。

(そういえば、ルナが魔法を使う時は、金色に光っていたな・・あれも、綺麗だった・・)

 そんなことを、ぼんやり考える。

「マ、マリア・・?」

 マリアの顔がゆっくりと近づいて、吐息がルナの鼻先に優しく触れる。

 ルナの鼓動は緊張で高鳴り全身が硬直して、たまらず、両眼を硬く閉じた。

 いつの間にかマリアの視線はルナの唇に向いていて、ゆっくりと確実に、自分の唇と重ね合わせようとしていた・・・。

 その時、

 ガタン!と馬車が大きく揺れ、マリアはハッと我にかえった。

 ルナの身体をグイっと自分から引き離す。

「・・・まだ口にソースがついていると思ったが、気のせいだったようだ」

「え・・えっ!?」

 ルナは慌てて、「そ、そうなんだ・・」と顔を背け、そのまま馬車の窓から外を見た。

(・・口づけ、されるかと・・思った)

 馬車の窓に映ったルナは、勘違いしていた動揺を隠しきれず恥ずかしそうに顔を赤らめ、うつむいている。

 マリアも、ルナから離れ姿勢を整えた。

(・・口づけ・・するところだった・・?・・私が・・・?)

 自分の行動が信じられなかった。

「・・魅了魔法でも使えるのか?・・恐ろしいヤツだな・・」

 自分自身にしか聞こえない様な小声でつぶやく。

 自らが起こした行動に、理由が必要だった。

 ほんのり染まった自身の頬の熱を冷ますように、マリアは窓の景色に異変がないか集中し警戒した。

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