第3話 魔法華と時魔法

 城で軽装のワンピースに着替えた後、コッソリ城を抜け出す。

 平和慣れしているのか、城のメイドも私達の行動を止めることはしなかった。

 こういう事はよくあるのかもしれないし、国自体が平和すぎるのかもしれない。

 少人数の兵士を引き連れ、馬車を出してもらう。

(・・大丈夫なのか、この国は・・・?)

 馬車の中では私とルナが向かい合わせで座っており、ルナの足元にはフェンリルが寄り添っている。

 ゴロゴロと喉を鳴らして、ルナに頬ずりをし、かなり懐いているようだった。

 フェルはルナの視線が反れたタイミングでちらりとマリアを見ると、嘲笑うように鼻を鳴らした。

「・・・・・」

 私は冷静さを失わないように感情のない笑みを浮かべると、手元にある剣の柄に手をかけた。

 我が王家に代々伝わる『審判の剣』、いついかなる時も手元に置いている。

(ルナは聖獣がいるから大丈夫だと言っていたが、あの態度からしてフェンリル的に私は護衛範囲外だ。まあ、自衛できるから問題はないが・・)

 私はかなり強い。身体強化魔法と剣術で、おそらく私にかなうものは自国では父だけだろう。

 そして、我が家の家宝であるこの『審判の剣』、罪深き罪人を裁くこの剣は、治癒魔法では癒せない傷を作る。

 罪を忘れる事無くその身体に刻み、後悔させる為だ。

 私に悪態をつくこの聖獣にはどれほどの効果があるのか、試してもいいのだが・・・?

 企むような黒い微笑みを浮かべフェンリルを見つめ、フェンリルはそんなマリアに身震いをした。

 フェンリルはそんな危機を知らせに、慌ててルナにすり寄る。

「フェル?どうしたの?お腹空いた?」

 ルナは優しくフェンリルの頭を撫でる。

 フェルの不安は全く伝わっていない様だ。

 街でよく見る平民の男の子というラフな身なりのルナは、私と眼が合うとにっこり微笑む。

「マリア様」

「・・マリアでいい」

「じゃあ、マリア・・僕も、ルナでいいよ」

 ルナは、私の衣装をまじまじと眺める。

「うん、白いワンピース、マリアにとっても似合ってる・・」

 少し頬を照らしながら、嬉しそうに言った。

 この国のメイドに軽装を依頼したら、出してきた衣装が白と桃色だけだったからな・・。特に、桃色の服の方はくどいほどフリルが付いていたから、消去法で白のワンピースになった。

「・・そうか?・・自国じゃあんまりワンピースやドレスは・・特に白は着ないな・・、好きじゃない」

 紅い瞳と白銀の髪にあわせ、はっきりした色合いの赤や黒のドレスが多かった。

「そうなの?優しい色合いの方がマリアに似合うと思うけど・・」

 そんな事、初めて言われたな・・。

「ふふっ、身軽になってよかったね、一杯食べられるよ?」

 ルナは少しからかうように、楽しそうに微笑む。

「そうだな。腰回りは楽になったが・・、少し胸元がキツイな・・」

 私は胸元に指を入れ、少し衣装をずらして見せた。

 わずかに胸の谷間が見え、ルナの視線が一瞬私の胸元に釘付けになる。

「!・・え、そ・・そっか・・!」

 ルナは慌てて顔を逸らすと、軽く咳ばらいをした。

 困ったような表情で顔から耳まで真っ赤だ。

(純情なやつだな・・・)

 ルナは気持ちを落ち着かせ、改めてマリアに向き直ると、

「この国では、花嫁は必ず白のドレスで結婚式を挙げるんだよ?

 白は幸せの色なんだ」

「そうか・・・、私の国では特に決まりはない。

 夫になる人の好みに合わせる事が多いな・・・」

「そうなんだ?国によって色々あるんだね。

 えっと・・それと、これ・・・」

 手にもっていた一凛の魔力華を差し出し、綺麗に結わえた髪にさしてくれた。

「・・この花は・・」

「うん、この国でしか咲かない花だよ、魔力が栄養になっていて、魔法華って言う花なんだ。薬にもなる貴重な花だよ」

 ルナが髪にさしてくれたその花は、例の不思議な香りのユリに似た花だった。

(そんな貴重な花だったのか・・。)

「・・いいのか?大事な花なのだろう?それを、こんな・・」

「うん、これも正しい使い方だよ。

 この花の花言葉は、愛情・永遠の愛・・よく男性から女性へのプロポーズにも使われるんだけど、お花を受け取った女性は、お礼に男性の頬にキスをするしきたりがあるんだ・・・。

 結婚式のブーケにも使われるんだよ、マリアも、兄さまとの結婚式でブーケを送ってもらったらいいよ!」

 ルナは少し頬を赤らめ、ふわりと優しく微笑んだ。

 兄の幸せをまるで自分の事の様に喜んでいる様だった。

「ふうん・・・」

 私はあまりジンクスとか色恋に興味がないので反応が薄い。

「綺麗な花でしょ?僕の大好きな花なんだ!」

「まあ、そうだな・・」

(確かに・・心が洗われるような・・・実に美しい花だ・・)

「・・・私の国に持ち帰れば枯れてしまうな・・、この国のように魔素が濃い場所もないし・・」

 そこまで口にして、はっとした。

 自分でも信じられない言葉だ、花なんて今までいくつももらった事があるし、正直もらっても邪魔なだけで興味もない。

 部屋に飾って眺めるなどという習慣もなかった。

 だけど・・この花は、枯れてほしくないと、永遠に眺めていたいと、純粋に思った。

「じゃあ、魔法をかけてあげる!時を止める魔法だよ?」

「え・・・?」

 ルナの琥珀色の瞳が再びゆらりと金色に輝いて、魔力華は一瞬優しい輝きを見せた。

「これでもう枯れないよ、どこに持って行っても」

「え・・、今の・・・?」

「この花の時を止めたんだ」

「時を?」

私は魔法華の花弁にそっと触れてみる。瑞々しい花弁についたわずかな朝露も、茎を手折った時についたであろう花粉も、動きを見せる事無く静かに時を止めているようにみえた。

 ルナは私より2歳年下の14歳だ、その若さで使い魔を持ち、時を操る魔法を使えるのか・・・?

(兄と結婚することができたら、ルナも義弟と言う形で手に入れることができる・・幸い、私に懐いているし・・)

 私は利益的な興味でルナを見つめた。

「マリアの頬の傷を治したのは、時を戻したからだよ。僕は治癒魔法は使えないんだ。だから、すごくなんかない。

 ・・もっと、兄さまの病気が治せたり、皆が幸せになれるような力があったらよかったのに・・・。

 だから、ぼくは何の役にもた立てないんだ・・」

 困ったような、情けないような表情で私を見て微笑む。

(・・ルナは、人が幸せになる為にだけ魔法を使いたいのか・・・)

 私からすれば、もったいない限りだが・・・もし私がそんな力を持っていたら、他国への侵略の限りを尽くすがな?

「何の役にも立てないことはないだろ?

 病気の兄の為に、これから飴を買いに行って、喜んでもらうんだから」

 ルナは一瞬きょとんとしたが、本来の目的を思い出し、元気を取り戻したようだった。

「・・そっか、そうだよね!」

 さっきまで落ち込んでいたのに、ぱっと万遍の笑顔でこっちを見る。

「美味しい飴をたべたら、兄さま嬉しくて元気出るよね!」

 落ち込んだり、笑ったり・・・コロコロ表情が変わって忙しいやつ・・。

 私に気を使わせないように無理に笑顔を作っているんだろう。

 私はふっと微笑み返して、この国や家族の事を楽しそうに話すルナを眺めていた。

 しばらくすると馬車は街へ到着し、目立たない路地の一角で二人は馬車を降りた。

 ルナは、馬車から降りる時に私の手をとりエスコートしてくれる。

 エスコートなんて慣れているはずなのに、ルナの手の平に自分の指を重ねる際、少し戸惑いを感じながら街に降り立つ。

 街は小さいながら、人々の笑顔と活気でにぎわっていた。

 露店には果物や服、日用品や装飾品など、様々な物資が潤う。

 この国は資源の源となる鉱石などが豊富に採れるため、外交が潤っている。その為、隣国も関係を深めたがっているが、婚姻となると今の所我が国が有利というわけだ。

「マリア、こっち!」

 ルナは私の手を握って、楽しそうに走り出す。私は、周囲に不審な動きがないか警戒しながらルナに付いていった。

(しかし・・この王子・・・警戒心がなさすぎないか?)

 お店が立ち並ぶ街並みに足を運ぶと、沢山の人でにぎわいを見せていた。そんな中、街の人々がルナの姿を見つけ嬉しそうに話しかけてきた。

「ルナ王子!果物食べて行って?この前は畑仕事手伝ってくれてありがとう!もう腰の痛みもなくなって元気になったよ!」

「ルナ様、この串焼き食べて行って!この前猛獣を退治してくれて、安心して狩りに出られるようになったんだ!」

「王子様が好きな甘いお菓子、新作が出たんだよ、もう食べた?!」

 あちこちから声をかけられる。完全に身バレしてるじゃないか?

 ルナは声をかけられるたび、あちこちの店に寄っていき、私は忙しくそれに付き合わされる。

「ありがとう!・・あ、これも美味しそう!これは何?すっごく綺麗!」

 街の人達も気兼ねなくルナに接していて、街の人々との距離がかなり近い。

 ルナは街の人に手渡された串肉を美味しそうにほおばる。

 私はそれを怪訝な表情で見つめた。

「・・パクパク食べてるけど、毒見はいいのか?

 そこに付いてきてる護衛にでも先に食べさせたほうがいいんじゃないか?」

「ん?毒見?なんで?」

 ルナはきょとんとして、街の人にもらったお菓子や串焼きを抱えている。

「マリアは嫌いなものはない?これとか美味しいよ!

 はい、あーん!」

 肉の串焼きを、いきなり口にねじ込まれる。

「ちょ・・!」

「僕が先に食べて何ともなかったんだし、心配ないでしょ?」

 口に入れられた串焼きをしぶしぶかみしめる。

 何があるかわからないし、異国のしかも庶民の食べ物などすぐに吐き出したかったが、ルナの満足そうな笑みに躊躇してしまい、それはできなかった。

(まあ、解毒剤位は持ち歩いているからいいか・・・)

「・・ん・・?」

 私は口の周りについたソースを舌で拭うと、再び肉にかじりついた。

「・・意外にいけるな・・・。

 少し肉は硬いがうまみがある、このソースもフルーティーで合うな・・そっちの串は何の肉なんだ?」

 他の串にも興味がわいてくる。

 そんな私に、ルナは嬉しそうに一つ一つ説明してくれた。

「これはイノシシの肉だよ、こっちはね・・」

 気がついたら、色々な種類の串・お菓子や果物を食べている。

 完全にルナのペースにのまれていた。

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