第2話 王子との出会い

 ぐう~・・・

 お腹の虫が鳴る。

「はあ・・お腹空いた・・・。目的なく歩いてると益々空いてくるな」

 出国前に食事は口にしてきたが、慣れないドレスのコルセットがきつくてあまり食べる事ができなかった。

 ヒールの高い美しい装飾の靴で、芝生の生えた地面を目的もなく歩く。気が付くと、木の茂った森を抜け、一面に白い花が咲いている場所に出ていた。

「・・これは・・」

 ユリのような、美しい白い花が一面に咲いている。

 この国に降り立った時に嗅いだ、あの香り・・。

「この花の香りか・・・」

 私はゆっくりとその花が咲き溢れている場所へ近づき、そっと一輪の花の花弁に触れてみる。

 心が洗われるような、落ち着くような、不思議な気持ちになった。

 香りだけでなく、朝露が花弁について輝いているその花は、花に興味がない私でさえ、その凛とした佇まいに目を奪われるほどだった。

 そっと花弁に手を伸ばし、触れようとした、その時だった。

 その花畑の中心に大きな大木があり、そばに美しい毛並みの白い狼らしき獣がいた。白い狼はちらりとこちらを確認すると、そのまま遠くに走っていってしまった。

「あれは・・・聖獣?!」

 あきらかに動物じゃない、あの神秘的な雰囲気。

 魔力が豊富なこの国ならではの神秘かもしれない。

 私はその後を追いかけようと駆け出したが、すぐに見失ってしまった。

 ドレスじゃ上手く走れない。

 白い狼の姿が見えなくなった方を見て、がっくり肩をおとす。

「ああ・・捕まえられたら、聖獣と契約とかできたかもしれないのに・・」

 聖獣を従えられる機会なんて一生に一度あるかないかだ・・。

「惜しかったな・・・」

 ふと、空を見上げると大きな大木に美味しそうな果物がなっているのが見えた。

 早速ドレスの裾をまくり上げて木に登る。

 木の幹にドレスが引っ掛かり、美しい布地が所々に破れるのもかまわずすいすいと上に登っていく。

 大きな木の枝にまたがり、近くになっている美味しそうな実をもいで、かぶりついた。

「・・この果物美味いな!こんな姿、父上にみられたら大目玉だが・・」

 私は本来の男口調に戻り、木の幹に背中をあずけ枝にまたがった姿で甘く瑞々しい果物を口に運ぶ。

 心地よいそよ風に、優しい太陽の光、小鳥のさえずり・・・。

 この国は本当に平和だ。

「・・たいくつな国だな・・・」

 私は心底うんざりしながら、かじり終わった果物の芯を投げ捨てた。

「いたっ!」

「ん?」

 下に人がいたのか?私は慌てて声のする方に視線を向けようとして、身体の向きを変えた。その瞬間、枝に添えていた手をすべらせバランスを崩した。

「!!」

 地面に向けて身体が落下していく。

 もう少し高さがあったら、慣れないドレスじゃなかったら、上手く着地できたのだが・・と、冷静に判断しながら、地面激突の衝撃を覚悟した。

「・・女神・・?」

 小さなささやきが聞こえたような気がした。

 ドスッ!!

 下にいた人物は、人一人の体重と落下の勢いをまともに受け止め、思いっきり地面に背中を打ちつけた。

「ウぐッ!!」

(?何だか、変なうめき声が聞こえた様な・・)

 私はむくりと上半身を起こすと、身体の下の柔らかい地面に違和感を覚えた。

「・・・?・・痛くないな・・・」

(思いっきり地面に身体を打ちつけたはず・・)

 見ると、見知らぬ男の子を下敷きにしていた。男の子は地面に伏せた状態で、私のお尻の下に下敷きになっていた。

「・・ど・・どい・・て・・」男の子は息も絶え絶えに、苦しそうな声を上げている。

「ああ・・、すまない、大丈夫か?見たところひ弱そうだし、骨とかおれてないか?」

 一応相手を心配するような言葉をかけるが、落下はこいつのせいでもあるので、私の言葉に少しトゲがあったかもしれない。

 私は立ち上がり、倒れた少年の身体を起こそうと手を差し出した。

 少年は不快感をあらわに、私の手を払いのけた。

「僕はひ弱じゃない!」

 少年は少しよろけながら立ち上がり、服についた土を払った。

 どうやら私は、彼のプライドを傷つけてしまったらしい・・。

 少年は柔らかそうな明るい茶色の髪に、琥珀色の大きな瞳、女の子と間違えてしまいそうな長いまつ毛の愛らしい顔、背丈は私と同じくらいの華奢な体つきをしていた。

 服装は高級な生地に細かい刺繍や細工が施してある貴族の正装で、腰には剣を携えており、柄の部分にはこの国の紋章が刻んである。

(王族・・?この国には第一王子しかいないと聞いているが・・? )

 私は、ハッとした。

「大変失礼しました・・私はユーデスク国の王女マリアと申します、どうかご無礼をお許しください。

 お怪我はありませんか・・?」

 ボロボロの汚れた真っ赤なドレスで華麗なカーテシーを行い、ちらりと横目でルナを見た。

 (もう、手遅れか?さすがに)

「・・いいよ、別に・・、ケガもしてないし」

 男の子は自分の身なりを整えると、改めてこちらに向き直った。

「僕は、この国の第二王子、ルナといいます」

 私に向かって恭しく礼をする、その美しい所作に、王族である事を疑う余地はなかった。

「・・第二王子の、ルナ様・・・?

 この国に第二王子がいる事は伺っていなかったので、驚いてしまいました・・申し訳ありません」

 私は正直に答えると、やや困惑した表情で恐縮しルナに謝罪した。

(弟がいたのか・・・)

「・・・事情があって・・ご存じないのも当然です。気になさらないで下さい」

 ルナはそんな私の様子を気遣うようにこちらを見ると、少し申し訳なさそうな顔を見せる。私はホッと息をついた。

 結婚相手の弟の機嫌を損ね、その上怪我でもさせてしまったら、婚姻話も白紙になるかもしれない。父上の怒り・落胆は大変なものだろう、それだけは避けたい。

(しかし、せっかく正装して猫かぶって大人しくしていたのに、作戦が台無しだ)

 私は乱れた髪を直そうと、顔にはりついた髪に触れた。

「痛・・」

 指先に血がついた、枝で頬を切っているらしい。

 それに気が付いたルナ王子は、心配そうに顔を覗き込んできた。

「君、顔ケガしてる・・!」

 慌てた様子のルナ王子と対象に、私はあっけらかんと答える。

「ああ、大したことはありません、戦場や訓練ではもっと大きな怪我もしますし。この程度の傷、つばでもつけておけば治―――」

 ああ、しゃべれば色々ぼろがでてしまうな・・と思いながら、私はドレスの袖で無造作に頬の血を拭おうとした。

「ちょ・・待って!」

 ルナは、そっとマリアの傷ついた頬に手を添える。次の瞬間、琥珀色の瞳がゆらりと金色にきらめいた。

 暖かく、澄んだ美しい金色の瞳に、思わず引き込まれそうになる・・・。

 同時に、頬に一瞬優しい熱が伝わり、不快な痛みがなくなった。

「えっ・・?」

 私は、そっと手で頬に触れてみる。どこにも傷がない。治癒魔法・・?

「・・はい、これでいいよ。

 女の子なんだから、顔に傷とか・・もう少し気を付けた方がいいよ?」

 ルナは、半ば呆れたようにため息まじりでつぶやいた。

「せっかく綺麗なんだから・・瞳の色だって、澄んでて薔薇の花のようにきらきらして、白銀に輝くその髪も、絹のようにしなやかで、まるで絵本に出てくる女神様のような・・・」

 そこまで言いかけてハッとする。

「な・・なんでもない・・・」

 慌てて口を閉ざし、顔を赤らめそっぽを向く王子を見て、私は・・。

「・・・・」

 自分の頬がほんの少しだけ、熱を帯びているのを感じた。

 全体的な容姿については自分でも美しく整っている方だとは思うし、周りからもよく言われる為、聴き慣れている。だが、髪も瞳も人間離れした狂気の美しさと言われ、近づく人を圧倒させる冷たい雰囲気をかもし出しており、今まで瞳の色や髪の色など、自分の容姿についてこんな風に褒められた事はなかった。

 ・・だから、少し動揺してしまったのかもしれない。

「・・あ、の、ところで、こんなところで何を?」

 やや緊張した趣でこちらを確認しながら、ルナが口を開いた。

「・・美しい庭を散歩していたら、少し遠くまで来てしまって・・」

 にっこりと、美しい笑顔と裏声を作りながら答える。

 ルナは、足元に転がっている数個の果物の芯を見つめながら、

「僕には色々つくろわなくていいよ?今さらだし・・・。ひょっとして・・、お腹すいてたの?」

 まあ、ばれるよな・・と、マリアは苦笑いをした。

「・・出国時、食事はとってきたんだが・・・コルセットがきつくてほとんど食べられなかった。いつも3~4人前は食べるからな・・」

 ルナは一瞬きょとんとした後、我慢しきれなくなり吹き出した。

「ぷっ!なにそれ!」

 くっくっと何とか笑いを押さえようと必死だ。

「じゃあ、果物だけじゃ足りないよね?」

 涙目になりながらこっちを見る。

「ま・・あ・・」

 自分で大食いだと言ってしまったわけだが、もうその線には触れてほしくないな・・と思う。

 いつもは何とも思わない事だが、女神とか言われた後だからか?・・妙に恥ずかしい。

「じゃあ、今から僕と街に行こうよ!お祭りで屋台が沢山出てるんだ!美味しいものもいっぱいあるよ!夕食までまだ時間があるし・・・

 城に一度戻って楽な服に着替えて行こう!そうしたらお腹いっぱい食べられるでしょ?」

 ルナは楽しそうに笑顔で提案してくる。私の素はばれてしまったわけだが、それに対して嫌悪感などはなく、出会ったばかりなのに、妙に距離が近い。

 それにしても、さっきまで機嫌悪かったのに、もう笑顔か。

 忙しいやつ・・。

「いや、お誘いはありがたいが、遠慮しておく。

 いくらこの国が平和とはいえ、自国の王子と他国の王女が街へ出て、何かあれば国同士の争いにもなりかねない」

 私はルナと距離をとりながら、きっぱりと断りを入れる。

 祭りにもこの国にも興味がない。

 今回の婚姻を成功させる目的は、この国を挟んだ隣国の大国に攻め入る為、外堀を埋める意味がある。

 だから、必然的にこの国は戦争に巻き込まれる事になるのだが・・。

「大丈夫だよ!・・フェンリル!!」

 ルナが名を呼ぶと何処からか強い風が吹いて、さっき見た毛並みの美しい狼が現れた。

「!・・さっきの・・白い狼!」

 遠くからだったのでわからなかったが、白銀の毛並みの他に美しい瞳を持ったその獣魔は、全身から魔力をほとばらせていた。

「僕の聖獣だよ、僕の魔力と引き換えに契約してるんだ。すっごく強いんだよ!」

「魔力と引き換えに契約・・」

 ルナの魔力を源に従えてるのか、この国の王族は魔力が本当に強いんだな・・。

 通常の人間の魔力量では、獣魔を従えさせるのは無理だろう、一瞬で喰われて終わりだ。

 (父上の言う通り、我が国とこの国のつながりができたら、この上ない権力を手に入れる事ができそうだ・・・)

 それにしても・・・。

(フェンリルなんて、本の中でしか見たことがなかった、実在するんだな・・)

 キラキラした美しい毛並みと気品高いオーラがあふれており、見る人を圧倒させる迫力があった。

 私は思わず、その毛並みに触れようと手を伸ばす。

 フェンリルは、ちらりとマリアを見て、「フン」と顔を背けると、ルナにすり寄った。

「フェンリル、マリアにちゃんと挨拶しないとだめだよ?」

 ルナにたしなめられると、フェンリルは不満そうに小さく唸って、その場に伏せをした。

 私の心の企みを見抜いているのか。

 それを抜いても・・・。なんだか・・私とは気が合わなそうだ。

 マリアは一瞬にして先ほどまでの感動が冷め、ひややかな目でフェンリルを見た。

「しかし、契約獣がいるとは・・。維持するだけでも大変だと思うが、ルナは魔力強がいんだな?すごいな・・」

 ルナは、私の言葉を聞くとうつむき気味になり、表情を曇らせ語気を弱める。

「・・ぜんぜん、すごくないよ・・こんな力、いらない・・・」

 表情に影を落とし、本気で言っている事がわかる。

(・・触れてはいけない話題だったか?)

 ルナはハッと我にかえり何もなかったように笑顔を作るが、無理して作ったそれは、わずかに泣きそうな表情にも見えた。

「そういえば、マリアは兄様に会ってないんだよね?明日はたぶん面会できると思うよ!兄様が好きな飴、お祭りの屋台で売ってて・・だから買いに行こうと思って!」

 私が気を使わない様に話題を変えると、祭りの見所など楽しそうにいろいろ教えてくれた。

(兄の事が大好きなんだな・・・。

 私が聞いた情報では、第一王子の体調はあまり思わしくなく、一日をほぼベッドで過ごしているとの事だったが・・)

 兄思いの弟・・・気丈に振舞う姿勢が、健気に感じさせる。

 兄が他界する様な事があれば、この弟のダメージはかなりのものだろう。

「わかった。そこまで言うなら付き合おう」

「やった!暗くなる前に早く城に戻って支度しよう!」

 ルナはちらりと夕暮れを確認し、私の手をとり城に向けて小走りで歩き出す。

 年下なのだろうが、私より少し大きな手が私の手をしっかり包み込む。

 私はその手を握り返す事はせず、繋がれたまま、歩き出した。

「暗くなると心細いのか?」

「そ、そそそんな事ないよ?」

 そういう事にしておいてやるか・・まあ、義弟になるわけだしな。

 ・・つきあってやるか。

 マリアは気が乗らないまま、楽しそうに話すルナと、不機嫌に唸り声をあげるフェルに挟まれ歩き出した。

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