runa

@taiyaki100

第1話 平和の国の夢物語

 昔々、争いを好まない小さな国がありました。

その国を中心にして、四方に十字架のような形で広がる四つの大きな国。

その四つの国はそれぞれ他国を侵略すべく、機会を狙っていました。

 しかし、中心にある小さな国によってそれぞれの国の交流は制限され、お互い平和を保っていました。

 そんなある日、小さな国の王子は四方に広がる一つの国の姫と出会い、恋に落ちました。

 二人は結婚し幸せに暮らしていましたが、王子を手に入れたその国は他国を侵略する為に戦争を仕掛けようと画策していました。

そのことを知った王子は戦争を止めようと、国王と姫に懇願しました。

 しかし、実は姫は平和の国の王族の力を手に入れたい為に王子に好意を寄せているフリをしていたのです。

 王子の願いは聞き届けられず、騙されていた事に悲しみと絶望を覚えた王子は、自らの炎魔法で国王と姫、産まれてまもない我が子を手にかけました。

 王子の炎は一瞬のうちに国を消滅させ、自らの命も絶つことで、世界にふたたび平穏が訪れたのでした―――。

 この夢物語は、古くから各国に語り継がれています。


「王女様、到着しました」

 16歳になったある日、私はとある国に訪れていた。

 馬車のドアがゆっくりひらかれると、外から爽やかな風とともに花のいい香りがした。

 私はドアの向こうの様子を確認し、目の前に広がる美しい庭園と白く大きな城を見て小さくため息をつく。

 普通なら、この美しい光景に心躍る所なのだろう。

 私が今日訪れたこの国は、小さい国ではあるが資源が充実し、人々の暮らしが豊かで争いのない平和な国。

 ここは、あの夢物語に出てくる小さな国だ。

「・・父上、本当にこの国の方から縁談話が持ち上がったのですか?」

 私は幾度となく確認した今回の縁談話を、もう一度確認する。

「ああ!今まであの国が他国の王族と縁を結ぶなどなかったから驚いたがな!

 きっとあの国の王子が、どこからかお前の美しさを聞きつけて結婚したくなったに違いない!わははは!」

 私は疑いのまなざしで父を見つめるが、父はそんな私の様子をまったく気にする様子はない。

「我が国に足りないのは魔力だ。腕力だけではどうしてもかなわない事があるからな!この国の貴族は皆、魔力が強いと聞く。

 王子の力を手に入れる事ができたら、他国をも凌ぐ絶対的な権力を手に入れたも同然だ!」

「・・・・・」

 上機嫌の父とうって変わり、私は警戒心をあらわにする。

 一か月ほど前、なぜかルクス国から我が国ユーデスクへ縁談の話が持ち上がり、父上は二つ返事で了承。

 あれよあれよという間に話がまとまり、今日という日を迎えたわけだが。

「我が国の利益はわかりましたが・・ルクス国の思惑がはっきりしない限り油断しない方がいいのでは?」

 私は真剣な面持ちで父に返答する。

「このめでたい日に辛気臭い顔をするんじゃない!行くぞマリア!

 いいか、お淑やかに振る舞って話をまとめるんだぞ!

 いつものお前をだすんじゃないぞ!」

 父は逸る気持ちを隠すことなく、はずむ勢いで馬車を降りた。

 私は馬車を降りる前にもう一度ため息をつき、自身の身なりを確認した。

 長い銀色の光沢ある髪は宝石をあしらった髪飾りで結わえられ、女性らしいラインを強調された赤いドレスは、白く透けるような肌に相まって美しさが強調されていた。

「父上に何を言っても無駄だな・・・」

 私は、ゆっくり馬車から降り立つと、胸元を大きく露出した深紅のドレスを翻し銀色の長い艶やかな髪をなびかせ、出迎えの兵士に艶っぽく微笑む。

 兵士は皆頬を赤らめ、王女に釘付けだった。

 透けるような白い肌に深紅の瞳は冷たい印象を与えるが、整った美しい顔立ちは自国でも常に周りの視線を集めていた。

 華奢な体つきの美しい姫君、兵士でなくても男なら皆、命がけで護ってあげたくなるような魅力があった。

 本当の私は、男言葉で部下を酷使し、剣を扱えば国一番、血と戦いが好きな狂気の姫と呼ばれている。

 私は履き慣れないヒールを悟られないようにゆっくりと歩を進める、城の入り口で待つ穏やかな雰囲気をまとった中年男性に笑顔で迎えられた。

 ややふくよかな体形に上品な装飾と衣装を身に纏い、王家の紋章が刻まれた剣を身につけたその男性は、この国の国王だった。

 貴族社会によくある、派手で見栄っ張りな雰囲気は全くなく、私の事もまるで古くからの友人を迎えるように温かく歓迎してくれた。

「初めまして、ルクス国の国王、アストラ・インフィニスです。

 ようこそお越しくださいました」

 愛嬌のある笑顔でゆっくりこちらに近づいてくる。

 父はその場で国王を迎えると、威厳溢れる礼をした。

 ルクス国たっての希望で訪れているので、あくまでこちらの立場が上だという事を相手に知らしめたいようだ。

「この度は、貴国の第一王子クリス王子と娘マリアとの縁談の申し出をいただき、誠にありがとうございます。マリア、ご挨拶をしなさい」

「初めまして・・ユーデスク国の第一王女、マリア・アエキウィタスです」

 私は自己紹介をすると、優雅にドレスを扱い国王に会釈した。

 紅いドレスは美しいカーテシーと容姿を一掃に際立たせて、周囲の貴族や兵士はますます眼を奪われる。

 ちなみに、普段は動きやすい騎士団の黒服を身にまとい、ドレスなどほとんど身にまとうことはない。

 本音をいうなら、コルセットで締め付けられたこの状態から一刻も早く離脱したい所だった。

「せっかくお越しいただいたのに恐縮なのですが・・クリスは今朝から体調がすぐれず、床に伏しております。我が国での滞在は一か月程と聞いておりますので、今日の所はゆっくりお過ごしください」

 私は豪華な客間に案内され、国王と父は私を部屋に残し謁見の間に行ってしまった。

 私は傍についていたメイドを退室させ一人になると、ドレスのままベッドに仰向けに寝そべる。

 高く白い天井をながめながら、大きくため息をついた。

「・・はあ~~・・・」

 噂には聞いていたが、第一王子は身体が弱く、ほとんどベッドですごしているらしい。

 その為、体調のいいときに顔合わせという事になり、しばらく滞在することになったわけだが・・。

「一か月か・・・」

 自国では、毎日国の運営と鍛錬に励み忙しく過ごしていた私にとって、この穏やかな時間は地獄でしかない・・。

 しばらくベッドの上で寝具の心地よさを堪能していたが、ふと思い立ったように起き上がる。

 周囲の人の気配を確認した。

「・・シンは、偵察か・・」

 私には、シンという護衛の若い男が一人ついている。

 幼き頃、スラムで出会った元殺し屋の男で、今では一番信用できる部下だ。

「この国についた直後から気配がなかったな・・。

 色々調べているんだろうが、私の護衛がおろそかになってないか?」

 私はやや不機嫌になりながらベッドから起き上がると、庭に面した開き窓を少し開けた。

 外から入ってくる優しい風が頬をくすぐる。

 かすかに、花の爽やかな香りがした。

 ・・・この国に着いた時に気になった、あの花の香りだ・・。

 今まで嗅いだことのない、不思議な香り。

(心が洗われる様だ・・・どんな花なのか、見てみたい・・)

「少し、庭を散歩してみるか」

 窓から身を乗り出し、辺りに人影がないことを確認する。

「5階か・・これなら余裕だな」

 ヒールを脱いで手に持つと、窓枠に足をかけ、ドレスの裾を掴むと勢いよく飛び降りた。

 普通なら、うまく着地をしても骨折かもしくは打ち所が悪ければ命を落とす高さだ。

 私の魔力は身体強化、難なく着地し、ドレスの裾についた土誇りを手で払う。

「やはり、ドレスは動きにくいな・・・」

 気ままに城の庭を散策する。

 元々花心もない為美しく咲き誇った花に目もくれず、気がついたら庭を外れかなり遠くまで来てしまっていた。




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