ミーティング

 翌朝……。

 神楽町の事務所へ集まったおれたちに対し、カシラが行ったのがミーティングであった。


「……と、いうわけでだ。

 しばらく、岸原組って連中の動きには気を付けておけ。

 報復を狙ってくるかもしれねえからな」


 ――へい。


 カシラの言葉に、全員でうなずく。

 まあ、岸原組に気を付けろと言われても、一歩、神楽町に降り立ってしまえば、そこはヤクザの町だ。

 右も左もヤクザだらけで、誰がどこの組に所属しているかなんて、分かるはずもない。

 だから、これは全方位へ常に気を張っておけという意味合いであった。


 ちなみにだが、こちらで電話番号を調べるなりして、コンタクトを取るという選択肢は存在しない。

 手打ちをするにしても、プロセスというものがある。

 こちらの優位で事を運ぶためには、足元を見られないようにするのが重要だった。

 そもそも、オヤジを悪く言った相手に、こちらから頭を下げるなんていうのは、あり得ないしな。


「で、だ……。

 ここからが、本題。

 今後の迷宮探索に関する話だ。

 ――馬場」


「へい」


 カシラに命じられ、馬場さんがスマホを手に取る。


「まずは、今、一斉メールに添付したファイルを開いてくれ。

 分かってるとは思うが、外部に漏らすんじゃねーぞ」


 言われるがまま、おれたちはスマホでメールを開く。

 ファイルの中身は、豊田組の収支に関わる様々なデータ……。

 さしずめ、決算報告書ってところだな。

 いや、決算報告書って、こういうミーティングの場で使うものなのかは、知らないけど。


「これを見てくれれば、分かる通り……」


 馬場さんの言葉に、おれを始めとする数名が、素早く互いの顔を見交わす。

 視線が告げている言葉……。

 それは……。


 ――おい、分かるか?


 ……これであった。

 となると、返答はただひとつ。


 ――分からない。


 ……である。

 へへ……どこをどんな風に読み解けばいいのか、チンプンカンプンだぜ!

 なあ? カズ!


「ふうん……」


 ……田村和夫さんは、あごに手を当てながら何やら考え込んでいる様子だ。

 お前、こっち側の人間じゃなかったのか……。


「うちの業績は、よく言えば堅調。

 悪く言えば、伸び悩んでいるってところだ」


 おれたちチームおバカのために、馬場さんがかいつまんで解説してくれる。

 ありがてえ、ありがてえ……!

 そして、済まねえ、済まねえ……!


「迷宮米を卸す他に、飲食店のケツ持ちとかの商売もやっているが、そっちも頭打ちってところだな。

 これ以上組織をでかくするには、何か新しい材料がいる」


 馬場さんの言葉に、カシラが大きくうなずく。


「こいつは、普通の会社なんかでも同じことらしいがよ。

 成長を諦めた組織に、先はねえ。

 まして、ここは神楽町だ。

 闘争心を失った奴らから、食われ、飲み込まれる。

 このままいけば、俺たちもどこぞの二次団体になっちまうかもしれねえ」


 カシラの言葉は、遠い未来に訪れるかもしれない危機ではない。

 ひっ迫したおれたちの現実だった。

 最近、よく聞くのが、どこぞ組同士が併合したという話だ。


 身近……というのはどうかと思うが、昨日揉めた岸原組というのも、油目組の傘下だという。

 強いやつは、ますます強くなっていき……。

 何もしない弱者は、ただ飲み込まれるのみ。

 それが、世の理というやつなのである。


「そんなのは、まっぴらごめんだ。

 あくまで、独立独歩。

 それが、豊田組の信条だからな。

 どれだけ時代が変わっても、そこだけは曲げられねえ」


 カシラの言葉に、おれたちはうなずいた。

 別に、どこかの傘下に入った組を悪く言うつもりはない。

 それだって、生き残るための戦略だろう。

 ただ、それはウチのやり方じゃないという、それだけの話だ。


「で、独立を守るためにどうするか……。

 それが、今日の本題だ。

 全員、迷宮の地図を出せ」


 カシラの号令で、またも全員がスマホを操作する。

 今度、呼び出したのは門外不出……。

 錦糸堀迷宮内の地図であった。

 当然、こちらも極秘中の極秘事項。

 もし、外部に漏らすようなことがあったら、百パーセント指詰めである。


「地図を見れば分かる通り、俺たちが普段、潜っているのは迷宮内の入り口付近部分だけだ」


 カシラが言った通り……。

 枠線で区切られているのが普段、迷宮米を探索するために潜っている地域だった。

 迷宮全体でいえば、一割にも満たない範囲……。

 しかも、この場合の全体とは、組で把握している範囲のことを指すのだ。


「あの、ちょっといいでしょうか?」


 恐る恐る、といった風にカズが挙手する。

 おそらく、カシラに怒鳴られることを覚悟してのことなんだろうが、こういう時、鮫島のカシラは案外と度量が大きい。


「おう、言ってみろ」


 そう言って、続きをうながすのであった。


「あの……。

 前々から思ってたんですけど、うちが潜るのって日帰りできる範囲内だけじゃないですか?

 それって、どうしてなのかなって……」


 素朴といえば、実に素朴な疑問……。

 それには、馬場さんが答える。


「それで、十分な収穫が得られるからだ。

 逆に言うと、それ以上の範囲に出向いても、旨味がないとも言う。

 今のところ、迷宮米をしのぐ産物は、錦糸堀迷宮じゃ発見されてないからな。

 しかも、奥へ進めば進むほど、危険な魔物が待ち構えている。

 だったら、手近な範囲で手堅く稼ぐのが、一番効率がいいってわけだ」


「だが、それを今日からは改めようと思う」


 馬場さんの言葉を引き継いで、カシラが告げた。


「何も、歴代の組員だって、何も探索してこなかったわけじゃねえ。

 時には、危険を顧みず奥まで探索してきた。

 その賜物が、今、開いている地図だ。

 だが、それでも、錦糸堀迷宮の全貌は把握できていねえ」


 と、そこでカシラが話を区切り、全員の顔を見回す。


「……と、いうことはよ。

 まだ見ぬお宝が……。

 迷宮米以上のシノギとなる何かが、眠っていたとしても不思議はねえ。

 ――ギン!」


「へい」


 カシラに名を呼ばれ、ぴしりと背筋を正した。


「……そのスーツは、舞さんから託されたか?」


「……はい」


 おれの返事に、カシラがやや複雑そうな表情を見せる。

 カシラは、おれなんぞより、よっぽど鉄平の兄貴と付き合いが長いのだ。

 その遺品を受け継いでることについて、思うところはあるだろう。


「そうか。

 そのスーツに負けないような働きを、これからしてもらうぞ。

 何しろ、奥地の探索なんて考えが浮かんだのも、てめえが急激に力を増したからなんだからな」


「心得ています」


 おれとのやり取りを終えて、カシラが再び全員を見回す。


「これからは、通常通りに迷宮米の探索を行う班と、俺とギンが中心になっての深部探索班とに分かれて活動する。

 前者は、馬場が指揮しろ。

 何しろ、俺たちの方は何日も潜りっ放しになっちまうからな。おれの代わりに指揮できる奴を残さなきゃならねえ。

 オヤジの世話に関しては、舞さんを説得して組の者が交代で当たる」


 オヤジの世話……。

 これを他の人間に頼むのは、少しばかり心苦しい。

 何しろ、俺にとっては使命ともいえる仕事だ。

 だが、組の未来を切り開くためならば仕方がないし、舞さんも分かってくれるだろう。


「全員、負担は大きくなる。

 また、岸原組のことや、舞さんを襲った襲撃者の件もある。

 だが、今こそ躍進の時と捉えて事に当たるぞ。

 いいな?」


 ――へい!


 事務所に、おれたちの返事が響き渡った。

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