喧嘩の後……

 しょせんは、他の店が営業していない時間帯から店を開けることで、隙間需要を取り込むことに特化したような店だ。

 キャストの質も……まあ、多分? 並に届くかどうかというレベルだろうし、ハウスボトルだって、ありきたりな安酒だった。


 それがつまり、何を意味しているかというと、調度品として使用されているソファーやテーブルの類も、見てくれだけは立派な粗悪品であるということ……。


 そんな代物がひしめく店内で、背に仙墨を持つ極道たちが暴れ回ったら、どうなるか……。

 答えが、目の前に広がる惨状である。


 店内に存在したソファなどは、おれたちが即席の打撃武器として使用したこともあってか、大半が粉砕されてしまっており……

 時に盾となり、また時には相手を叩きつける処刑台として活躍したテーブルたちは、ひび割れたり叩き折られたりしていて、今後二度と本来の用途を果たすことはないだろうとうかがわせた。


 壁は、おれが組み合った相手を投げ飛ばしたりしていたせいか、所々の壁紙が破れてしまっているし、そもそも、ぶちのめした相手の血反吐が引っ付いたりしてしまっているので、こりゃ全取っ換えものだろう。


 いやー、はは。暴れた。暴れちまった。

 はい、そうです。わたしが悪うございます。

 キレて意識がなくなったとか、そういうことはない。

 頭の片隅では、「さすがにまずいかな?」と思いつつも、怒りの発散を優先してしまったのである。


 さて、大都会新宿の中に存在するキャバクラで、白昼堂々とこれだけ大暴れすると、どうなるか?

 答えは簡単。お巡りさんがやって来るのである。


 それも、普通の警察官ではない。

 軍服めいた専用の制服に身を包んだ極道たち……俗に言う軍侠たちだ。

 おれたちが、散々に暴れ回った後……。

 店員の通報を受けた彼らが、軍刀片手に乗り込んできたのであった。

 通常の警察官がそうであるように、拳銃や警棒で武装してないのは、仙墨を持つヤクザに対しては、殺傷力に劣るという理由である。

 なんとも、物騒な話だ。

 制圧力ではなく、殺傷力を重視している辺りが特にね。


 国がバックについている暴力の中の暴力……。

 これを前にして、いきがる馬鹿は神楽町に存在しない。

 何故なら、もし、いたとしたらすぐに死んでしまうからだ。

 よって、まだ命が惜しいおれたちは、店内の壁際で並び立っていたのである。

 ま、相手方はひとしきりぶちのめし、怒りを発散した後なので、冷静さも取り戻してたしな。


「おー、おー、派手にやりやがって」


 店内の至る所でぶっ倒れている相手のヤクザたち……。

 それを運び出す軍侠たちの姿を見ながら、ただ一人、スーツ姿でここに踏み込んできた男が、あきれたような声を上げた。

 スーツということは、すなわち組織犯罪対策課に所属する刑事デカであり、他の制服組よりも高い地位にいるということ……。

 それを証明するかのように、いかにもな迫力を有する男である。


 年齢は、おれより少し上くらいか……。

 顔立ちは整っており、黒髪を七三分けにしていた。

 にまにまと笑いながらおれたちや店内を見回す姿に、しかし、隙は一切存在せず、もし、誰か一人が襲いかかろうとでもしたら、即応できるだろうことがうかがえる。


「神楽署、組織犯罪対策課の白岩だ。

 お前ら、こんな時間から喧嘩なんかするんじゃねえよ。

 観光客が怯えちまうだろうが」


 ひとしきりおれたちを見回した刑事――白岩が、そう言って自己紹介した。

 しかし、軍侠と向き合うのはこれが初めてだが……。

 思ったよりフレンドリーというか、兵隊さん特有の物々しさで威圧してこない男である。

 その辺は、私服組であることも影響しているのだろうか?


「お前らが全員寝かしつけちまったから、こっちで所持品漁って向こうの身元は調べた。

 岸原組っていう、油目組の二次団体だな。

 で、お前らは?」


「豊田組だ」


 白岩の言葉に、鮫島のカシラが堂々と答えた。

 さすがというか、あれだけの乱戦であったにも関わらず、カシラは怪我らしい怪我をしていない。

 どころか、いまいち視野が狭いおれのフォローに回ってくれた場面も何度かあって、実戦経験の差というものを感じたものだ。


「豊田組……豊田組ね。

 ああ、あれだろ? 迷宮米の豊田組。

 俺、あれ食ったことないんだ。

 住所教えてやるから、見逃したら一袋送ってくれよ。十キロのやつな」


 そんなことを言いながら、白岩がさらさらと手帳に何か書き込む。

 そして、びりりと破った一ページを、おれのポケットに押し込んできたのであった。

 ……これ、冗談ではなく、マジで言っているのだろうか?

 で、おれに渡してきたのは……一番下っ端っぽく見えたからだろうな。事実として、一番下っ端だし。


「取り調べとかしねえのかよ?」


「ああ、面倒臭えからなしだ」


 カシラの言葉に、白岩がひらひらと手を振って答える。


「ここをどこだと思ってやがる? 天下の神楽町だぞ?

 この程度の喧嘩なんかへいちいち真面目に対応してちゃ、こっちは毎日残業三昧になっちまう。

 今日だけで、街中の喧嘩で駐輪中の自転車を振り回されて壊されただの、犯人を追跡してる探偵が車の屋根でジャンプしてへこましてっただの、いくつも通報がきてるんだ。

 真面目になんかやってらんねえよ」


 そう言いながら、白岩がタバコを取り出す。

 そして火を付け、美味そうにひと吸いしてみせた。


「ま、そんなわけで、この人数相手に一人一人事情聴取している暇なんざ、こっちにはないってわけだ。

 幸い、死人も出てねえしな。

 お前らと岸原組が今後抗争になるかどうかも、興味はねえ。

 ただ、暴れるならこの町でやるんじゃねえぞ?

 そしたら、こっちも真面目に仕事しなきゃいけなくなる。

 残業覚悟で、な」


 そう言った後に、もうひと吸い。

 そして、おれに向かって副流煙ブレスだ。

 ……なんかこいつ、おれにターゲッティングしてきてないか?


「と、いうわけで、だ。

 分かったなら、解散解散。

 ああ、ぶっ壊した店内の賠償に関しては、店側とちゃんと話し合えよ。

 それじゃ、お米楽しみにしているからな」


 そう言い残した後……。

 転がっていた灰皿にタバコを押しつけた白岩が、店内を引き上げていく。

 彼に続いて、昏倒したヤクザ――岸原組という組の構成員たちらしい――を担架に乗せた軍侠たちが、素早く撤退する。

 そうして、おれたち豊田組はすっからかんとなった店内に取り残されてしまったのだった。


 ……なんというか、ヤクザな刑事だったな。

 いやまあ、あっちもあっちで、どこぞの組から警察に出向している侠客なんだけど。


「……はあ」


 これまで、ひと言も発さなかった馬場さんが、溜め息を吐く。


「カシラ……今回は何事もなかったからよかったですが、あまり短慮なことはしないで下さい。

 ギン。お前は、そもそも自分の立場ってものをわきまえろ。

 あの刑事が言ってたみたいに、本格的な抗争にでもなったら、責任取れんのか? ああ?」


 何か、謝罪の言葉を口にすべきか……。

 そう思ったところで、カシラが割って入った。


「いや、こいつは正しい。

 オヤジを馬鹿にされて、黙っている方がありえねえよ」


「カシラ……」


 裏切られた、とでも言うように……。

 馬場さんが、カシラを顔を見上げる。


「まあ、この件については、後で落ち着いて話し合おうや。

 それより、ギン。

 お前、そろそろ行かねえとまずいんじゃねえか?」


「え?

 ……あ」


 カシラに言われて、スマホの時計を見た。

 そこで、時刻が十八時を回っていることに気づく。

 それだけでなく、履歴には舞さんからの着信やメッセージの嵐……。

 店の雰囲気を壊しちゃいけないと思ってサイレントにしていたから、気づかずにいたわけか。


 これは……怖いな。

 怒った舞さんというのは、さっき叩きのめしたヤクザたちや、妙にフレンドリーな組織犯罪対策課の刑事より怖い。


「すいません!

 おれ、オヤジの屋敷に戻ります!」


「おう」


 カシラにうながされ、店から慌てて飛び出そうとする。


「オレもお供します!

 ――アニキ!」


 急にそんなことを言いだしたのは、カズであった。

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