お披露目

 道を行く人々は、背格好や国籍など、実に種々様々であり、さながら人種の坩堝。

 それだけなら、帝都東京の繁華街ならどこでも見られる光景であるが、神楽町という町が特徴的なのは、立ち並ぶ店のラインナップであろう。


 キャバクラにホストクラブ、バーにソープ……。

 欲望というものを叶えるあらゆる店が、ここには揃っていた。

 もちろん、全国規模の牛丼チェーン店や、ワールドワイドなハンバーガーチェーン等も存在はするのだが、それらがメインを張るのではなく、あくまで、前述の店舗群へ紛れるように存在するのだから、異常性というものがうかがえる。


 何故、神楽町がかような町になったのか……。

 それは、ここに関東ヤクザの事務所がひしめいているからであった。


 人種の坩堝をよくよく見れば、威圧的なスーツや、攻撃的な装飾のジャージを着ている者が、かなりの割合を示していることに気づくだろう。

 また、通りを巡回している警官が着ている制服は、通常の警察官が着用するそれではない。

 半ば軍服然としたそれは、俗に軍侠とも呼ばれる兵隊ヤクザたちが着用する代物であった。


 ヤクザの中には、国と結びついて兵隊を供出することでシノギとし、国家安寧のために尽くす組も存在するが、通常、その兵隊たちが表舞台へ姿を表すことはない。

 それが、白昼堂々と警らに投入されているのだから、神楽町という町の異質さが見て取れる。


 名実共に――ヤクザの町。

 大日本帝国において、永田町が表向きの中枢だとするのならば、ここ神楽町は裏の中心地であるというべきだろう。


 そんな町の片隅に、豊田組事務所は存在する。

 事務所内に存在するデスクやパソコンなどは、おそらく普通の企業と同様であるが……。

 しかし、存在感のある神棚や、オフィスキャビネットの上へ安置された刀などは、カタギの事務所に存在しない特徴であった。


 また、事務所の奥には畳の間が存在し、そこでは組織の長がくつろぎながら、手下たちの働きぶりを監督できるようになっているのである。


 その、畳の間において……。

 オヤジと舞さんを引き連れたおれは、鮫島のカシラへ昨日の事情を説明し終えていた。


「襲撃者、か……」


 普段、ここの上座にはカシラが座っているが、今ばかりはそこをオヤジに譲り、下座の方へおれと向き合う形で座っている。

 そうしてあごをさすったカシラは、上座でオヤジの介助をする舞さんに向き直った。


「まずは舞さん。

 この度の不祥事、謹んでお詫び申し上げます。

 俺の目が行き届いていなかったばかりに、怖い思いをさせてしまいました」


 土下座というものは、行う人間の格によって、こうも見栄えが変わってくるものなのか……。

 礼儀正しく手をついたカシラの姿に、情けなさというものは全くなく、これを形容するならば漢の一文字を除いて他にない。

 堂々たる謝罪の姿勢である。


「ううん、いいの。

 あんなの、カシラがどれだけ気を張ったって、防げるものじゃないもの。

 それに、ギンさんとリューちゃんが助けてくれたしね」


 いや、あの、舞さん……。

 おれが助けたっていうのはともかく、リューの名前は、とりあえず置いといて頂けると助かるんですが……。


「リューちゃん……?」


 ほら、カシラがどういうことだ? という目線をおれに向けてるし。


「先程の話に出てきた、進化したおれの仙墨です。

 どうも、自分の意思があるようなので、舞さんがそう名付けてくれました」


 おれの説明で、ようやくカシラが納得した風にうなずく。


「ただ絵図が変わっただけでなく、オヤジのそれと同じように、意思まで持ち合わせたか……。

 お前、それが本当なら、タダ事じゃねえぞ。

 おい、ちょっと脱いで俺たちに見せてみろ」


「へい」


 どの道、背負っている仙墨について仲間たちと共有するのは必須事項だ。

 極道の戦闘力というのは、背に現れた仙墨の質によって決まる。

 もし、迷宮探索の果てにそれが成長したならば、仲間へ見せるのがお決まりであった。


 ジャージとシャツを脱いで、仲間たちに背を向ける。

 すると、カシラだけでなく、ふすまの向こうから様子をうかがっていた仲間たちが、息を呑むのが伝わってきた。


「おいおい、これがマジでギンの仙墨なのかよ」


「ああ、とんでもねえ色鮮やかさと躍動感だ」


「あの鯉が、こうまで迫力のある龍に進化するなんてな……」


「仙墨が変化するのはよくある話だが、ここまで姿が変わるなんてのは、初めてだぜ」


「それも、今まで全く力のなかった仙墨が、急に力を得たんだからな……」


「にしても、意思があるっていうのは、本当みたいだな」


「ああ、何しろ……」


 そこで、仲間たちが声を揃える。


「「「ギャルピしてやがる!」」」


 ……おいリュー。真面目な場面を面白くするんじゃねえ。

 というか、気に入ってるんだろうか? ギャルピ……。

 分からない。誰よりも近くにいるこいつのことが……。


「ギャルピだかなんだか知らねえが、どうやら、仙墨がパワーアップしたってのは、間違いねえようだな。

 それで、襲撃者たちを返り討ちにしたわけか」


 おれの背中をまじまじと観察したカシラが、うなずきながらつぶやく。


「そうよ!

 格好良かったんだから!」


 舞さんはこう言ってくれるが、おれとしては、そこまで自慢できることじゃない。


「返り討ちにしたっていうのは、言い過ぎです。

 さっきも話しましたが……。

 結局、連中は取り逃がしちまいましたし」


 一瞬、脳裏をよぎるのは、般若の面を被ったあの男だ。

 連中が、どこの組に所属しているのか……。

 それが分からずじまいなのは、なんとも薄気味悪い話である。


「――はっ!

 つまらねえ謙遜するんじゃねえ。

 前までのてめえなら、そもそも、舞さんを守ることだってできなかったじゃねえか」


 だが、カシラはおれの言葉を鼻で笑い飛ばす。

 そして、少し考えた後にこう言ったのだ。


「とはいえ、実際に今のお前がどのくらいのもんかは、気になるところだな……。

 ――よし。

 ギン、俺と勝負しろ」


 そう言うや、否や……。

 カシラが着ている物を他の人間に預け、上半身裸となる。

 そうすることで露わになるのは、彼の仙墨……。

 今にも背中から飛び出し、こちらを押し潰しそうな迫力の大猪だ。


 極道が、仙墨まで表に出しての勝負宣言……。

 その意味へ、事務所内の全員が息を呑む。

 まして、挑まれる……いや、命じられた側であるおれの動揺は、ひとしおであった。


「勝負しろって……。

 ここで、ですか?」


 情けなくも、声が上ずりそうになるのを抑えながら、尋ねる。


「他にどこでするってんだ?

 表にでも出るってのか?」


 カシラの言葉は無情なものだ。

 だが、にいっと笑うと、こう付け足したのである。


「といっても、だ。

 安心しろ。

 殴り合いの喧嘩をしようってんじゃねえ。

 ――おい、そこの机を片付けろ」


 カシラに命じられ、何人かが手近なデスクを片付けた。

 そうして、何も乗ってない状態になったデスクへ肘をつき、カシラはこう言ったのである。


「――腕相撲だ」

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