ピーナッツ砂糖がけ【私小説】
僕の世界には、何があるんだろう。以前の僕の世界には、君たちがいた。君たちがいなくなった後の僕の世界には、何が残るんだろう。
何かは残っているはずだ。
たとえば、それは、ピーナッツ砂糖がけ。
落花生を無心で剥いていると、なんだかよくわからなくなってくる。自分が何者なのか、どこへ向かうのか、どこから来たのか。なぜ生まれてきたのか。
昔のポケモン映画に、そんなんあったな。昔は、映画館は暗くて怖くて長くはいられなかった。水族館も、テーマパークのアトラクションも、暗くて怖かったっけ。
今は、暗くて狭いところを好む習性を得た。代わりに、広くて明るい場所を恐れる習性を身に着けてしまった。
広場恐怖症だっけ。あと高いところも怖い。高いところから、より高いところを見上げるのが怖い。
だけど、見上げてしまう。人間、そんなもんだろう。
窓を見ると、14時半頃だというのに、夏のジリジリとした日差しをあまり感じない。少しだけ、くすんで見える。擦りガラスだしね、と自分を納得させた。
まあ、くすんでいるくらいがちょうどいい。澄み渡るような青も、照りつける黄色の日差しも僕には眩しすぎる。
よし、落花生がピーナッツになったぞ。
殻付きだと落花生なのに、実だけになるとピーナッツなのはなぜなんだろう。不思議だ。
別に殻付きをピーナッツと呼んでもいいし、実だけの状態を落花生と呼んでもいいんだけれど、殻付きは落花生、実だけはピーナッツ。
うん、そんな感じだ。
ナイロン袋に入れたピーナッツを持って、いそいそと台所へ向かう。
昔、君が大量に食べていたおやつ。君が一人暮らしをはじめてからは、僕が作るようになったおやつ。君がいなくなってから、一度も作っていなかった。
フライパンにたくさんの砂糖と、砂糖が溶ける程度の水を入れる。それから火にかけて砂糖を溶かし、溶けたら中火にしてピーナッツを入れる。
フライパンを転がるコロコロとした音が、かわいい。
そういえば、どうして急に作りたくなったんだっけ。食べてくれる人は、もういないのにな。
まあ、自分で食べればいいか。僕も、あの人の作るこのお菓子が好きだったし。君の養母さん、実の親じゃないけど僕がお母さんと呼ぶ唯一の人物。
彼女が作るピーナッツ砂糖がけは、美味しかった。薄皮付きと薄皮を剥いたものを混ぜて作るのが、ポイントだそうだ。
作り方を教わっているし、頭は覚えているけど、体は覚えていないから不安だけど。
普通、逆じゃないのかな。
水分を飛ばしているけど、全然飛ばない。砂糖水が茶色になって、危うくキャラメリゼされてしまいそうだから、火を弱める。
失敗したかな、間違えたかな。目分量なのがダメだったか。いつも目分量だし、適当だ。体は覚えていないと言ったけど、ありゃ嘘だ。
ちゃんと覚えてた。
君に何度も作り直しさせられて、味を再現させられたから。しっかりと、体に覚え込まされていたんだなあ。
うん? なんか少し卑猥だな。
水分が飛んで、いい具合にピーナッツに砂糖水が絡んできた。火を止めて、ひたすらに混ぜる。
段々と、水分の飛んだ砂糖水が結晶になっていく。水分が飛んだのに砂糖水とは、これいかにという感じだけど、まあいいか。
ちっちゃいことは気にすんなって、偉い人も言ってたよね。
砂糖が完全に結晶化して、用意していたタッパーに移し、粗熱を取る。ふんふん、いい感じ、いい感じ。雪化粧をしたかのようなピーナッツが、やっぱりかわいい。
君は、これをひたすら貪り食っていたんだなあ。家に行くと、パソコンのキーボードの隣には、いつもこれがあった。晩ごはん前にも関わらず、ひょいぱく、ひょいぱく、と食べていたっけ。
毎回、大量に作らされる人の身にもなってほしい。
そんなに中毒性のある味だったっけ。昔食べたときは、そこまでではなかったような気がする。
粗熱が取れたピーナッツ砂糖がけをひとつ食べると、自然と頷いてしまった。
ピーナッツのほんのりとした苦みに、砂糖の優しい甘さがコーティングされ、とてもバランスがいい。しかも煮詰めて結晶化させた砂糖が、少しザクザクとした食感を生んでいる。
デスクに持って行くと、推しの配信が始まった。仕事のファイルも同時に開いて、聞きながら仕事をして、ナッツを食べる。
その繰り返し。
ひたすら、仕事してナッツ食べて仕事してナッツ食べて、推しの配信にコメントを打って、ナッツを食べる。
ナッツ、ナッツ、ナッツ、ナッツ。
そう、この味だった。
こんな感じだった。君の大好きな、あの人の作るピーナッツ砂糖がけの味。自然と涙が出てきて、だけど美味しくて止められなくて、涙も止まってくれない。
寂しいのに、とても満たされる。
ほろりと苦いピーナッツと、ほっこり甘い砂糖のように。
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