【朗読台本】君が見せた盆の夢【ご自由に】

 小学生の頃、私は何でもできるような気がしていた。


 実際、交通安全ポスターで賞を受賞したり、インフルエンザの病み上がりで受けた小テストで満点を取ったりしていた。劇をやれば主役になって絶賛され、授業中にふざけてみたら先生以外は笑って褒めてくれた。大きな全能感と、小さな万能感で胸がいっぱいになっていた。


 星空に手を伸ばせば、一番星も掴めた。目を閉じれば、変身だってできたんだ。


 だけど、結局、私はただの、少し背伸びしていただけの凡人だった。そのことを理解したのは、いつだったかな。塾に入った中学一年の頃だったっけ。それとも、高校受験に失敗したときだったかな。


 いや、夢だった役者の道を諦めたときだったっけな。


 そんな事を考えながら、夜風の吹く田舎道を歩く。目的なんて、ない。


 街灯に照らされた地面は、まるで誰もいないステージのよう。舞台から役者が降りてもなお、世界にはスポットライトが当たり続ける。人には始まりと終わりがあるのに、宇宙には始まりはあっても終わりはない。


 なんて、不公平なんだろう。


 急に、雨が降り始めた。傘もなく、道の真ん中でただ濡れていると、目の前に君が立っているのが見えた。


 そんなはずはない、と目を擦ると、君はふっと消えてしまった。目を閉じて、もう一度開けると、ぼんやりとした視界の真ん中に、ゆらゆらと揺らめいて、輝きを放つ君がいた。


 君はただニコリと笑って、足早に去っていく。


「待って!」


 追いかけて、たどり着いたのは、君の家。まだ自信たっぷりだった頃、君と過ごした家。


 もしかして、私は、ここに来たかったのかな。


 一瞬、光がぜた気がした。バチバチッと、火花が家から空に向けて伸びる。火花から出てきた煙が、星空を濁していく。お寺のような香りが、胸を満たしていく。夜だけど、そんな白昼夢みたいな光景を、私は確かに見た。


 もしかして、と思って目を閉じる。


 どこに居ても、誰と居ても、君がまぶたから剥がれてくれない。君との時間を思い浮かべて、優しい闇に手を伸ばして、いつでも、何度でも、君のことを探している。きっと、見ていられなかったのかな。


 だから、来てくれたんだよね?


 目を開けると、君がいた。


 天使みたいに、立っていた。


 そうだ、そうだったね。


 私は、君がいたから何でもできたんだ。ただの凡人でしかない私も、君と一緒にいたら超人になれる。だって君は、私にとっての天使だから。きっと、天使の力を分けてくれていたのかな。


 君は、今頃、あの星空のどこかにいるのだろうか。


 もう一度、力を分けてくれるだろうか。


 君がくれたたくさんの力を、思い出を、無かったことにして生きてきた。君に貰った幸せも、嬉しさも、楽しさも、後悔も……。全部、探して、無かったことにして、それでもやっぱり、忘れられなくて。


 だけど、それでも、いいよね。


 私は、もう一度……。


 手を伸ばしてみると、彼女の手が触れて、消えた。


 私はやっぱり……君がいないこの世界でも、何者かになりたいよ。


「ありがとう」

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