第69話 追憶7 ここに残る
翌日の早朝はどんよりとした曇り天、
俺は兵士に連行されて、シャイアン大佐の目の前に連れて行かれた。
その傍らには、今にも崩れ落ちそうな表情のアイラもいた。
虚ろな目で、じっと俺を追っている。
「何か言い残すことはないか?」
昨日と変わらず容赦のない冷たい声が、不自然に歪んだ口元から発せられる。
俺は意外と冷静に、一晩考え抜いたことを口にした。
「言い残すことはありません。ただ、やり残したことはあります」
「ほう、何だそれは?」
「この国を平和にすることです」
「……なに……?」
全く想定していない言葉だったのだろう。
シャイアンは目力を強めて、俺をギロリと睨みつける。
その鋭い眼光は、周りにいる全てのものを威圧するのに、十分な威力を持っていた。
少しでも動くと、見えない何かにズタズタに切り裂かれてしまいそうな。
死線を何度も潜り抜けた、歴戦の猛者だけが、持っているそれだろうか。
膝ががくがく震えそうになるのを必死にこらえながら、直立して耐える。
「貴様、軽々しく、よくもそんなことを」
「軽くはありません。昨日一晩、今までここで過ごしたことも考えて、そう思いました」
「……ふん、面白い。理由を聴こうか」
目の前で震える若輩がどんな言葉を吐くのか興味が沸いたのか、シャイアンは冷徹極まりない目を俺に落としながら、口角をぐっと引き上げた。
「アイラに、平和な国で住まわせてあげたいんです」
「……は?」
拍子抜けしたのか、シャイアンはぱくんと唇を開けて、目を見開く。
すぐ脇ではアイラが、目を点にして、俺を見つめる。
二人とも、全くの予想外の答えだったのだろう。
「お前、女のために、この国を平和にしたいと言うのか?」
「はい。アイラと、その家族のために」
「……シュリ……」
思わずアイラも、言葉を呟く。
複雑な想いを映す表情を浮かべながら、俺のことを真っすぐに見る。
「お前、何故、そう思うようになった?」
「昨日、アイラから、この国のために戦う理由を聞きました。俺なんかは遠く及ばない、尊く純粋な想いです。そんな彼女の想いを、形にしてあげたいと思ったんです」
「シュリ……私、そんなつもりで話したんじゃ……」
アイラが目に光る物を滲ませながら、言葉を差しはさむ。
「分かっているよ。これは、俺が勝手に思ったことだ」
せいいっぱいの笑顔でそう話す俺に、困惑の表情を向けるアイラ。
「じゃあお前は、そのために、何をやりたいんだ?」
「この国のために……できたら、アイラを守るために、闘います」
「シュリ! そんな……」
アイラの目から、輝くものが流れ落ちる。
突飛でなんの根拠も信用もないことは百も承知だ。
でもとにかく、言いたいことは喋ったつもりだ。
どうせこのままだと、直ぐに殺されて終わりだ。
なら死んだ気なって、今一番やりたいことを何かできないか?
そんな想いで、昨日の夜は寝ずに考えてたんだ。
「わあっはははははあああああ~~~~!!!」
部屋全体が揺れ動きそうな、豪放な笑い声とともに、シャイアンが大口を開ける。
「お前もしかして、この女に惚れたのか?」
「……かもしれません」
「お前が、この女を守る? 既に敵軍100人以上を屠ってきて、勲章までもらっているこの女を!?」
――そうなのか?
それは、全然予想外だった。
やさしくて華奢な、こんなアイラが?
思わずアイラの方に眼をやると、彼女は俺から目線を外して、じっと床に目を落として、唇をかんでいた。
そうか、兵士になるということは、そういうことでもあるんだな。
そこまで、彼女の気持ちには、寄り添えていなかったと思う。
でもそうであれば確かに、こんな弱弱しい俺なんかが出来ることは、無いのかもしれない。
幾分かの喪失感を味わいながら、そのまま立ち尽くした。
けれど俺の言葉は、シャイアンの興味を惹いたようだった。
彼は傍らにいた兵士に、指示を与えた。
「おい、グレッグをここへ呼べ。訓練兵を一人預けると伝えてな」
「はっ、分かりました」
その兵士が出て行ってから数刻の後、男が一人入って来た。
背が高く、燃え盛るような金色の髪。
シャイアンと同じようにその目は冷たいが、顔の表情全体は、幾分か和やかだ。
「グレッグ、参りました!」
「おう。新兵の訓練は、今日から始まるんだったよな? こいつも預ける。ただし、素性が分らん奴だから、少しでも変なそぶりがあったら、いつでも撃ち殺してかまわん」
「はっ、分かりました!」
グレッグと呼ばれた男は直立して、右手を額の前に翳して敬礼で応える。
「シュリ、と言ったな? お前にチャンスをやろう。ここでの訓練を乗り切って、三月後にわが軍と同行できるまでになれれば、そのままここに置いてやろう。それが無理なら、家畜番になるか、死ぬかだな」
「……分かりました」
「女ひとりのためにどこまでできるのか、見ものだなあ」
目の前にいる全裸の女性を舐め付けるような、下卑た目線で俺を撫でまわした後、彼はクルリと背中を向けた。
こうして俺は、ここの部隊の新兵として、訓練に参加することになった。
さっそくその日から、苛烈な運動、森や川での実戦訓練、格闘術、武器の扱い等……
それらは、いつ死んでもおかしくないと思えるほど、過酷なものばかりで、最初は20人ほどいた同じ年格好の少年少女達は、日を追って数を減らしいていった。
実際に瀕死の重傷を負って、ゴミ袋のように担がれて、いずこかへと連れて行かれた者もいた。
24時間監視の元に置かれ、味のしない食料を無理やり胃の中に押し込み、夜は泥のように眠って、明日に備えるだけ。
体中生傷が絶えず、何度も血反吐を吐き、辛酸を味わいながら地面を舐めた。
けれど、もう一度アイラと会って話がしたいという想いが、なんとか俺を支えていた。
地獄の底で喘ぐような三か月を過ごしたある日、その場に残った三人の新兵の前で、グレッグ少佐が高らかに声を放った。
「お前ら、今日までよく頑張った。お前らには、明後日の作戦に参加してもらう。初めての実戦になるだろうから、それまでは体を休めておけ。以上!」
「「「はっ!」」」
これでどうにか、訓練は乗り切れたのだろうか。
とにかく、三か月振りの休息の日だ。
基地内での外出も許されたので、久々に自分の意志で、行きたいところを歩く。
アイラは、ここにいるのだろうか?
彼女の姿を探してうろついていると、一人の男と目が合った。
前歯が突き出ていて、まるでねずみ男のような風貌。
確か、カシム、という名前だったか?
そいつは俺の方に歩いて来て、しげしげと顔を覗き込んだ。
「へえ。お前、地獄の新人キャンプを乗り越えたのか?」
「あ、はい」
「お前大佐殿に、アイラを守るために、ここにいたいって喋ったらしいな?」
三か月前に、確かにそんなことを言った。
どうやら、兵士の間にも、その話は伝わっているようだ。
「はい。そう言いました」
「100年早ええよ、馬鹿!! アイラは俺達にとっての女神さまなんだぜ!!」
俺の顔の間近で唾を飛ばしながらそう言い残して、カシムは背中を向けて去っていった。
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