第64話 追憶2 特別な命令

「みんなご苦労だった。ずっと作戦続きで大変だったと思うが、これから1週間は休暇だ。基地に戻ったら、好きにするといい」


 少し白み始めた空の下でそう告げると、目の前にいる兵士達は歓喜した。

 彼ら、彼女らの装備は不揃いで、旧式である。

 定期的な補給がある政府軍とは違い、こちらへの補給は、隣国を経由してくる不定期なものに限られる。

 その中味は食料や燃料、衣類とかの他に、武器弾薬が含まれる。

 それらは前線の兵士が望むものとは乖離していることが多いが、それを何とか使いこなし、最大限の戦果を挙げる。

 それを求められ、かつ、それができるのが、精鋭特殊部隊アポカリスだ。


「やれやれ、やっと娘の顔が見られるなあ」


「俺はかあちゃんと、まずは一発はやるぜ!」


「あんた、品がないのよ。女とやるか人をやるかしか、頭にないの?」


「俺は、アイラの酒場に行って、飲み倒すんだ!」


 誰かがそう叫ぶと、居並ぶ屈強の猛者達が、うんうんと頷いた。


 アイラは、その小柄な体には不似合いな大きさの自動小銃を撫でながら、


「そうね。また私の歌を聞かせるから、みんな酒場に来て!」


「「「うおおおおおおお~~!!」」」


 その場で、地鳴りのような歓声が立ち上る。


「さあみんな、乗車だ。基地に引き返すぞ!」


 俺の号令一下、みんなきびきびと車に分乗して、まだ血なまぐさい匂いが漂う戦場を後にした。


 そこから約半日ほどをかけて、森林の中にある基地に辿り着いた。

 そこで一旦、上官への挨拶に向かう。


 簡素な造りの小屋が建ち並ぶ中、ひと際大きな建物がある。

 白い壁や屋根には塗装がされて、周りの森と溶け込んでいる。


 そこに、俺の側近であるハシム、ヨハン、アイラ、それにファーレンを伴って、足を踏み入れた。


 白い廊下を奥まで進むと、英語で「指揮官室」と書かれた表札のかかった部屋がある。

 そこでドアを三回叩くと、中から誰何する声が聞こえた。


「シュリ・トウドウ少佐であります。昨夜の作戦のご報告に上がりました」


「入れ」


 声に促されてドアを開けた先に、燃えるような金髪を湛えた、狼のような相貌を持つ男が、デスク越しにこちらを見やっていた。


「久しぶりだ、シュリ。こうして直接会うのは」


「はい、グレッグ大佐。一月前の作戦の時以来かと」


「良く来た。まあ座れ」


 床の上に無造作に置かれた椅子を搔き集めて、全員が彼の前に腰を据えた。

 こちらから報告をしようとすると、何かを手で払いのけるような仕草をして、口元を緩めた。


「大体のことはもう聞いているし、お前に俺が問いただすようなことはないだろう。それより、一杯やらないか?」


 グレッグは椅子から立ち上がると、戸棚から飲みかけのスコッチウィスキーの瓶と、グラスを持ち出した。


「よろしいのですか? 軍務中に酒など?」


「普通はよろしくはないが、俺が許可する」


「「「は、頂きます!」」」


 脇に控えた男三人が、喜色ばんで声を上げる。

 

 全員で酒を舐めながら、任務とも雑談ともとれる話に酔いしれる。


「次の作戦は、ルキア前哨陣地の攻略だ。多分、一月ほど後になるだろう」


「……いよいよ、ハチの巣要塞ですか。正念場ですね」


 このルイジェリアでは、政府軍と反政府軍による内戦が既に10年を数えており、国土は疲弊し、貧困が充満している。

 軍民を合わせて犠牲者は知れているだけで100万人を数え、人心は消耗の極みに達している。

 年端も行かない少年少女が戦場へと駆り出され、3日を経ずに骸となることなど日常茶飯事、さながらこの世の地獄のような様相を呈している。


 それがいよいよ、終わりを向かえるかもしれないのだ。

 西側諸国の支援を受けて勢いを取り戻した反政府軍が攻勢を強め、この半年間ほどの死闘により、政府軍の最大の拠点であり、またこの国の首都でもあるルキアの喉元にまで、迫っているのだ。


 そこの至るための最大の難関が、反政府軍兵士が『ハチの巣要塞』と呼ぶ陣地群だ。

 広大な地雷原に鉄条網が幾重にも張り巡らされ、機関銃や重砲、ミサイルの陣地も多数点在する。

 更には、ルキア市郊外にある空港から軍用機やヘリまで飛んで来て、ミサイルや機銃掃射を雨あられのように向けてくる。


 これまで幾たびかここへの突入を試みて、反政府軍兵士の万余の血が大地の肥やしとなった。

 踏み込んだらハチの巣にされるとの流布から、この俗称が定着した。


「シュリとアイラに、頼みがあるんだ」


 グレッグがグラスを煽りながら、俺とアイラに生暖かい視線を向けた。


「はい、何でしょうか?」


「ルキア市内に潜入して、友軍の諜報員と、コンタクトして欲しいのだよ。作戦のすり合わせと、新しい暗号コードの交換をしてきて欲しいのだ」


「念入りですね、今回は」


「ああ。今まで失敗してきた理由の一つに、作戦の漏洩がある。遠隔でやり取りすると、それを傍受されて先手を打たれることもあるからな。今回は各方面軍と市内のレジタンス、我々とで、直接作戦を共有する。その場には正面軍の参謀も出るだろう」


「わざわざ敵の中に紛れ込んでやるのは、目くらましですか?」


「そうだ。敵もまさか、自分達の懐の中で、そんなことが起こっているとは思わんだろう。ルキア市街は比較的安定しているから、一般市民に紛れれば、かえって動きやすいんだ」


 にわかには信じられない考えだが、今までの失敗の山からの反省から、このようなやり方が考案されたのだろう。

 それが、この地獄のような内戦の終わりに役に立つのであれば、断る理由はない。

 けれど、


「隊長、俺はいいですけど、アイラを連れて行くんですか? もしばれたらその場であの世行きの、危険任務です。私だけでいいのでは?」


「その理由は二つある」


 グレッグは銀剣の輝きのような眼光を放ちながら、やはり口元だけは緩んでいる。


「一つは、片方が死んでも、もう片方が任務を遂行できるだろう。もう一つは、男女一緒の方が、カムフラージュになるとの上の判断だ」


「なるほど……」


 俺が頷くと、グレッグはなお一層顔を緩めて、面白げに言葉を声に乗せた。


「それに、シュリとアイラだったら、まさに適任だろう。誰も、何も疑わないさ」


 ―― やれやれ、そうくるか。

 と、一人で苦笑していると、隣の椅子に座るアイラが、声高に応えた。


「あの、大佐、それってどういう意味ですか!?」


「だってそうだろう。お前とシュリなら、演技の必要がないもんな。本物の恋人同だからな」


 グレッグが口元を崩しながらそう応えると、この場にいる他の男三人が、うんうんと首を縦に振った。


『そんな……私とシュリは、別に……』


 顔を真っ赤に染めて、アイラが言葉を返す。

 けれどそんな彼女をグレッグは、はっはと笑い飛ばした。


「照れるなよ、今更。どうせだからついでに二人で、ルキアで羽を伸ばしてきてもいいぞ。ここやフェリエの街よりも、よっぽど色々なものがあるだろう。シュリ、たまにはそんなことも、大事だぞ?」


「はい、まあ……」


 アイラの方に眼を向けると、彼女も俺の方に目線を向けて、頬を真っ赤にして、唇を尖らせていた。


 ――彼女と知り合ってから、もう5年ほどか。

 そういえば、今までそんな機会は、ほとんど無かったな。


 確かに、そんなことがあってもいいのかもなと無言で思いやり、肩をすくめる彼女の横顔を見やった、



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