第60話 犯人
しまった…… 出遅れたか。
未来からのメッセージを確認してから、その場で直ぐに彼女へ電話連絡を入れた。
「もしもし……」
俺の着信に即座に反応した彼女の声は、どこまでも暗かった。
「大丈夫か、未来? 遅くなってすまん。一体どういうことだ?」
「今日、お姉ちゃんが、家に来ることになっていたの。それで待っていたら、お姉ちゃんのマネージャーの人から連絡があって。家まで来る途中に、襲われたって……」
「それで……お姉ちゃんは、無事なのか?」
「大した怪我はないみたいだけど、今病院にいるみたい」
「そうか……なら、良かったかな。しかし、一体誰が?」
そこから暫く、重たい沈黙の時間があった。
「私のせいかもしれないの」
「え? どういうことだ?」
「……ごめん……会って……話したいな……」
ただ事ではない空気が、電話越しにしんしんと伝わって来る。
「分かった。遅い時間だけど、今からいいのか?」
「うん、お願い……」
家の場所をメッセージアプリで送ってもらうようにお願いして、その場でタクシーを一台呼んだ。
10分ほどして到着した車に腰を下ろし、未来から受け取った住所を、運転手に告げた。
落ち着かない気持ちを押さえながら車に揺られて、閑静な住宅街の中にある一軒家の前に着いてから、もう一度未来のスマホを鳴らす。
すると玄関先に、目を赤く腫らした未来が、姿を見せた。
「大丈夫か、未来? どういうことだ?」
彼女は周りに人がいないことを確認してから、小声で話を始めた。
「今日この家に来る途中で襲われたみたいで、通行人の人が警察を呼んでくれて助かったみたい。襲った犯人の中に、私の知り合いがいるかもしれないの」
「は? 知り合い? なぜそう思うんだ?」
「マネージャーの人の話だと、犯人の一人が、昔の知り合いと特徴がそっくりなのよ。痩せていて背が高くて、銀色の髪をしていて」
「……銀色の……髪……?」
意表を突く言葉だったけれど、
その特徴に会うのは、自分の記憶では、一人しかいない。
「それ、どういう知り合いだ?」
「……元カレよ。私が、自分の顔が嫌いになった理由の一人」
その理由を作った元カレ……
未来が昔付き合っていて、それが実は、姉の霧島希美の代わりにだった、そんな奴のことか?
それが何故、今頃になって、姉の霧島希美を襲うんだ?
単なるストーカー? いや、それにしても……
頭の中に、疑問符が流れ飛ぶ。
「なんでそいつが今更、お姉さんを襲うんだよ?」
「多分だけど……私と間違えたんじゃないかって思う。別れてからもずっと連絡が来ていて、我慢できなくてブロックしていたの。それで向こうから、近寄ってきたのかも」
「……そうか。そいつの名前、分かるか?」
「夜見山恭一。私の一つ上の先輩だった人」
特徴と名前が一致した。
恐らく奴は、未来のことを探していたんだ。
それで、未来と霧島さんとを勘違いして……?
まさか、いきなり霧島希美本人をを襲うのは、すっとび過ぎだろうし。
いずれにせよ、許されることではない。
腹の底から、マグマのような熱いものがこみ上げてくる。
それだけ話すと、未来はその場にしゃがみ込んで、声を上げて泣き始めた。
どうしたものかと、頭を巡らせる。
このまま放っておいても、奴は警察に捕まるかもしれない。
けれど、そう時間を置かずに、またこの社会に復帰するだろう。
そうすると、今度は本当に、未来が狙われることになるのではないか。
そんな不安が、頭をかすめた。
「なあ未来、そいつの家とか、今どこで何をやっているかとか、知っているか?」
「……知らない。思い出したくもない」
それはそうか。最近、会っていないんだものな。
仕方ない、その辺が分かりやすそうな人に、訊いてみるか。
翌日、俺は二人の人物に、このことを相談した。
一人は東雲だ。
ネット情報には精通しているはずだから、何か分かるかもしれない。
『GOKUMON』の夜見山の事を調べてくれと伝えると、意外にも彼は、あっさりとOKをしてくれた。
「深くは聞かない。けど、面白そうだ。楽しみにしているよ」
そんな謎の言葉が、くっついて来たけれど。
もう一人は、豊芝さんだ。
外務省がこの件に直接関わっていえるとは考えにくいけれど、きっと色々な情報を持っているはず。
RINEで『会いたい』と送ると、『私も用があるの』と返ってきた。
早速、明日の夜にでもという約束をした。
―― ひとまずこれでいい。
今日は、未来は学校を休んでいる。
ショックが大きいのか、姉の霧島希美の所にいるのか。
その方がいいのかもしれない。
夜見山本人が、今どこにいるのかも分からないのだ。
次の日、得意顔の東雲が、俺に近づいて来た。
「大体分かったよ」
「え、もう分かったのか?」
昼休み、人気の少ない場所で、二人だけで密談をする。
「隣町にある廃屋が、アジトらしいね。トップがいて、その下に幹部が5人ほど。全体で100人くらいの規模だから、それなりに大きいね。色々とひどいこともやってるみたいで、警察に逮捕されているメンバーもいるみたいだね」
「夜見山って奴がどこにいるかは、分らないか?」
「そこまでは無理だね。けど、アジトの場所で見張ってたら、その内会えるかも。それか、他の誰かに訊くとかね」
「そこのトップと幹部の名前、それと顔写真はあるか?」
「トップの顔と名前はネットにあったから、渡せるよ。後は難しいかなあ」
「ありがとう、十分だ」
御礼を言うと、調査の報酬として渡した奢りのパンを頬張って、東雲は得意げに頷いた。
未来は今日は登校しているものの、やはり表情は暗い。
そんな雰囲気を察してか、夢佳が心配そうに話しかけてくるけれど、彼女に細かい話はしていない。
事が終るまで、変な心配をかけないためだ。
高校での授業が終わると、今日の夜は都内の個室居酒屋で、豊芝さんと待ち合わせだ。
指定された場所のドアを開けると、奥まった場所にある個室へと案内された。
他の部屋の声がほとんど聞こえてこないので、こういう場合のための、いきつけなのかもしれない。
先に到着して待っていると、約束の時間から少し遅れて、彼女が入ってきた。
その顔には、いつものような陽気さが感じられず、どこかぎこちなかった。
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