第55話 罪滅ぼし

 未来に抱き付いて大泣きをして、少し落ち着いたあたりで、夢佳が背後から無言で近づいてきた。


「なに、してるの……?」


「あ、あの…… これは、何でもないんだよ……」


 未来が何事かを取り繕おうとするも、この状況を劇的に変える言葉などあるはずもなく。

 ものすごく気まずい空気が、夢佳から発散される。

 真夏にもかかわらず、冷凍庫の冷たさを感じる。


 何か言わないとと思って、


「すまん…… 昔のことをちょっと思い出して、取り乱したんだ」


「……いつまで、そうやってくっついてるのよ?」


「「あっ!」」


 未来と俺はぱっと体を離して、あははと笑う。

 でもその後ですぐに、夢佳と未来、二人とも心配げに視線を向けてくる。


「何か、思い出したの?」


「……多分ね」


「……どんな…… こと?」


「大したことじゃないさ」


「そんな訳ないでしょ! でないと、あんな風になんか……」


 不安なのだろうか、泣き出しそうな目を、夢佳が向けてくる。


「ちょっと、夢佳。珠李も、まだ落ち着いていないし……」


 未来がたしなめるように言葉をかけるけれど、彼女自身の瑠璃の瞳にも影が差している。


「ごめんなさい、待ったあ!?」


 後から来て事情を知らない東雲が、他意の無い陽気で乾いた声を放り投げてくる。

 今のこの状況には、天の助けに等しいかもしれない。


「大丈夫だ、何でもないさ」


 そうは答えてみても、この場の空気は微妙だ。

 きょとんとした顔で、小首をかしげる東雲。


 そんな彼は、未来の方に目をやって、


「あっ! 眼鏡を外している篠崎さん、初めて見たよ。凄く綺麗だね!!」


「あ……」

 

 東雲に気づかれて、未来はそそくさと、ポケットに入れていた眼鏡を取り出して、顔の上に乗っけた。


「ええ~! 眼鏡無い方が可愛いいのに。そんなに眼が悪いの?」


「うん、まあ……」


 天然の突っ込みを入れる東雲から目を外して、短い返事だけをする未来。


「じ、じゃあ次はさ……、夢佳が行きたがってるアイス屋さん、行こうか……?」


 未来はあまりその話はしたく無さげなので、空気を変えようとして夢佳に言葉をかけると、


「そ……そうだね……あはは……」


 と、乾いた笑いを送ってくれる。


「ねえ藤堂君、何だか目が赤いけど、大丈夫?」


「あ、ああ。寝不足で、目を擦ったからかな……」


 気まずさに胸を圧迫されながら、ぎこちなく笑いあう美少女二人の後ろにくっ付いて、温泉街を回っていく。


「あっ、あれ入ってみない?」


 東雲がぴんと伸びた指先で示す先には、『遊技場』と書かれた看板のある、古い建物があった。

 中に入ると、年代物のゲーム機やら、パチンコ台、ピンボールといった緩い遊び道具が、所狭しと置かれている。


「いらっしゃ~い」


 屋内にも拘わらず麦わら帽子を被って、白いタンプトップと短パン姿のおっちゃんが、商売っ気のない挨拶を流してくる。


「わ、懐かしい! こんなのまだあったんだあ」


 上から降って来る敵を撃つだけの、昔懐かしいゲーム機を前に、東雲が目を輝かせる。


「あ、あれ可愛いなあ……」


 そう小声で呟いた未来の目の先には、茶色の大きな熊の縫いぐるみがあった。

 他にも大き目の兎やらプラモデルやらが、ひな壇のような台の上に、等間隔で置かれている。


 その手前にライフルのおもちゃのような器具がいくつか置かれていて、『射的』と手書きで書かれた紙が壁に貼られている。


「未来、あれ欲しいのか?」


「あ、ううん。ちょっと可愛いなって思っただけ……」


 さっき抱き付いてしまったお詫びもあるしな。


「おじさん、一回」


「はいよ。台から落とすか、倒したら景品ゲットだからね」


 五百円玉を一枚渡して、コルクの弾を5個もらう。

 ライフルの一つを選んで弾を先端に押し込み、狙いを定めた。


『ポン!』


 引き金を引いて、乾いた空気音と共に発射されたコルク弾は、狙いよりもわずかに上に逸れて、縫いぐるみの頭の上をかすめた。


 ―― 弾が上に逸れるな、大体10センチくらいか。


 少し下の方を狙って二発目を放つと、コルク弾はほぼ狙った通り、縫いぐるみの額のど真ん中に当たった。

 けれど、多少ぐらつきはするも、倒れる気配はない。


 3、4、5発と、命中箇所をずらして当てても、同じような感じだ。


 ……これ、当たっても倒れないんじゃないか?


「なあおっちゃん、二回分払うから、ライフル二本、同時に打っていいか?」


 そんな提案に、おっちゃんは怪訝な顔をしながらも、


「まあ、いいや。やってみな」


 と応じてくれた。


「ねえ、珠李。そんなに無理しなくてもいいよ?」


 未来が心配げにそう言うけれど、乗りかかった船なのだ。


 新しいもう一本のライフルを試し打ちする。

 ―― こっちは右上に3センチのズレかな。


 片膝をついて、左右両手に一本ずつライフルを持って手を伸ばし、目の前で同時に狙いを定める。


『ポポン!』


 二発を同時に発射すると、二つのコルク弾はほぼ同じ場所に命中した。

 熊の縫いぐるみは後ろ側に大きく揺らいで、台の上でぱたんと仰向けになって倒れた。


 一発では倒れなければ二発同時で、威力二倍。

 単純な計算だ。


「おっちゃん、あれ、もらっていいんだよな?」


「……へ? あ、ああ……」


 目の前で起こった事が信じられないかのように、虚ろな目をしたおっちゃんが、縫いぐるみを手渡してくれた。


「はい、未来」


「え、そんな……悪いよ……」


「いいんだよ。さっき俺を守ってくれたお礼だ」


「そんな、私……」


 困った顔で俯いてから、はにかみの笑顔を覗かせた。


「ありがとう。大事にする!」


 二人で見つめ合って笑い合っていると、背中越しに冷たい声がした。


「ねえ珠李、私も欲しい物があるんだけど?」


「あ……どれだ、夢佳?」


 夢佳が希望した兎の縫いぐるみを、また同じ方法で台から落とした。


 それを手渡すおっちゃんの手が小刻みに震えていて、もう来るなとでも言いたげな顔をしていたのは、言うまでもない。


 それから定食屋で昼食をとってからぶらついて、予定の時間は終了。

 帰りのバスに便乗して、帰路に着いた。


「いいでしょお~、これ!」


「取ってもらったったんだ、珠李に」


 嬉しそうに縫いぐるみを抱えた二人が、自慢げにバスの中で見せびらかしていたのが、印象的だった。


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