第51話 林間学校

貸し切りバスが高速道路を疾走する。


 無事に期末試験、終業式を終えて、その翌日から一泊二日の林間学校が始まる。

 クラスごと、10台ほどを連ねての移動なので、かなり大きな集団なのだろう。


 目指すは信州、温泉でも有名な観光地の一画にある、宿泊型研修施設である。


「せんせえ、お菓子いりませんかあ?」


「ありがとう。いただくわ」


 クラス担任の神城先生はバスの最前の席で行く手を見守っているけれど、後ろの生徒達からちょこちょことちょっかいをかけられる。

 そのたび、嫌な顔一つせずに、気さくに応じている。


「ねえ珠李、チョコレート食べない?」


「お前、相変わらず甘い者好きだな。あんまり食べ過ぎると、昼飯が入らないぞ?」


「大丈夫。甘いものは別腹だから」


 二列席の通路側、俺のすぐ横ではしゃぐ夢佳。


 普通別腹って、飯を食った後のデザートとかのことを言うんじゃなかったっけ?

 と訝しんでしまうけど、まあ本人がそういうなら放っておこう。


「食べないんなら、私に食べさせてよ。あーん」


「お前また、あらぬ噂をたてる気かよ?」


「あら、いいじゃない? その方が、燃え上がったりしない?」


 冗談とも本気ともとれない言葉を、甘い吐息に乗せてくる。


 ふと気になって、話し声が届かない程の前の方に座る、神代先生に目を向ける。

 運転手さんとの会話や女子生徒の相手やらで、忙しそうだ。


 俺の家で熱い一夜を共にしてから、先生からはしばしば、軽いメッセージが届くようになった。

 お疲れ、お休み程度の短いやりとりだけれど、それが普通になりつつある。


 もちろんこのことは、二人だけの秘密だ。


「あ~ん!!!」


「はい、あ~ん……」


「ん、美味しい!」


 楕円形のビターチョコレートを俺の指から口に含むと、夢佳は蕩けそうな笑顔を見せた。


 ……どうしたらいいんだろうな。これは?


 先生とは付き合ったりする間柄ではないけれど、それでもああいうことがあった後なので、他の女の子と触れ合うのには、とまどいを感じてしまう。

 とはいえ、クラス最強女子の夢佳からぐいぐいこられると、その全てを回避するのは、某人気SF物語に登場するコーディネイターでも難しいだろう。


 彼女からの密着&あ~ん攻勢にとまどいながら、バスは目的地に近づいて行く。


 通路を挟んで向こう側の席には、未来と東雲とが並んで座っている。


 ―― どうしたんだろう?


 未来に元気が無いようにみえるのだ。

 男子と並んで座っているので、緊張でもしているのかな?


 東雲が何かを話し掛けているようだけれど、未来はうんうんと頷くだけで、会話が弾んでいるようには見えない。


 高速道路を降りて、濃い緑の山間深い曲がりくねった道を進んだ先に、駐車場が広がっていた。

 そこで降りて、今夜の宿泊場所まで、クラスごとに固まって移動する。


 山の空気は澄んでいて胸に心地よく、降り注ぐ太陽の日差しは強いけれど、都会の中ほどの蒸し暑さは感じない。


「なあ、未来?」


「え?」


 班ごとに歩きながら、俺は未来に声を投げた。


「大丈夫か? バスの中で、元気がなかったように見えたんだけど?」


「あ、大丈夫だよ…… ありがとう」


 そう言って、何事もなかったかのように笑みを見せる。


 ま、それならいいけどな。


 緑の木々に囲まれた中ででんとそびえ立つ宿泊施設に着くと、男子と女子はフロアごとに分かれて、指定された部屋で荷物を下ろす。


 それから大食堂で昼食を取ってから、オリエンテーションやら、自然の大切さやらの話を聞かせられて、そこから夕飯まで自由行動に。


「ここ、本当に出るらしいぜ」


 10人一組の大部屋の中、一人の男子がそんなことを、唐突に言い出した。

 周りの男子が、何事かと耳を欹てる。


「女の人の幽霊が出るらしいんだよ。去年ここに泊まった二年生は、大騒ぎだったらしい」


「まじかよ? 信じられないなあ」


 夏にこの手の話はつきものなので、それ程気にも留めずに適当に耳をそちらに向ける。


「ここで亡くなった女の人らしくって、自分の彼氏はどこにいるのかって訊いてくるらしいんだ。親切にすると、いいことがあるって聞いたぞ」


「いいことって?」


「付き合っている男女はうまくいくとか、シングルだと相手に出会えるとか」


「それ、恋の女神じゃん!」


 およそ怪談には似つかわしくない雰囲気で盛り上がりながら、自然と女子の話題に話が進み。


「なあ藤堂、お前の班いいよなあ」


「え、何がだ?」


「だって、鬼龍院さんと篠崎さんがいるんだろ? 俺も入れて欲しかったなあ」


 未来のことなど、つい先日まで眼中になかっただろと、言葉にはしないで心根で悪態をつく。


「お前、鬼龍院さんと付き合ってるって本当か?」


 う~ん…… 面倒くさい展開になってきたな。


「いいや。放課後に一緒に帰ったり、たまに一緒に飯を食ってるだけだぞ」


「でも何かいい雰囲気だったって、女子が噂してたぞ?」


 ファミレスにいた例の三人組の顔が、瞬時に頭に浮かんだ。


「そうそう。今日のバスの中でも、仲良さそうだったよな」


 嬉々として好奇と羨望の目を向けて来る男子達に、閉口してしまう。

 けれど、こうして突っ込まれるのが全く嫌ではなくて。

 夢佳と何気に過ごしている時間は心地よくもあり、たまに面倒くささはあるけれど、悪い気はしていないのだ。

 もちろん、神代先生とのこともあるので、それ以上突っ込むつもりは、無いのだけれど。


「まあ……確かに、あいつはいいやつだな」


 かろうじてそれだけ呟くと、にへら笑いの男子達に囲まれた。


 部屋で雑談に興じている間に夕刻を迎え。

 屋外のバーベキュー場に集合する時間になった。


 キャンプ場も併設された広大ま敷地に、バーベキューのための器具が点々と並ぶ。

 うちの高校で貸し切り状態だ。


 班ごとに職員の人から食材を受け取って、加熱スウィッチをONにして、金網の上に食材を並べていく。

 時間が経つと辺り一面、肉や野菜が香ばしく焼ける匂いが、風に乗って纏わりついてくる。


 うちの班は夢佳、未来、東雲に俺の四人だけれど、網の上の目付け役は俺が担当している。

 焼き上がりの加減によって味が変わってくるので、その辺はこだわって、焼き加減に目を配る。


「ほい、焼けたぞ」


 ミディアムレア気味に焼けた肉と、こんがりと焦げ目がついた野菜を、紙皿の上にぽいぽいと置いていく。

 このあたりは、俺自身の目利きによるものだ。


「美味しそう、頂きます…… うん、最っ高!」

 

「うん、美味しい……」


「美味いよ、藤堂君!」


 三者三様の喜び方だけれど、みんな満足してもらえたようだ。


「あら、美味しそうね」


 見回りで巡回していた神代先生が、金網の上に目線を落としてから、笑顔をこちらに向けた。


「丁度焼けていますよ」


「もらっていいのかしら?」


「もちろん。一緒にどうぞ」


 紙の取り皿の上に山盛りで乗っけて先生に渡すと、嬉しそうにそれを受け取った。

 美味しそうに口を動かす先生と目が合うと、一緒に過ごした熱い夜の情景が頭に蘇って、照れくさくて目線を動かしてしまう。


 そこから暮れなずむ空の下で、和やかな会話に華が咲いたのだった。



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