第46話 寄り道
赤石と俺を先頭に男女八人組は、駅に向かう途中にある商店街をそぞろ歩き、「みはる」と書かれた青色の暖簾を潜った、
赤石達御用達の年季の入ったお好み焼き屋さんで、以前夢佳も連れて訪れた場所だ。
「いらっしゃい。あら、大勢ね」
「ばあちゃん、八人だ。鉄板二つ使っていいかあ?」
「はいよ。空いているからどうぞ」
カウンターに二人ほど客がいるだけで、座敷の上のテーブル席は空いている。
赤石がおかみさんの了解をとってから、そこを指さした。
折角の交流の場ではあるのだけれど、不良四人組の前に未来や東雲は思いっきり腰が引けている。
なので結局、俺と夢佳が間に入って並んで座り、その対面に未来と東雲が座す配置となった。
それなら連れてこなければとも思うけど、出来るだけ未来一人にしておきたくない思いがあった。
理由は銀髪だ。
奴が探しているのが未来だと決まった訳ではないけれど、見つかると絡まれる公算は大きい。
であるので、出来るだけ周りに人がいるような状況を作りたいのだ。
今も、それから、これから暫くは。
気にかけ過ぎなのかもしれないけれど、心のどこかで引っ掛かったままなのだ。
それに、東雲がどんな奴のなのかも興味はあり。
「じゃあ、豚玉二つとミックスと焼きそばね?」
こちらのテーブル分を、夢佳がオーダーすると、白髪のおかみさんは顔に皺を寄せて頷いた。
「東雲君、緊張してない?」
背筋がぴんと伸びきったままの東雲に、夢佳が言葉を投げかけた。
「うん、ちょっと。学校の帰りに、寄り道なんかしたことないし」
「え、そうなの? 真面目~♪」
「普段は、どんなことをやっているんだ?」
俺の問い掛けに、俯き加減でくぐもった言葉を発した。
「えっと…… パソコンとか、ゲームとか……」
「え、パソコンが使えるのか?」
「うん、まあ……」
「パソコンってさ、どんなことできるの?」
俺が訊こうとしていたことを、夢佳が先に口にする。
「基本、スマホと同じだよ。けど、ネット検索や動画見たりとかはやりやすいよ。動画や画像の編集とかもしやすいし。オンラインゲームとかもできるし」
「それ、自分でパソコン持ってるってことなの?」
「うん。お小遣いとバイト代を貯めて買ったんだ」
「え、バイト?」
「うん。情報処理会社で、データまとめたり、動画や画像を作ったりしているんだ」
「へえ…… もしかして、最近ネットとかで流れてるようなやつかしら?」
「うん。Xtubeで配信している人とかから依頼を受けて、加工や編集なんかもしてるよ。一緒に撮影に立ち会うこともあるし」
なんだか話せば話すほどに、見た目以上の存在感を醸して来る。
夢佳と未来の目つきは、まるで別人に向けられるそれのようである。
全く、雲の上のような話だ。
おかみさんが目の前の鉄板に生地を広げてくれると、白い湯気とともに食材の甘い香りが臭覚を刺激してくる。
さらに上から粘度の高いソースが掛けられると、それが鉄板の上で泡立つ音が加わって、目と耳でも食慾をそそってくる。
熱々と濃厚な味を堪能していると、東雲が力なく笑みながら、ぼそりと呟いた。
「あの……篠崎さんって……さあ……」
「なに?」
「霧島希美に似てるって言われない?」
「「!」」
一瞬、俺の食い掛けの箸が止まり、未来の白い顔がもっと蒼白になっていく。
「あ、そうね。私もそれ、思ってたんだ!」
黙れよ夢佳、と胸の中で吐き捨てながら、
「まあ……世の中、似た顔の奴は三人いるっていうしな、俺は別に、似てるって思わないけど……」
「そ、そうよね? あはは……」
未来と顔を見合わせて気持ちの全然こもっていない乾いた笑いを交わす。
「でもさ、よく間違われたりしない?」
いいかげんに黙れよ、夢佳。
「お前、喋ってないで食えよ。食わないなら、俺が食っちまうぞ?」
「じゃあ……食べさせてよ。あ~ん」
「……分かった、全部俺がもらうから」
「わ~、待ってってば!」
俺と夢佳のそんな掛け合いを眺めていた東雲が、また毒を吐く。
「ところでさ、藤堂君と鬼龍院さんって、付き合ってるの?」
……だれか、余計な噂話でも聞き込んだか?
あの噂好きのクラス女子達からか?
「え、そう見える?」
何嬉しそうに笑ってやがるんだ、夢佳よお。
「うん。クラスの女の子達が噂してたし、それに今だって…… ねえ、篠崎さん?」
「え? あ……そ、そうかな、確かに……」
急に話を振られたからだろうか。
未来が慌てた風に、体をぴくんと跳ねさせてから、目線を鉄板の上に流した。
「別に、何もないよ。単なる噂だ」
「そうそう。噂なんて、好きに言わせとけばいいのよね。私達は私達だもんね、珠李~~?」
なんか意味ありげな言い方だな、おい。
「でも僕は、二人はお似合いだと思うよ? 藤堂君は大人っぽいし、鬼龍院さんは綺麗だし」
「そ、そうかなあ、えへへ……」
およそお嬢様には似つかわしくない解けた表情で、だらしなく笑う夢佳。
「……俺、トイレ行ってくるわ」
甘ったるい空気から一時離脱するために、腰を上げる。
造りは古いけれど綺麗に清掃されたトイレで用を足して外へ出ると、トイレの扉のすぐ前に赤石がずん立ちしていた。
「よう、お先」
そう呼び掛けてさっさと場所を譲ろうとすると、口元を緩めながら言葉を返してくる。
「なあ、藤堂」
「あ?」
「お前、今の高校に来る前、どこで何やっていたんだ?」
「……なぜそんなことが気になるんだ?」
「お前からは、
「……何だそれ?」
意味が良く分からず、問い直すと、赤石は親しみを込めた目線を落としてくる。
「いや、俺の知り合いに極道の人がいるんだがな。その人と似た匂いだ。もっとも、お前の方がもっと強い匂いだけどな」
「どういうことだよ? 意味が分からんな」
「そうだな……掃き溜めの中から出るっていうか、普通じゃない修羅場を知っている人間がもっている匂いってのかな。そうそういるもんじゃないが、お前からはそれを感じるな。だから俺らは、お前の前で足が竦んじまったのかもしれねえな」
そう言われても、自分自身ではよく分からない。
けれど、アフリカにいた時の自分が、仮にそんな場面を抜けて今があるのだとしたら……
ルキア市街で日本大使館に向かう路上、俺は畏怖の目に晒されていたような気がする。
身近に存在していて欲しくない異端、そんな者に投げつけられるような暗い視線。
「そうかもな。けどすまん、昔のことは、覚えていないんだ」
「そうか…… なら思い出したら、また話してくれ」
そう言葉を発すると、赤石はトイレの個室のドアをバッタンと閉めた。
テーブル席に戻ると、夢佳が柔らかい顔をくっつけてきて、
「ねえ、辛いもの食べたから、甘いものも食べたいなあ」
―― 何だか癒されるな、こういうのは。
不覚にもつい、頬が緩んでしまう。
「それ、僕たちはお邪魔かな? ねえ、篠崎さん?」
「あ……うん…………そうかな…………」
何故だか未来の声が、尻すぼみで小さくなっていく。
「いや、別に気にしなくていいぞ。なあ。夢佳?」
「まあ、珠李がそう言うなら、それでもいいけど……」
その後赤石達のグループとは別れ、四人で駅前の喫茶店に立ち寄って、生クリームとチョコレートの味を堪能してから、家路に着いたのだった。
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