第45話 試験終了

 ここ数日の間、午前中にテストを受けて、午後は次の日のためのテスト勉強。

 夢佳と未来と一緒にそんな感じで過ごして、何とかテスト期間の最終日を迎えた。


 最後の試験は古文。

 普通の日本語でも中学校までレベルかもしれないのに、それよりもっと昔の言葉を理解するのは、相当に骨が折れた。

 教科書の文章をほとんど同時通訳のような感じで未来から教わり、何とか答案を埋められるまでにはなっていたけども。


「おわったあああああ~~~!」


「お疲れ様」


 答案用紙の回収も済んで、それを持って神代先生が教室からいなくなってから、机の上に額を預けた。

 ひんやりとした心地が伝わってきて、オーバーヒート気味の頭には丁度いい。


 そんな俺に、隣の席から未来が、赤子を見る母親のような柔らかい笑顔を向けてくる。


「まずいわ。全然できなかった……」


 クラス最強女子の夢佳は、俺の席の真横、つまり俺と未来の間に立ちいって、そう呟いた。


「まあ、まだ結果はでてないし……」


 未来の笑顔は、そんな彼女にも向けられる。


「そうだぞ夢佳。何があっても骨は拾ってやるから、大丈夫だ」


「じゃあその骨、珠李のお家まで連れてってよ」


「それはダメ」


「何でよ、もう~!」


 夢佳は不満顔を向けてくるけれども、こっちは試験明けでとにかく寝不足なのだ。

 こいつもへろへろなのは、一緒のはずだけど。


 今日はこの後、HRが待っている。

 さっさと終わってもらって、家に帰りしゅわしゅわの泡付の黄金の液体を煽ってから、夢の世界に旅立ちたい。


 超久々の期末試験はそれだけ、俺の心身に少なくないダメージを与えたのだ。


 短い休憩時間の後、再び神代先生が姿を見せた。

 

 綺麗だな、今日も。

 白い半袖のシャツに、黄色の柔らかそうなスカート。

 花の国の妖精みたいと言ったら、また顔を赤らめるのだろうか。


 教壇で背を伸ばして、白い小顔を左右に向ける。


「みんな、試験お疲れ様。あとちょっとで夏休みね」


 先生の労いの言葉に、教室全体が和やかな空気に包まれる。

 そんな雰囲気の中、俺は余計睡魔に襲われて、自我を保つのに躍起だ。


 先生は一通り簡単に注意事項を伝えてから、


「全体への連絡は以上です。林間学校を申し込んでいる人だけ、この場に残ってもらえますか?」


 そう告げられると、何名かの生徒達はこの場を後にしていった。


「今から班分けの名簿を配りますね」


 生徒の方から事前に希望は伝えてあるので、それを先生の方で調整したものが、これから配られるのだろう。


 前の席から受け取ってざっと目を通してみて、やはり参加は33人。

 全部で七つの班だ。

 俺の班は第七班、鬼龍院、篠崎、藤堂、東雲。


 東雲? 確か、東雲行武しののめぎょうぶ

 教室の最前列、一番戸口に近い席、つまり俺の席とは対角線にいる男子。

 喋ったことはおろか、どんな顔をしていたのかも、正直朧げだ。

 はっきり言って地味で、いてもいなくてもよく分からない存在。


「六班と七班は四名、他は五名でお願いね」


 結局そうなったんだな。

 まあいいか。

 神代先生は先生なのだから、どこかの班に入るよりは、きっとその方がいいのだ。


 ちなみに六班は、赤石他三名の、同じみの面子で構成されている。


 それから班ごとに分かれて、雑談の時間になった。

 各々の班で、これからの準備やら、当日何をしようかやらで、話に熱が入る。


 そんな中、神代先生と地味キャラ東雲とが、俺達三人の塊の前に顔を並べた。


「あのお、初めまして……」


「初めましてじゃあないでしょ、同じクラスなんだから!」


 東雲の物静かで柔らかい挨拶に、夢佳が気さくに応じる。


「みなさん、四人で仲良くお願いね」


「先生は結局、うちの班には入らないんですか?」


「ごめんなさいね。他の班とかにも顔を出したいから、そうもいかなくなったのよ。当日のイベントの方の準備もあるしね」


「それって、肝試しとかですか?」


「そう、それとかね」


 爽やかに笑みを浮かべると、神代先生は他の班の方に歩を向けた。


「よろしくな、東雲君」


「よろしく、藤堂君。それに、鬼龍院さん、篠崎さん」


「確か話すのは初めてよね? 滅茶苦茶頭がいいって印象なんだけど、東雲君は」


「え、そうなのか?」


 確かに見た目はそんな感じだなと勝手に納得しながら、訊き直してみる。


「いや、そんなことはないよ……」


 のっぺりとしたストレートヘアの下にはにかんだ笑顔を見せる東雲は、華奢な体躯をさらに小さくすぼませた。


「東雲君、確か中間試験の時、一番上の方に名前あったよね?」


 未来が眼鏡越しに彼を見やりながら、明るく声を掛けた。


「いや、まあ…… たまたまだよ……」


「へえ、凄いんだな。もうちょっと早く分かっていたら、期末試験でも色々とでも訊けたのかもしれないな」


「いや、それほどでもないよ……」


 あくまで謙虚に、低すぎる腰を覗かせる。

 こうしてよく見ると、大き目の黒目で顔立ちも悪くない。

 

 未来もそうだけどこのクラス、地味キャラが意外といけてたりするのかもな。


「ごめんね。僕、他に入れてもらうところがなくって。それで神代先生に相談したんだ」


「おう、全然いいぞ。俺達だって人数不足で、どうしようかって話はしていたからさ」


「ありがとう」


 そう言いながらちりと見せる前歯が、白く眩しい。


 そうこうして、長めのHRが終わると今日はこれで解散。


 片づけを済ませてさて帰ろうかと腰を上げると、目の前から野太い声が飛んできた。


「おい、藤堂」


「なんだ?」


「腹減らねえか? お好み食って帰ろうぜ」


「それ、この前の店か?」


「ああ。この辺じゃあ、あそこが一番美味い」


 赤石、青芝、茶野、大田黒、このクラスの問題児四人が揃っている。

 確かに、このまま帰っても、家には食い物ないんだよな。


「よし、乗った!」


 そう返答した俺に、すぐ脇で未来と立ち話をしていた夢佳が喰ってかかる。


「ちょっと珠李、私達と一緒に帰るんじゃないの!?」


「すまん、ちょっと腹が減った。お前らも来るか?」


「「……!」」


 金髪美少女と眼鏡美少女が固まる中、


「なあ赤石、もう一人呼んでいいか?」


「ああ、いいけど、誰だ?」


「おおい、東雲え!!」


 前の方の出入り口から出て行こうとしていた東雲は、びくりと首を跳ねさせて、こちらに目を向けた。


「飯食って行かないか? お好み焼!」


「……」


 意外な誘いだったのだろう、彼も氷の彫像のように固まっている。


「どうする、未来?」


「……うん……」


 怪訝な表情を浮かべながらも、首を縦に振る少女二人。

 教室先方で直立不動だった陰キャ男子も、おずおずと片手を上げてこくんと首肯した。


 こうして、見た目不良の男子達、

 どこに出しても大人気間違いなしの美少女達、

 口数の少ない陰キャ男子、

 そして二十歳越えの老け顔高校生、

 といった異色の取り合わせが出来上がり。


 試験終了の打ち上げだと言わんばかりに、威風堂々と街へと繰り出した。



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