第44話 密談と歓談と

 屋上に上がる階段の踊り場で、赤石、青芝、俺の三人は、足を止めた。

 赤石が俺の方を向き直って、分厚い唇を動かした。


「お前が話していた銀髪のやつ、誰だか分かったぞ」


「お、そうなのか?」


夜見山恭一よみやまきょういちっていう、GOKUMONの幹部だ」


「へえ、どんな奴なんだ、それ?」


 問い掛けに、赤石は眉間に皺を寄せ、青芝は顔全体を石のように強張らせた。


「化け物って噂だよ。何でもこの一年くらいで、あっと言う間に幹部になったらしい。『人狼』っていう二つ名まであるらしいな」


「『人狼』って、狼みたいに噛みつくってことか?」


「みたいだな。実際に、うちの高校の三年生が一人、やられたらしい」


「まじか?」


 目の前の男子二人が、同時にこくんと首を縦に振る。


「ああ。前にこの高校をしめていた奴らの一人なんだが、鼻の骨が折れて病院送りだ。それでその時、『人狼』が変なことを訊いてきたらしい」


「変なこと?」


「ああ。『霧島希美に似た女を知らないか?』、てな」


「……なに?」


 一瞬、心臓が普通じゃない動きをしたように感じた。

 そんな俺に、赤石の言葉が追い打ちをかける。


「最近な、うちのクラスの篠崎が、霧島希美に似てんじゃないかって噂があるんだよ。知ってるか?」


「あ、まあな…… 俺はあんまり、そうは思わないけど……」


 つい、本音とは逆のことを口にした。

 未来本人にとっては、歓迎しない噂なのだしな……


「まあ、俺はまだあんまり本人に近寄れないからよくは知らないが、ちょっと気になったもんでな」


「そうそう、未だに俺ら、目を合わせてもらえないもんな」


 赤石の隣で青芝が、眉の端を下げて、白い歯を見せる。


「そうか…… ありがとう。やっぱり、あんまり近寄っちゃいかん奴なんだな?」


「そうだな。けど、向こうから突っかかってきたら、そうも言ってられんからなあ……」


 腕組みをして目を瞑り、分厚い顔面を歪める赤石。


「もしかしてお前、この学校の生徒を、守ろうとか思っているのか?」


 念のための問いだ。

 ずっと昔に見た映画ではこういう場合、高校の番長が他校と渡り合ったりするもので。


「いや。そんな大層なことは考えてねえさ。だた、篠崎のことが、ちょっと気になってなあ」


「『人狼』が探しているのが、未来っていうことか?」


「分からん。だが、用心するに越したことはない。そういう奴だよ、そいつは」


 なるほどと首を捻りながら、自問自答する。

 これは、未来には、言わない方がいいよな……?


 まだ彼女がターゲットだとは決まったわけではない。

 今やっとクラスにもなじんできて、普通の生活を送り出したばかり。

 不安な気持ちにはさせたくない。


 それにいざとなれば、俺が――

 一瞬そう考えて、唾を飲み込んだ。


 少し離れた場所から目にしただけで、鳥肌が立って思わず身を隠してしまったような相手。

 相手の素性や実力も全く分からなかったけれど、本能が囁いたのだろうか。


 そもそも俺自身がどんな奴なのかも、よく分かっていないのだ。


「なあ赤石、青芝。俺は、未来にはまだ、黙っていようかと思うんだ。まだはっきりしないし、怖がらせたくないんだ」


「そうか…… まあ、一番仲がいいお前がそう言うんなら、俺らは文句はないよ」


 ふんふんと首肯する二人。


「ありがとう。また何か分かったら、教えてくれ」


「ああ、分かったよ」


 二人との話を終えてから一人で学食に向かうと、ほとんどの生徒が午前中で帰宅するためか、人影は疎らだった。

 トレイの上にかつ丼とみそ汁を乗っけて見回すと、遠目から夢佳と未来が、白い掌を大きく振っていた。

 

 近寄ると、夢佳が心配げな目線で出迎えた。


「ねえ珠李、どうしたの? 顔が怖いけど?」


「……そうか?」


「うん。老け顔が、もっとおじさんに見える」


 未来からもそんな風に言われてしまい。


「いや、何でもない。気のせいだよ」


 作り笑顔をでっち上げて、気を取り直して熱々の豚カツと白飯をかっこむ。


「ねえ珠李、最近あいつらと仲いいみたいだけど、何喋ってるの?」


 どうだろう、そんなに仲良しになったつもりもないのだけれど?

 今日の話を正直に話すわけにもいかず。


「う~んと…… 夢佳がいい女だって話をしているんだよ」


「え……っ、ちょっと…… 噓でしょ?」


「まあ嘘だよ。でも俺は、そう思ってるぞ」


「……もう……こんなとこで……」


 ほんのりと頬を朱色に染めて、満更でもない表情の夢佳に、


「私もそう思うよ。私が男だったら、夢佳のことは放っとかないから」


「ちょっと、未来まで……!」


 陽気につかみ合いを始めた二人に目をやりながら、残りのかつ丼とみそ汁を平らげる。


「さあ、食べ終わったら、頑張ろうか!?」


 試験疲れと満腹感に支配されて瞼が重たい夢佳と俺に、未来は爽やかに言い放った。


 席を立とうとすると、夢佳が俺の肩越しに目線を向けて、ペコリと頭を下げた。


「こんにちは、先生」


「こんにちは、みんな。あら、もう食べ終わっちゃったのね?」


 首を後ろに向けると、トレイを両手で持った神代先生が立っていた。


「いいですよ先生、ここどうぞ」


「ありがとう」


 先生はにこやかに頬を緩めて、俺の隣の椅子に腰を下ろした。

 夢佳が愛想よく笑顔で応じながら、口を開く。


「先生は、これからまだ仕事ですか?」


「ええ。明日の準備だとか、林間学校のこととか色々ね。あなたたちは?」


「これから三人で、勉強会なんです」


「そう。偉いわね」


 頷く先生に、そう言えばと思って質問をしてみる。


「先生、林間学校の参加者って、何人くらいですか?」


「えっと、全部で33人だったかな」


「じゃあ、俺達の班って、ここにいる三人でいいですか? それで丁度、数的に都合がいいんじゃ?」


「えっと、そうね。今度のHRで決めるけど、最悪は先生が入ろうかな」


「え、いいんですか!?」


 夢佳が表情を明るくして、声を上げる。


「ええ。その場合は、仕方ないわ。先生がいてお邪魔じゃなければね」


「そんな、全然お邪魔じゃないです。ねえ、みんな?」


「「もちろん」」


 当然、反対などでるはずもなく。

 でもこれ、他の男子生徒から、総攻撃を受けそうだよな。

 仕方ないけど。


 先生との雑談で少しお腹もこなれてきて。

 

 教室に戻って鞄を拾い上げて、三人そろって図書室に向かうのだった。

 


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